乗っ取り王
太陽環境の場内の改善工事が完了し、業務停止期間も明けた。ところが搬入再開の日、再び思わぬトラブルが起こった。太陽環境のゲートが狐澤が派遣したチンピラたちに占拠され、昇山から搬入権を買っていた産廃業者の荷の受け入れが拒否されたのだ。
「おまえ、どの会社から持ってきた。あんっ、旺文産業からだっあぁ。だめだめ、そこの荷は降ろせないよ。とっとと帰んな」チンピラたちを束ねている水沢が啖呵を切った。
「なんでだよ。ここまで来てああそうですかって言えっかよ」ダンプの運転手も簡単には引き下がらなかった。
「旺文産業が買った権利は無効になったんだよ。わりいけど帰ってくんな」
「俺はよ、運んでんだけなんだよ。旺文産業が権利があろうがなかろうが知ったことかよ」
「とにかくけえんな」
「ふざけんなよ。こっちだって生活かかってんだよ。すごすご帰って運賃もらえっかよ」運転手も粘った。そのうちに後ろにダンプの行列ができ始めた。
「おうどうしたどうした。何やってんだ」ダンプの運転手たちが集まってきた。
「こいつらがよ処分場に入れねえっつうんだよ」
「ああん、どういうことだ」
「あんたはどこの荷だよ」
「相互環境だけど」
「ああ、そこもダメだな。帰ってくんな」
「なんでだよ。ちゃんと契約してんだろう」
「権利がなくなったんだよ。ここはもう昔のオーナーじゃねえんだよ」
「オーナーが代わったって太陽は太陽だろうが」
「相互環境が契約したのは前のオーナーなんだよ。今度のオーナーは関係ねえよ」
「なんだと。ざけんなよ。そのオーナーを出せよ」
「オーナーさんはてめえららなんかと会わねえよ」
「ふざけんなよ」
「ふざけてんのはそっちだろう。ちゃんとした契約書があるなら持ってこいよ。そしたら入れてやらあ」
「あんだと」
「ちょっと待った。あんた東洋エナジアの水沢だろう」運転手の一人が水沢を覚えていた。
「そうだよ。だったらどうした」
「あんた不法投棄やらかして執行猶予中なんじゃねえの」
「だったらどうしたっつうんだよ」
「警察に通報したらやべえんじゃねえの。処分場にいたらいけねえんだろう」
「俺の処分場じゃねえよ。働いてわりいって法はねえだろう。とにかくけえったけえった」ダンプは次から次とやってきた。水沢は一歩も引かなかった。太陽環境のゲート前の騒動は終日続いた。
一週間後、環境事務所の駐車場がベンツやトヨタレクサスといった高級車で占拠され、ものものしい連中が事務室に押しかけてきた。
「伊刈さんという方はいてはりますか」人品のよさそうな小柄な老人が大阪弁で挨拶した。
「僕が伊刈です」
「そうでっか。突然押しかけてえろう恐縮ですがな、わては大阪の金融業者サンチョーの代表をしております調所と申します。お世話になっております昇山はうちの子会社でございます」
「ああなるほど」ついに昇山の真のオーナーが登場した。伊刈は調所がなんのために来たか察しがついていた。昇山の社長になっている逢坂小百合の姿はなかった。
「今日は大勢でおしかけてほんまに申し訳ないことでございます。お連れしたみなさんはでんな、旺文産業、ジャパンインダスト、小笠原商事、相互環境、秋吉総業の社長さんや専務さんでございます」調所の態度はあくまで慇懃だった。
「みなさん産廃業者ですね」
「そうでございます」
「とにかくかけてください」伊刈は奥の面接テーブルへと一行を案内した。
「長嶋さん、同席してください」
「わかりました」言われるまでもなく長島は既に腰を浮かせていた。
「太陽環境の問題はご存知でございますな」全員が面接テーブルに着くと調所が切り出した。
「昇山が仲介した業者の搬入が拒否された件ですね。太陽環境の元オーナーとの契約書は無効だと言われたと本課から聞いています」
「関東はほんまおかしいでんがな。伊刈さん、まずな太陽環境の社長は確かに狐澤の舎弟に代わりましたけどな、株主はでんな御園のままでんがな。つまりオーナーはちいとも変わってませんがな。その御園との契約がどうして無効になりますか」
「それほんとうですか」
「ほんとうでんがな」
「なるほど」本課から聞いている話と調所の話は微妙に食い違っていた。本課からは社長が秋津という男に代わったと聞いていた。ヤクザの舎弟が社会になることはできない。
「それで御園さんとの契約というのはどいういう内容ですか」
「それがでんな、昇山が太陽環境との間で処分場の売買契約を結びましてな、その搬入権を今日お見えになった業者さんに販売したんでんがな。それが今になって太陽から搬入を拒否されるいうのはおかしいおまへんか」
「処分場の売買契約書というのを見せてもらえますか」
「どうぞどうぞ」調所は契約書の写しを示した。
伊刈が点検すると太陽環境の独占的搬入権を五十億円で昇山に譲渡するという契約で、処分場の容量は九十五万立方メートルと書かれていた。
「処分場の売買ではなく搬入権つまり営業権の売買ですね」
「どこが違うんでっか」
「施設の売買とは違うと思いますよ」
「ほな百歩譲ってでんな、昇山には営業権があると違いますか」
「契約が有効ならありますね」
「契約は有効ですわな。五十億円耳揃えて払いましたがな。それがなければ御園は工事もできませんでしたからなあ」
「そうなると御園さんあるいは太陽環境の債務不履行ということになりますね」
「債務不履行、なるほどそういうことでっか。それでどうしたもんでっか。伊刈さんならなんとかしてくれると思うて今日は伏してご相談にお伺いしましたさかいな」
「本課には行きましたか」
「ええもちろん行きましたがな」
「本課の見解は」
「業者間のトラブルには介入しないということでんな。それにな昇山との契約はあってもな、太陽環境と搬入業者との直接の委託契約書がないなら搬入を拒否するのは法的には正当だとぬかしよりましたわ」
「業者のみなさんと太陽環境との契約書はないってことですか」
「ありますがな。ちゃあんと契約書はこさえてございます」
「みなさんそうですか」
「廃棄物処理委託契約書はちゃんとありますよ」業者を代表して秋吉総業の秋吉社長が応えた。
「期限は有効ですか」
「期限?」
「契約書の有効期限はたいてい一年間です。更新されていますか」
「それは」秋吉は言いよどんだ。「搬入停止中だったんで契約は更新していません。ですが古い契約の数量はまだ半分も履行してないんです」
「そういうことですか」伊刈はふっと息をついた。内心これは難しいなと思った。
「伊刈さん、どうか助けてくれまへんか」調所が頭を下げた。
「ご事情はわかりました。しかし最終処分場は本課の担当ですからね」
「伊刈さんのご高名はかねがね聞いております。頼りになる方だと聞いております」
「みなさんには搬入権はいくらで売ったんですか」
「そうですなあ、各社の購入額は数億円以上になっております。今日は来ておりませんレーベルも買っております」
「つまりみなさんの買われた総額では三十億円くらいですか」
「もっとでんな」
「調所さんが御園さんと仲違いした原因はなんですか」
「搬入停止中に資金繰りに窮しよりましたんでしょうなあ、御園が狐澤に処分場の権利を二重売買してしもうたんでんがな」
「それで狐澤さんが処分場を占拠してるんですね」
「そのとおりでんな」
「どうか私どもが購入した搬入権が保全されるようにご指導をお願いします」調所と一緒に各社の社長たちも低姿勢で伊刈になんとかしてほしいと嘆願して帰っていった。
調所たちと入れ替わるように太陽環境の御園も初めて環境事務所を訪れた。
「大阪弁のジジイがこっちへ来ただろう」御園は開口一番に横柄な態度で言った。
「よくご存知ですね」対応した伊刈が言った。
「蛇の道は蛇だからね。そもそも昇山に処分場を売却した覚えはないんだよ」
「処分場ではなく搬入権の売買だと調所さんは言っていましたよ。契約書も見せてもらいました」
「ふん騙されたのはこっちのほうなんだ。調所があんなやばいやつだとは知らなかったからね」
「やばいとは」
「欠格要件に抵触してるんだよ。つまりヤクザだ。オーナーになれないやつに処分場を譲渡するはずがないじゃないか。自分が表に出られないもんだから女をダミーに使うなんて卑怯なやつだよ」
「女というのは昇山の代表のことですか」
「そうだよ。全くあの世界の連中にかかわると怖いよ。危うくあの女に玉抜かれるとこだったわ」御園は一方的にまくし立てた。
「社長が狐澤さんに代わったというのはほんとうですか」
「ああそうだよ」
「あの人こそお立場に問題がありませんか」
「狐澤もヤクザだって言いたいのか」
「どうなんですか。秋津さんという方を名義上の社長にしたとも聞いています。それだと調所さんとお立場は変わらないですよね」伊刈はヤクザという言葉を使わずにお立場と言った。以前海の家訴訟でヤクザよばわりしたことが名誉毀損だと告訴されたことがあって用心たのだ。
「秋津は社長の名刺は作ったが社長じゃない。狐澤が社長だよ。確かにヤクザだった。だが破門状をもらったんだよ」
「破門状?」
「そうだよ。それをちゃんともらって組を抜けたんだ。産対課も代表変更届を正式に受理したよ」
「破門状ってそんなに簡単に出るんですか」
「ことと次第じゃ出るよ。だけど一度もらったらもう戻れないんだ。ほかの組にも入れない。そういう覚悟がないとな」
「そうですか」
「やつも本気なんだよ。問題ないことがわかっただろう。調所には何の権利もないんだよ」
「廃棄物処理法上の権利はなくてもお金を払ったのなら民法上の権利はあるでしょう。調所さんが払ったという五十億円は返されたんですか」
「あんた、ヤクザの味方するのか。それでも公務員か」
「お立場がどうあれ法律上の権利は権利です」
「返すよ。返せばいいんだろう」
「まだ返されていないんですね」
「金がないからね。処分場を動かせれば五十億くらいすぐに返せるよ」
「事情はわかりました」
「そうかい。じゃあとは頼んだぜ。調所が勝手なまねしないようにしっかりと監視してくれよ」御園は言いたいことだけ言うと引き上げていった。
「どっちもどっちって感じだな」伊刈は長嶋を見た。
「狐澤が破門状もらったってのは初めて聞きましたね」長嶋が首を振りながら言った。「御園はああ言ってましたけど偽装破門でしょう」
「破門状が本物なら全国のヤクザに通知されますから撤回はできないすね」
「調所が欠格条項に抵触してるってほんとかな」
「それはほんとすね。調所は稜友会系人心会顧問として兵庫県警のマルボウのブラックリストに載ってます」
「ほんものなのか」
「昇山の収集運搬業許可申請が和歌山県庁から棄却されてます。調所は昇山の社長じゃくても一人株主ですから事実上の支配者だって認定です」
「御園が調所との営業権譲渡契約を一方的に反故にして営業権を二重譲渡したことは事実みたいだな」
「そおっすね」
「御園は契約金の五十億円を返してないみたいだから、これって横領か背任、それとも詐欺になるんじゃないか」
「返したいけど金がないから金ができたら返すって言ってれば横領でも詐偽でもないすね」
「五十億円は処分場の建設資金になってるんだから金を返さないなら処分場を渡すべきじゃないかな。御園は金を返すつもりなんかないんじゃないかと思うよ。返すつもりがあるなら狐澤を社長になんかしないだろう」
「それはありえますね。だけど狐澤と調所が睨み合ってちゃあ所轄も動けないすね。どっちも勝たせられませんからね」
「マルボー不介入か」
「そんなとこっすね」
「それって結果的に調所が不利じゃないか。処分場は狐澤に占拠され金は返してもらえず搬入権を切り売りした業者からは金を返せとどやされる。これって踏んだりけったりじゃないか」
「乗っ取り屋が馬脚を現したってことっすね。しかし調所もただじゃ引ききさがらんでしょう」
「もしかしてこれは不法投棄どころの話じゃないな」
「処分場だと動く金がでかいすね。所轄はしばらく静観みたいすけど班長はどうしますか」
「僕もしばらく形勢を見ることにするよ」
「ヤクザのケンカすから触らないほうがいいっすね」
「みんなで腰が引けてたんじゃ狐澤の思うツボだけどな」
「狐澤も結局は人形っすよ。上がいます。でなきゃあ破門状なんか出るはずがない」
「安座間がらみかな」
「もっと上っすね」
「なるほどなあ。不法投棄も最終処分場も上は同じってことか」
「そういうことっすね」
処分場の乗っ取りを成功させてきた調所にとって御園の裏切りは計算外のハプニングだった。これからどう巻き返すか西の金貸しの腕の見せ所だった。
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