第一章第八話

「上手だねぇ」

 ハヅキはジルに包帯を交換してもらいながら、その手際の良さに感心していた。彼女を治療する救急箱を持っていたのは、意外なことにジルだった。

「ココはすっとろいからよお」とジル。

「転んだりしたときのために持ち歩いてんだ。手当だって慣れちまえば簡単だ」

「いいね、それ。家族っぽい」

「頼れる兄貴なんだぜ、俺はよ」

「あなた、意外と無茶するのね」パトリが言った。

「けど、今後は控えなさいよ」

「はーい」

 ところで、とハヅキ。

「ココって戦闘訓練はしてないの?」

「パトリが過保護だからな」

「だって、ココはまだ九歳だし」とパトリは己の過保護を恥じるように身をよじる。

「Dクラスの子たちも実戦はまだだけど、試合形式ではよくやってるよ?」

 七歳から一五歳までが在籍しているDクラスにおいても、実戦経験者はごく一部しかいない。それを考えれば、ココの年齢で戦ったことがないのはなにも不思議なことではなかった。

「戦うにしても、技がちょっとね」

 ハヅキは首をかしげた。

「結構グロいんだ」ジルが苦笑いする。

「獣人族(レムレース)流戦闘術みたいなやつだっけ。野生動物さながらって噂だよね」

「んな動き、すっとろいココにゃできやしねーよ」

「笛の音で相手の脳みそ沸騰させんの」

パトリはその光景を思い出したのか、ウゲーっと不愉快そうに表情を歪めた。

「目とか耳とか鼻とかから血ぃ吹き出して、痙攣して死んでくわ」

「そんときゃあモンスター相手だったから良かったけどな。俺らがちとトラウマで、ココにはその技封印させてんだ」

 ハヅキは死にゆくモンスターと、無感動にその死体を見下ろすココを想像して身震いした。確かに、幼子が行うにはあまりにもグロテスク。禁止する彼らの判断に同意した。

「できたぜ」とジルが応急処置を終え、道具を片づけた。

「あとの仕事は俺らがやっちまうから、お前はすこし休んでな」

 ハヅキはベンチに腰掛け、パトリとジルの毛刈りを眺めていた。ココの指示があるのか、羊は大人しくパトリたちに身を任せている。ココは羊の整列に忙しく、すこし離れたところで羊たちを従えていた。

「それにしても」

パトリが手を動かしながら言った。

「そのAクラス案件ってなんなのかしら」

「たぶん、誘拐事件のことじゃないかな」

「さすが元C」

ハヅキの返事に、ジルが笑った。

「情報通じゃねえか」

 ハヅキは、Cクラスから特別編成でAクラス案件にあたるという噂を聞いていた。彼女が虎に襲われるより前のことだった。そういう話には必ず、実力者であるアルミラが参加していた。彼女たちのギルドにS、A、Bのクラスは存在しない。必要に応じ、Cから実力者が指名され一時的に結成する。

「最近、若い女の子が家を出たきり帰ってこないんだって」

 公にはされていなかったが、市民はなんとなく不穏な空気を感じているらしく、住民のネットワークではよく話題になっているようだった。

「数は多くないけど、ほかの街でも同じことが起きてるみたい。で、ほかギルドと合同調査してるんだって。それが多分、Aクラス案件」

「ねえ、それって」とパトリ。

「牧場の娘さんも、誘拐されたんじゃ」

「多分。でも、不思議なんだよね」

「なにがよ」

「犯行声明がないの」

「身代金とか、なにか要求があっての誘拐じゃないってこと?」

「女の子が特別なのか、犯人がただの変態なのか。よくわかんないけど」

 もしかしたら、羊がくわえていたキーホルダーはその娘さんのものだったのかも、とハヅキは思った。

「ココに助けてって、言ってたのかな」

ココがなにも言わないから、本当のところはわからない。

「なんにしてもよお」とジル。

「オレたちにゃあどうしようもないぜ」

 Aクラスを作って対応してんなら大丈夫だろ、とジルはあまり積極的に関わりたくないようだった。

(アルミラさんのこと、苦手なのかな)

 さきの険悪な雰囲気から、ハヅキはそう判断した。もともとアルミラは自分の考え、感情を表現しないことから、ギルド内でも信用を得ていない。

(ちゃんと話せば、可愛い人なのに)

 以前、ハヅキは遊びに行ったアルミラの部屋が殺風景だったことから、小さな鉢に植えられたサボテンをプレゼントしたことがあった。彼女はそれを喜んでくれたのだが、毎日水をやり過ぎ、根を腐らせてしまった。それをハヅキに告げたときの、申し訳なさそうな、しゅんとした表情は年相応で、愛らしかった。ハヅキはそれを思い出して小さく笑う。

「どうしたの?」

パトリが首をかしげる。

「ちょっとね。大丈夫だよ」

 そう、と言うパトリのもとに羊が一頭やってきた。彼女の手元にいた羊はまだ作業半ば。それなのに、次は自分の番だと言わんばかりに羊がせっついてくる。

「ちょっと、ココ」パトリが言った。

「列、乱れてるわよ」

 ぼんやり立っていたココは慌てて笛を吹き、まだ刈り終わっていない羊たちを落ち着かせた。

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