第一章第三話

 Fクラス一行は南西に広がる産業区の最奥、森や山に通じる舗装されていない道を歩いていた。そのさきに今日の依頼主がいるという。ハヅキはパトリが話す魔術理論に耳を傾けながら、ちらと横にいるジルを見た。正確には、彼に肩車されているココを。

 彼女はいまだ自己紹介どころか視線さえ合わせてくれない。今も風に揺れる枝葉に手を伸ばしながら、首から下げている小指サイズの笛を吹いて遊んでいる。その音色に合わせ、すれ違う野鳥たちが鳴いていた。ココを歓迎しているのかもしれない。

「魔術を行使するにあたって、その源となる気には二種類あるの」

 ハヅキはパトリのことばに反応する。あ、それ知ってるかも、と、

「それが内気(オド)と外気(マナ)ってやつ?」

「そう。マナは世界に満ちている気で、すべての源といえる。だからこそ、純粋無垢で何にでも染まる。何にでもなれる」

 一息。

「対して内気はヒトの体にあって、生命活動の源になってるの。基本的に血中に溶け込んでいて、体を動かすとか、エネルギー消費行動を取ったときに使われる。人はそれぞれ五属性のいずれかを持っていて、内気はその色に染まってる」

 だから、風属性のヒトは火や水の魔術は使えない。

「エルフや、時々いる特殊な人間は属性を複数持ってることもあるけどね」

 先代団長みたいに、とパトリ。

「じゃあ、パトリも複数属性持ちなの?」

「ええ。ハーフとはいえ、エルフだもの。五属性持ちは当り前よ」

「パトリ、ハーフエルフなの?」

「体のサイズ見ればわかるでしょ。エルフは精霊たちに設計されてるから、余計な血が混ざらない限り完璧なボディバランスを保てるの」

 なのにわたしは、とパトリは肩をすくめる。

「美しいとは言い難い幼児体型」

「でも、可愛いよ」

 ありがと、とパトリは軽く言い、話を魔術に戻した。

「魔術は内気を元にして使うわけだけれど、生命に差し支えない量に抑えようとすると出力不足になるの。だから、外気を取り込んで嵩増しするわけ」

 上級魔術ほど内気の使用量が多いのは、属性の濃度を高めるためである。

「じゃあ、いきなりだけど実践ね」

 そう言い、パトリは手のひらを上に向けた。

「内気は身体の末端部から放出できるの。いまは手のひらね。必要分出すとすぐに空気中の外気と混じってしまうから、霧散しないように球体をイメージするの。そうするとそれが器となって、色づいた魔力と外気がそれ以上混じらなくなる」

 パトリの手のひらに薄緑色の球体が現れた。それは小さな嵐を閉じ込めたようで、球体の中で風が暴れているのが見て取れる。

「この球体に命令を吹き込むと、魔力を消費してその命令を実行してくれるの」

 例えば。

「風の初級魔術(ヴァン)・操作(マニヒ)」

 命令を吹き込まれた球体は急速に形を変え、パトリの手から離れて霧散した。散り散りになった魔力は大気を震わせ、風となってパトリの前方を走った。駆け抜けていく風は道を作り、視界の外に出ると同時に消えてしまった。

「これは指向性のある風を吹かせる魔術」とパトリ。「まあ、風を操るわけだから、風系魔術すべての基本になるの」

 まずはこれを覚えなければ話にならない。

「精密な操作ができるようになれば、それが勝手に別の魔術に発展していくから」

 魔術って割合単純なのよ、パトリが肩をすくめる。

「要するに、自属性のものを対象にして操るだけだから」

「ヘクセの秘術も?」

「まあ、ね。あれは内気、ひいては生き物の体を操ってるわけだし」

 言うのは簡単だが、当然その神秘を引き継いでいない種族には真似できない。

「魔法と魔術は? 何が違うの?」

 ええ、とパトリが面倒くさそうに言った。

「魔法は精霊の御業って言われていて、魔術とは根本から違うのよ。まあ、結果だけ見れば同じだけど」

 ややこしいからまた今度ね、とあしらわれた。ハーフエルフはエルフによって、魔法の使用を禁止されているという。だからこそ、パトリは魔法について語りたくないのかもしれない。

「さあ、やってみて」

 言われ、ハヅキはパトリの説明通り意識を手のひらに集中する。

「あれ?」

 ハヅキは手のひらが熱を帯びているのを感じていた。それは内気が手に集まってきている証拠。だというのに、内気は魔術の卵を作らない。かといって、空気中に溶けて消えていきもしない。行き場を失って、これは――。

「手に溜まってる?」

「えっ」パトリがハヅキの手を握り、溜まった内気を押し戻すようにグググッと手首、前腕、肘、二の腕を指圧する。「中止中止! いったん止めて」

「私、失敗しちゃった?」

 ハヅキは言われた通り気を抜くと、滞っていた流れが解消されて熱が消えた。

「ココ! 悪戯しないの」

 ココはそっぽを向き、ピーッと笛を吹いた。

「どういうこと?」

「ココの笛、というよりはこの子の技術ね。それでいろんなことができるのよ」パトリが笛を止めさせようと手を伸ばすも、ココには届かない。「今のは外気を散らして、魔術を使えないようにしてたの」

 媒介となる外気がないと、内気も外に溶けだしづらくなり、結果として手の中に溜まってしまうのだとか。

「あのままだと圧力に耐えかねて、手が爆発しちゃうとこだったわ」

 ハヅキはゾッとして、自分の手を見た。なにも異常はない。

「訓練してない人が高難度の魔術に挑んで暴発するのも同じ理由ね。内気を放出する器官が発達してないから、溜まって爆発するの」

 だから許可なくレベルの高い魔術を練習しないこと、とパトリが釘を刺した。

「順序、守ります」

「ええ、必ず。――ほら、ココももうやめてってば」

 もしかして、とハヅキはココを見ていて気づいた。

(私がパトリを独り占めしてたからかな)

 それが気に食わないのだろう、と見当をつけたハヅキはパトリの手を抑えた。

「残りは任務の後でいいよ。とりあえず、一人で頑張ってみる」

「ええ? でも」

 ちらとココを見ると、彼女は金色の猫目でジトッと二人を見下ろしていた。

「パトリはココと遊んであげて」

 ぴくっとココの耳が動き、尻尾が立った。

(ほら、きっと喜んでいる)

「もう」パトリはため息をつき、「ほら、降りてらっしゃい」とココに手を伸ばした。

 しかし、ココはぷいと顔を背け、ジルから降りようとしない。

「ああ、もう! この子は本当に。どうしろっていうのよ」

「まあまあ、いいじゃねえか」とジルがココをあやすように上体を揺らす。「どうせもうすぐ着くんだ」

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