第二話第二章

「でも、お前」とジルが食べながら言った。彼はハヅキが作ったものをよく食べ、その代わりにパトリが作ったものにあまり手を出さなかった。

「二年前なんてギルドにいなかったじゃねえか」

 ジルと対照に、パトリはハヅキが作ったものには一切手を出さない。

「嫌いだった?」

ハヅキが問うと、パトリは首を振る。

「なんていうか、信仰の問題。エルフの里じゃあ、身が穢れるからって調味料を禁止にされてるのよ」

「いまどき、そんなこと守ってるやついんのか? 街エルフどもは平気で外食してんじゃねえか」

「だから信仰の問題なんだってば。街に来てるエルフは人間の科学に憧れてるの。けど、わたしはそうじゃない。自然を敬わなくなったエルフなんて、ただの役立たずよ」

 だから、ごめん、とパトリが謝る。

「構わないよ」とハヅキは言ってジルを見た。

「二年前って、ちょうどヘクセプト殲滅戦で人手不足になってたでしょ?」

 その陣頭指揮を執っていたのが、当時の団長であるマーロウだった。

「おじいさま、町が暗くなるのはよくないって、お祭りは絶対にするぞって言ってたのね。で、飾りつけの人員不足を補うのに私が使われたの」

 ギルドは通常、受付以外は立ち入り禁止だったが、イベントごとがあると内部が一般開放されていた。市民とギルドメンバーが交流し、より地域に根差した組織になることが目的とされている。

「Dクラスの子供たちといっしょに短冊輪っかにしてつなげたり、花紙で造花作ったり。あとはあのカボチャかな」

 収穫祭のシンボルであるカボチャのランプ。カボチャの中をくり抜き、なかにロウソクを入れる。その火が外に漏れるよう、身に穴をあけて顔を作る。その際に使うナイフの指導などを任されていた。

「あら」とパトリが言った。

「それ、ココも参加してたはずよ。わたしとジルは戦闘に行ってたから、ひとりでだったけど」

 ねえ、とパトリがココに聞くと、彼女は首を振った。

「え、行かなかったの?」

 頷くココ。

「行きなさいって言ったのに」

「まあまあ、いいじゃねえか。ひとりででもちゃんと作れたんだ。なあ?」

 ジルに言われ、ココはすこしだけ得意げだった。

「手先、器用なんだね」

「絵とか、工作が好きみたい」笛も吹くし、とパトリ。

「戦いに向かないのよね、この子。いつか、ギルドから離れたほうがいいのかも」

「将来設計? でも、ギルド出身で普通に働くのって難しいっていうよね」

「言うわね。そもそも学歴がないわけだし。ギルド以外に道はなし、か」

「俺ぁギルドでも構わねえと思うけど」

 はいはい、とあしらうパトリ。で? とハヅキに話を振る。

「私も学校辞めちゃったし、ギルドにい続けるかな」

「いや、それも気になるけど、アルミラの話よ。続き」

 ああ、とハヅキはどこまで話したかを思い出す。

「その飾り作りの会に来てたの。アルミラさん」

「へえ。行事に興味なさそうなのにね」

「あのときはDクラス所属だったから、ほぼ強制みたい。で、ひとりぽつんってしてたから声かけたの」

「よくヘクセに声かけようと思ったわね」

「そういうしがらみとか知らなかったし」とハヅキは肩をすくめる。

「アルミラさん、花紙見つめるだけで何もしてなかったから、作り方わからないんだろうなって」

 人に訊けそうな子ではないと見抜いたハヅキは彼女のもとに行き、一から作り方を教え、実演してみせた。

「単純な作業の説明なのに、すごく真剣に聞いてくれてね」

ハヅキはそのときのようすを思い出した。

「自分で初めて作ったときのアルミラさん、なんだかすごくうれしそうで、そのときの顔がすごく可愛かったの」

 それからハヅキが積極的にアプローチを続けるうち、一緒に作業するだけでなく、会話まで交わす仲になった。その関係はお祭りの後も続き、町で見かければ雑談し、ときには家に遊びに来るように。

「感情表現が苦手なだけで、いい人だよ?」

 ハヅキが言うと、ジルは疑わしげに身を引いた。

「あいつ、割と冷酷に魔物を殺すぜ? お前以外の人間なんて、ゴミくらいにしか考えてないって」

「やめてよ、もう。風評被害だよ」

「けど」とパトリが言った。

「なんでDクラスにいたのかしら。あそこ、一五歳過ぎると異動になるでしょ?」

「アルミラさん、年下だよ?」

ハヅキは首傾げた。

「大人っぽいけど、まだ一五歳だし」

 嘘、とパトリ。

「ジルと同じくらいだと思ってたわ」

「ジルっていくつなの?」

「今年で一九だ。入隊は一五だから、Dにいたことはねえよ」

「じゃあ、パトリがFの最古参だ」

「ジルも、Fに来たばかりのころは荒れてたわよね」

「そりゃあ、落ちこぼれ組に送られたんだ。嫌にもなるさ」

「ジルはなんでFに来たの?」

「威張ってるだけの先輩に気合入れてやったんだよ。二、三回な。そしたら罰としてF送りだ」

 気合、とハヅキは首をかしげる。

「ようするに、殴ったってことよ」

パトリが呆れたように言う。

「喧嘩騒ぎで異動なんて、バカよね」

「お前も似たようなもんだろ」

 わ、わ、とハヅキはふたりの間に割って入った。

「でも、期限過ぎたら復帰できるよね。まだ刑期終わってないの?」

「いや」とジルは頭を振った。

「自分で決めたんだ。Fに残るってな」

「ココに懐かれて、出て行きづらくなっただけでしょ」

「まあ、それもあるわな」とジルは笑った。「なんていうか、荒んでたそのときの俺を立ち直らせたのがココなんだよ」

「なにかあったの?」

「入隊前にいろいろな」

 おっと、とジルはなにかに気づいたように言う。

「今日は月見すんだけど、お前も来るか?」

 月見? とハヅキは首をかしげた。

「まだ時期じゃないよね」

「ああ。俺が毎月、満月の日に勝手にやってるだけなんだけどよ」

 死者の供養なんだ、と言った。

(ジルもきっと、大切な人を亡くしたんだ)

 ハヅキは同じ立場にある自分を気遣うジルに感謝し、その申し出を受けた。

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