乗っ取り戦争

 約束の期限を過ぎてもナチュラルクリーンの栗栖工場長が改善報告に来ないので伊刈の方から抜き打ちで確認にでかけた。

 「ちょっと様子が変じゃないか」伊刈は処分場に着くなり言った。

 「なんかぴりりとしてますね」

 事務所前にXトレールを乗り付けると見覚えのない中年の男が出てきた。

 「栗栖工場長はいませんか」伊刈が男に尋ねた。

 「お辞めになりました」

 「もしかしてうちの指導が原因ですか」あの程度の知識では辞めて当然とも思った。

 「オーナーが代わったものですから新しい工場長として私が任命されました。申し遅れました。与佐と申します」

 「承継届けは出しましたか」

 「まだなんです。いずれお持ちできると思います」

 「場内を見せてもらいますよ」

 「どうぞ」

 驚いたことに場内の様子は一変していた。散らかっていた紙くずはすっかり片付けられ、きれいに覆土されていた。ダンプの積荷はきちんと展開検査して違反品目がないかどうか作業員が確認していた。たった半月のうちに模範的処分場へと大変身だった。新しいオーナーはよほど産廃に詳しいに違いなかった。

 「散らかっていた紙くずはどうしました」

 「前の工場長が処分したようですので私にはわかりません」

 「外へ出したかここへ埋めたかくらいわからないですか」

 「さあ」

 「藪の中か」

 伊刈は場内の点検もそこそこに事務所に引き上げた。ダンプの搬入口にはビデオカメラが二台設置されており積荷とナンバーを自動的に記録できるようになっていた。マニフェスト管理もしっかりしており持ち込みダンプの受け入れはできなくなっていた。

 「料金はいくらにしたんですか」

 「リュウベ一万円です」

 「一台二十五リュウベで二十五万ですね」

 「はい」

 「変れば変るもんですね」

 「前の状況がわかりませんので」

 「新しいオーナーってのは産廃業者なんですか」

 「私も実はお会いしたことがないのです」

 「昇山はどうなったかわかりますか」

 「前のオーナーですね。私は存じませんので」

 昇山の調所は太陽環境だけではなくナチュラルクリーンにも食指を伸ばしていた。しかし、まともに経営する意志はなく、元手を回収して売り逃げしたようだった。不祥事を起こした業者に買収を仕掛ける手口は太陽環境と同じだった。まるで死肉をあさるハゲタカだった。

 「新しいオーナーの名前は」

 「安座間さんという女性だとか」

 伊刈は声を失った。犬咬の処分場乗っ取り戦争の緒戦は安座間に軍配が上がったようだった。

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