第二章第五話

「バカバカッ! だから一人で行かせたくなかったのよ!」

 そう言いながらパトリはろくすっぽ準備もせずにクラスルームを飛び出して行ってしまった。引き留めるために後を追いかけたジルとハヅキだが、彼女の駆ける速度はあまりにも速い。追いついたのは商店街の入り口、彼女が二人を待っていたからだった。

「どこ? どの穴に入ったのよ」

「待って。それより、団長に報告したほうが」

 この誘拐事件は、臨時Aクラスが取り扱っている案件だ。Fクラスの彼女たちが立ち入っていいものではなかった。しかし、

「そんなの待ってられるわけないでしょう!」

 パトリが言い、商店街を振り返った。

「怖くて、泣いてるかもしれないのよ」

 ともかくだ、とジルは前置きした。

「敵と同じ穴を使うのは危ねえだろ。ハヅキに気づいたんなら、罠を張ってるかもしれねえ」

「じゃあ、別のマンホールを使うの?」

「ああ。どうせ地下は繋がってんだ」


 真昼の住宅街は物静かで、作戦決行にはちょうど良い場所であった。薄暗い路地に入り、そこにあったマンホールを外す。先が見えないほど深いが、水の音が確かに聞こえる。側面についたはしごを伝えば下まで行けそうだった。

「よし、行こうぜ」とジルが身を乗り出す。

「ジルは最後!」パトリが言った。「わたしたちが降りるまで待ってなさい」

「おいおい。中は危険かもしれねえんだぜ? 安全確認せにゃあ」

「ジルが先に行ったら、足滑らせたとき受け止めてもらえるよ?」ハヅキが言うと、パトリはため息をついた。

「あのね、あなたもわたしもスカートでしょうが」


 パトリ、ハヅキが続いて梯子を下りた。上からの明かりでかすかに中のようすはわかるが、それは舞台照明のように局所的な光で、穴の下から外れた途端になにも見えなくなる。ジルは降りはじめるのと同時に、マンホールを元に戻した。光が断たれ、完全な闇となる。ジルが降り立つ足音が響く。

「なんも見えねえな」

「ちょっと待ってて」

 パトリが言い、浅く息を吐いて詠唱した。

「雷の初級魔術(フドル)・照明(スヴェート)」

 パトリがそう唱えると、手のひらから光の球体が現れ、中空に浮いてあたりを照らした。それでようやく水路内の状況が確認できた。

「パトリ、なんでもできるね」

「ま、初歩的な術よ」

 ふうん、とハヅキは水路に落ちないように足場を確かめ、壁に手をつく。周囲は石積みの旧時代的な様相で、水路というよりは洞窟に近い。このまま北東を目指せば、ココがさらわれた場所に近づくだろう。しかし、

「どっちに進むの?」

 敵のアジトがわからない以上、その穴に近づくことが正解とは限らない。

「多分、上流だわ」パトリは振り返らずに言う。「下流に行くほど水は汚くなるわけだし、そんなところにアジトを置きたくないでしょ」

「おいおい、裏社会で生きるヘクセプトだぜ? いまさらそんなこと気にするかよ」

 いいから、とパトリは前進する。

「それにしても、不思議ね」とパトリが壁に触れた。「いつできたのかしら」

「町はずれに古代遺跡があったよね。それと同じくらいじゃないの?」とハヅキ。「外壁と同じ素材っぽくない?」

「郷土史に興味ないから勉強してないけど、同じ時期とは思えない。そんな技術あると思う?」

「じゃあ、街づくりの一環とか」

「それなら、石積みなんかしなくたって、安全な技術が確立してたでしょ」この街、歴史はまだ浅いのよ、とパトリが言った。「帰ったら調べてみようかしら」

「家に資料あるかも。おじいさま、街づくりに貢献したっていうか、最初期の住民らしいし」

「ホント?」

「おいおい、お勉強もいいが、警戒しろよ」とジルが周囲に目を走らせる。

「索敵するわね。ヘクセの秘術でもない限り、見逃しやしないわよ」

 パトリは言うと、両手をかざして探索術を行使する。

「風の初級魔術(ヴァン)・探索(サベイ)」

 風はパトリを中心に同心円状に広がって水路を駆け巡る。勢いが強く、水路内の塵や埃が舞い上がった。ハヅキはそれが目に入らぬよう、片手で顔を覆う。

「は?」パトリが顔をあげた。「笛が落ちてる。ココのだわ!」

「紐、ちぎれちゃったのかも」

「急ぐわよ。歩けば一〇分もかからないくらいのとこだわ」

 地上でいえば、産業区の方向だった。方向は東寄り。穴に至る迂回路と考えれば、進行方向に間違いはない。

 ハヅキとジルは頷き、パトリとともに走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る