第一章第五話
一行が牧場に着くと、ココが笛を吹いた。その音は遠くまで響き渡り、山にあたってこだまする。笛の音を聞きつけた羊たちはいっせいにココのもとにやってきて、規則正しく整列する。
「いつ見てもすごいわ」
さすが獣人族(レムレース)、とパトリが言った。どうやらココは笛の音を介して動物とコミュニケーションがとれるらしい。
「獣人族はみんなできるの?」
ハヅキはヒューマン以外の人種と関わることが少なかったせいか、そのようなことさえ知らなかった。
「個体差はあるらしいけど、だいたい同種なら可能みたい」
ココみたく獣寄りならいっそう相互理解できるみたいだけど、とパトリはココの指導を見て満足そうだった。
「毛刈り前の羊たち、転んだら自力で起き上がれないの。見かけたときはすぐに起こしてあげて。無理そうなら手伝うから」
「はーい」
ココが先頭に立ち、短く笛を吹く。すると、列の左端にいた一頭がパトリの前まで歩き、座った。パトリはその羊の両前足を持ち上げて万歳させ、毛刈りバサミで刈りはじめる。
「手馴れてるね」
「そりゃあ、四年もやってればね」とパトリ。「ココ。あなたは羊を押さえて、ハヅキに刈らせたげなさい」
ココはぷくっと片頬を膨らませ、射抜くようにハヅキを見ていた。
「おーい」とジル。
先ほどまで闘っていたアンゴラ羊とようやく決着がついたのか、一同より遅れて牧場に入ってきた。
「ひとりじゃあ抑えることしかできねぇ。誰か刈ってくれえ」
「ええ? もう」とパトリが立ち上がる。
「ちょっと、ふたりともお願いね」
パトリがジルのもとに行こうとすると、ココが焦ったように小走りで彼女を引き止める。
「なぁに?」
ココはパトリの腕にしがみつき、頭を振っていた。
露骨に嫌がられると傷つくな、とハヅキは二人のやり取りを見守っていたが、
「ハヅキとも仲良くなさい」
パトリは無情にもココの額を押し返し、腕を引き剥がしてジルのもとに行ってしまった。ちらとハヅキを窺うココ。ハヅキは曖昧な笑みを浮かべ、ココのご機嫌を取ろうと試みる。
(やっぱり包帯のせいかな)とハヅキは気づいた。
(怪しすぎるよね)
ハヅキの顔は半分以上を覆う包帯に触れる。傷がふさがりきっていないせいで、外すこともできない。仮に完治したとしても、恥ずかしさから傷を隠して生活することになるだろうな、と思いつつ、ハヅキは毛刈りバサミを握った。
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