第二章第八話

 ハヅキとパトリがたどり着いた場所は牢獄だった。壁の両サイドには鉄の柵があり、いくつかの部屋に区切られている。しかし、見える範囲に人影はなく、誘拐されたはずの少女たちはいなかった。しかし、

「誰かいる」

 ハヅキはその存在を感じていた。

「ココ!」

 パトリがさらに奥へと走っていく。その声に応じるように、がしゃがしゃと金属音が聞こえてきた。

(違う。この感じ、たぶんどこかにヘクセ族が)

 果たして、その音源はココだった。檻を揺らしている彼女の口端には血が滲んでおり、目は涙で潤んでいた。

「ひどい……! 殴られたのね」パトリが檻越しにココを抱きしめる。「でもよかった。無事で」

「あんま抱きしめると、ココのほっぺ挟まっちゃうよ」

 ハヅキはふたりの抱擁を眺めているとき、ココの足元に鎖が落ちているのに気づいた。その端はちぎられたようにいびつな形をしており、断面近くの輪には血が付着していた。

(まさか、噛み千切った?)

 ココの口元は両サイドが擦れたように赤くなり切れている。やっぱり、とハヅキは思った。殴られてできた傷じゃなくてよかった。

(鰹節噛み砕けるって言ってたもんね)

「あ!」パトリが叫んだ。「……どうしよう」

「なに?」

「ココが」

 パトリが檻から離れ、全容がハヅキにも見えた。

「頭、檻にはまっちゃった」

 ココの頭が柵の間から出ている。戻ろうとしても、頬のあたりでつっかえて身動きが取れないようだった。

「だから言ったのに」

「檻の間隔を広げましょう」

「ジルもいないのに?」

 いいから、とパトリに言われ、二人はココが挟まる鉄の棒を引っ張った。しかし、ふたりが体重をかけても鉄棒は歪みもしない。

「全然ダメじゃん。魔術でどうにかできないの?」

「ココが巻き込まれるじゃない。使えないわ」

 二人が話していると、ココは焦ることもなく体を横に倒し、上半身をするりと檻の間に通した。

「え? 通れるの?」

「猫は頭が通る隙間なら通過できるっていうけど、獣人族(レムレース)もいけるんだ……」

「まあ、猫侍は無理でしょうけど」

 胸囲の差で、とパトリが呟いた。

 ココは胸、腹、骨盤とつっかえることなく通り、檻の外に出た。

「ココ!」

 改めてパトリはココを抱きしめた。ココはされるがまま、すんすんと鼻を鳴らしながらパトリに顔をうずめた。

「さあ、次はジルを迎えに行くわよ」

「うん。でも」

 ハヅキは部屋の奥にヘクセの存在を感じていた。動きはない。ということは、

(ココと同じく、捕まってる?)

 まさか、とハヅキは奥に足を向けた。

「おい!」勢いよく扉が開き、駆け込んでくる足音。「やべえぞ!」

 突然、ジルの姿が浮かび上がってきた。

「きゃっ!」パトリが身を引いた。

「術が解けたか。まずいぜ、こりゃ」

「ジル、あなた秘術を?」

「その話はあとだ」ジルが来た道を振り返る。「ヘクセプトのボスが来やがった。早く逃げねえと、すぐ追いつかれる!」

「でも、行き止まりよ」

「天井をぶち抜くんだよ!」

 パトリがはっとしたように仰ぎ見た。

「魔術で体飛ばせ! 俺がぶっ壊すから続いて出るんだ」

「オーケー」パトリは頷いた。「この陣から出ないでね」

 四人の足元に緑色の魔方陣が浮かび上がった。その周囲を巡るように風が吹く。

「風の中級魔術(アネモス)・移動(モーサ)!」

 唱えた瞬間、ハヅキは魔方陣から飛び出した。

「あなた、何して……!」

「アルミラさんがいるの! すぐ追いつくから、行って!」

 パトリが返事をする間もなく彼女たちの体は宙に浮き、突風とともに体が上に飛ばされた。

「おおおっ!」

 体を深紅に染め上げたジルが天井にぶつかる寸前、溜めていた力を解放するように拳を突き上げた。破砕音。天井の石組みが崩れ、進路を邪魔するものがなくなった三人はさらに上へと向かっていく。陽の光が舞台照明のように牢獄の床を丸く照らした。

 ハヅキはパトリの罵倒を遠くに聞きながら、ヘクセの気配を感じる奥に向かって走った。


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