行列のできる最終処分場

 「伊刈さんかい、俺が誰かわかるかい」電話をくれたのは水沢だった。

 「わかりますよ」

 「そうかい覚えてくれてたのかい。犬咬がまたどえらい騒ぎになってるみてえじゃねえか」

 「どこで聞いたんですか」

 「関東でゴミを触ってるもんならよ、今度の騒ぎを知らねえもんはいねえよ」

 「そうなんですか」

 「そりゃそうだわ。東と西の代理戦争だろうが」

 「代理戦争」

 「そうだろう。狐澤はチンピラだけどよ、一度は幹部を約束された男だろう。そうして調所は西だろうが」

 「調所さんにはまだ会ったことがないんです」

 「その調所なんだけどよ、何かと目障りなんだよ。なんとかなんねえのか」

 「そう言われても」

 「しょうがねえなあ。調所がマニフェストを売りさばいてんのは知ってんのかい」

 「太陽環境のですか」

 「ちがあよ。あそこのマニなんか誰も買わねえだろう。ナチュラルクリーンだよ」ナチュラルクリーンは犬咬市内では古参の最終処分場だった。

 「そこも昇山が買ったってことですか」

 「買ったかどうかは知らないけどよ、マニフェストが出回ってるって噂だとよ」

 「何枚ですか」

 「千枚くれえじゃねえか。それが六千万とか九千万とかの値だって聞いたぜ」

 「千枚というと一枚二十五リュウベで二万五千リュウベですか」

 「そんなもんかね。とにかく調所に勝手なまねされると困るんだよ。頼んだぜ。犬咬じゃよ、あんたしか頼りになんねえからよ。ほかの役人は腰抜けばっかだわ」

 「頼られても困りますよ」

 「とにかく俺は頼んだからな」水沢は一方的に電話を切った。

 不法投棄現場や残土処分の現場では、マンボと呼ばれる搬入チケットが前売りされることがあった。許可処分場のマニフェストがマンボ代わりに流通するという話は初めて聞いた。ありえる話だった。マニフェストに社判を事前押印して予約券として流通させればいいのだ。面白いタレコミだと思った。太陽環境への搬入がストップしていることで、御園だけではなく調所も資金繰りに窮している事情が推し量られた。

 さっそくナチュラルクリーンに立ち入り検査を実施して真偽を確かめることにした。

 国道から市道へと折れて北にしばらく進むと驚くような光景が現れた。ダンプが百台以上も路上に縦列駐車していたのだ。

 「なにやってんだ?」長嶋が末尾のダンプ運転手に声をかけた。

 「処分場の順番待ってんすよ」

 「なんでこんなにたくさん待ってんだ」

 「安いんすよ」

 「いくら?」

 「噂では六万す」

 「噂?」

 「安いから行ってみろって仲間に言われたんすよ。六万なら不法投棄よりいいっすよね。ちゃんと許可あるんすから」運転手が脳天気に答えた。

 「マニフェスト持ってるのか?」

 「こっちで適当に書いてくれるって」

 「マジかよ」

 「それじゃまずいんすか?」

 「今日は入れられないかもしれないぞ」

 「俺なんかまずいこと言っちゃいました?」

 「どっちみちおんなじことだよ」

 ダンプの車列を追い越してナチュラルクリーンに立ち入った。トラックスケールを備えた本格的なゲートにダンプが滞留していた。マニフェストをその場で作っているので時間がかかっているのだ。せっかくトラックスケールがあるのに計量している様子はなかった。長嶋はXトレールを事務棟の横に乗りつけた。

 「環境事務所だけど責任者はいるか」長嶋が事務所の前で怒鳴った。

 「ああこれはご苦労様です」栗栖工場長が挨拶に出てきた。髪をゴールドに染めた二十代半ばくらいの男で産廃の知識があるようには見えなかった。

 「ご苦労様じゃないよ。いったいなんの騒ぎだ」伊刈が栗栖をたしなめた。

 「すいません段取りが悪くて。すぐに済ませますから」

 「そういうことじゃないよ。外で待ってる運転手から六万円て聞いたけどほんとうなのか」

 「ええほんとっす。キャッシュ限定なんすけど。そしたら大人気になっちゃって」

 「スーパーのタイムセールじゃないんだよ。そんなに安くすれば行列になってあたり前だろう。相場は最低二十万だろう。マニフェストはどうなってんだ」

 「ちゃんと書かせてますよ」

 「ここで書かせたらまずいだろう」

 「そうなんすか」

 「あたり前だろう。マニフェストは排出元で切るんだよ。場内点検するから今日の搬入は中止だ」

 「えっまずいなあ」

 「並んでるダンプをひっぱるぞ。どうぜ許可も契約もなんにもなしだろう」

 「しょうがないっすね」栗栖はさしてこだわる様子もなく応えた。「あのせめてマニ切っちゃったダンプだけでも入れちゃダメっすか」

 「だめだ。廃伝にすればいいだろう。どうせ使えないマニだ」

 「そりゃそおっすよねえ」来栖は頭をかいた。

 ナチュラルクリーンの処分場は自然の地形をそのまま利用したもので事務棟の後ろからすぐに深い谷になっていた。急な坂道を徒歩で降りていくとすり鉢状の処分場の全景が眼下に広がった。総容量は二百万立方メートルで、県内でも有数の規模の処分場だった。しかし開設当初から問題続きだった。もともと管理型処分場として設計されたのに、どういう理由からか安定型処分場で許可申請された。管理型と安定型では造成費が倍以上違う。当然料金も違う。管理型のコストをかけて安定型の料金を請求したのでは勘定が合わなかった。最初のオーナーはすぐに処分場を転売し、その後も何度かオーナーが代わった。そうなると造成費がいくらかかったかということは問題ではなくなった。最終処分場はその気になれば二重売買、三重売買が可能で容量の何倍も売ってしまうことができる。この点会員権を乱売できるゴルフ場と似ている。無許可で拡張した処分場がときどき検挙されるのも端緒は搬入権の前売りや二重売りである。

 埋め立てが進行している現場まで降りてみると問題は一目で明らかだった。安定型処分場には搬入が禁止されている大量の紙くずが散乱していた。

 「ほとんど紙くずじゃないか」伊刈が栗栖を振り返った。

 「だめなんすか」栗栖の返答は要領を得なかった。廃棄物処理法の基本的な知識すら持ち合わせていない留守番工場長なのだ。

 「ちょっとひどすぎないかな。いったいどうなってる?」

 「なんかまずいんすか?」

 「紙くずは禁止品目だって知らないの」

 「だって、うちは管理型ですから」

 「管理型の設計になってても許可は安定型だろう」

 「何かの間違いで安定型になっちゃったって聞いてます」

 「間違いだろうと許可は安定型だから」伊刈が呆れ顔で説明した。

 「俺は来たばっかで詳しい経過は知らないんす。多少の紙くずは大丈夫だって聞いてたもんですから」

 「誰から」

 「誰ってあの」栗栖は何を思ったか急に言いよどんだ。

 「どうした」

 「いえあの」

 「誰から管理型の廃棄物を入れても大丈夫だって聞いた」

 「たぶん社長だと思うんすけど」

 「たぶんてなんだ」

 「実は会ったことがなくて」

 「名前は」

 「調所さんとか」

 「なるほど」伊刈はそれ以上もう栗栖を相手にせず処分場の底まで降りて埋めたばかりの廃棄物を点検した。

 「これはオフィスごみだろう。紙くず混じりどころか全部紙くずだ。品目違反というか産廃ですらない。製紙工場に持っていって溶解すれば古紙に再生できるのにもったいない。ここに来たのは何かの間違いなんじゃないかな」

 「そうなんすか」来栖はあくまで能天気だった。

 「積荷の検査はぜんぜんやってないの?」

 「とくには」

 足元に散らばった紙くずの一枚を拾い上げたとたんにさすがの伊刈も顔色を変えた。

 「これは最近自主廃業した花一証券の書類だよ。これどこから来たの」拾い上げた紙くずの一枚を丁寧に広げながら伊刈が栗栖をにらんだ。

 「なんなんすか」栗栖は首をかしげながら伊刈の手元を見た。

 「なんだかわからないの」思わず伊刈は声を上げた。ここまで能天気だと処置なしだった。

 「すごいものなんすか」

 「それじゃ誰が持ってきたものかもわからないよね」伊刈は諦めたように言った。

 「何せ持込みのダンプが多いものっすからどのダンプが持ち込んだものか」

 「いくら廃業したといっても証券会社の廃棄物をさすがに一匹狼のダンプには出さないと思いますよ。正規の契約で持ち込んでる産廃だって少しはあるんじゃないの」

 「まああるかもしれないすけど」

 「これは花一証券が主幹事を務めていた社債約款の原本ですよ。一級の機密文書だ。シュレッダーにかけて溶解しないとダメなものだ」

 「そうすか」来栖はまだ事情が理解できないように首をかしげた。

 「見たところほかの業者の廃棄物と混ざらないで花一証券の書類だけごっそりまとまってるから直行便に近い感じだね。廃業のどさくさで書類の処分を委託された業者が手間を惜しんでシュレッダーにもかけない原本のままでここに持ち込んだんだと思うよ。最初から無許可のダンプに渡してはいないだろうから調べればどこから来たかはわかりますよ」

 「そんなもんすか」

 「このあたりの紙くずを掘り返して袋に詰めて保管してもらえますか。飛散している書類も全部拾い集めておいてください」

 「やってみますけど」

 「あと搬入業者が一覧できる書類を貰えますか」

 「わかりました」

 「措置が決まるまで明日からも搬入は休止です。通りに待たせていたダンプはもう帰らせましたか」

 「役所の検査だって言ったらみんな逃げちゃいましたよ」

 搬入口まで戻ってみると確かに行列していたダンプは陰も形もなく散開してしまっていた。伊刈は事務所で搬入業者のわかる書類を探した。契約書のたぐいはほとんどなく僅かにいる事務員も栗栖以上に何も知らなかった。

 「判子を押したマニフェストが出回っていると聞いたけどどうなんですか」書類を捜すのを諦めた伊刈が念のため来栖に聞いた。

 「ああそれですか。前のオーナーがね、借金の担保に入れたのが売られてしまったみたいっすね。押印済のマニ持って来るダンプが結構あります」

 「持ってきたらどうするんですか」

 「受け取りますよ」

 「よく調所さんがそれでいいって言ってるね」

 「社長は押し返せっていうんだけど面倒くさいでしょう。一台つかえると後ろのが入らないから」

 「それで入れちゃってるの」

 「これ社長には内緒っすよ」

 「たいしたもんだね」

 「やめたほうがいいすか」

 「知らないよ」

 「そうすよねえ」

 「なんで六万円にしたんですか」

 「前の社長が売ったマニが六万円て聞いたもんでおんなじならいいかなと思って」

 「それも内緒なのか」

 「一日六百万がノルマなんすよ。値段はいくらでもいいから六百万入れればいいっていうんですよ」

 「同業者からクレームがつく前に適正な価格に戻したほうがいいと思うね」

 「いくらがいいでしょうか」

 「六百万なら一台二十五万で二十四台ってとこじゃないか」

 「はあそうっすか。それなら楽っすね」来栖は無意味に笑った。

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