道路検問
産業廃棄物対策課の宮越はチームゼロの新たなパトロール手法として高速道路検問を企画した。これは高速警察隊と連携して圏東道(首都圏東部連絡道)の支線である望洋道路の朝陽IC出口でダンプの検問を行おうというものだった。本課を出し抜いて環境事務所の伊刈が注目を集める中、本課のプライドにかけたパフォーマンスだった。朝陽IC出口に移動式のトラックスケールを設置し、警察隊が積載オーバー車両を取り締まる間に産対課が収集運搬車両の登録、マニフェストの携行を確認し、さらに積荷検査も行おうという計画だった。宮越は最初不法投棄車両が走行する夜間の検問を提案したが、危険だと警察から却下され昼間の実施に切り替えた。朝陽IC出口は高速道路が山間部を抜け旧朝陽市の平野部に出たところに設置されていた。山間を迂回する既存の国道に比べると直線的な高速道路の開通は大きな時間短縮になっていた。出口から先にはかつての朝陽湖(あさひのうみ)が江戸時代に干拓されてできた広大な田園風景が広がっていた。犬咬市内まで高速道路延伸計画はあるものの着工時期は未定で、高速を降りてからの交通はダンプ街道や産廃街道と呼ばれている広域農道が担っていた。まさに産廃ダンプを捕まえるにはおあつらえ向きの場所だった。検問は通勤時間が終わる午前十時からの一時間と産廃ダンプが増え始める午後三時からの一時間の二回実施することになった。
午前九時、チームゼロのメンバーから選抜された八人が料金所に集結し高速警察隊が合流するのを待った。警察隊もまもなく到着し、料金所裏の倉庫から検問のための機材が持ち出されトラックスケールに電源が入った。駐車スペースの真ん中にゲートからトラックスケールまで車両を誘導する赤いコーンが仮設された。午前十時、検問がスタートした。自動料金ゲートの跳ね上げが手動に切り替わり、高速隊員が二人ペアになってゲートの出口に立ち大型車両を次々とトラックスケールへと誘導した。ゲートがスムーズに開閉しなくなったのでたちまち本線に渋滞ができ始めた。検問を開始してすぐに宮越は収集運搬車両を見つけた。荷台の枠の高さが二メートルある産廃専用の十トンアームロール車だった。コンテナをアームで引き上げることができるダンプカーで、排出現場にコンテナだけ置いておき後日回収するのだ。渋いブルーグレーのコーポレートカラーに塗装され、大江戸産業という社名と許可番号が大書されていた。運送業の許可のない白ダンプでも産廃収集運搬業の許可があれば営業運搬が認められていた。白ナンバーで事実上の運送業を営むダンプカーは砂利や残土の運搬でも常識だった。宮越はトラックスケールの計量をパスしたばかりの車両を停止させて職質を始めた。
「収集運搬業の車両ですね」
「見りゃぁわかんだろう」運転手は面倒くさそうに答えた。
「マニフェスト(産業廃棄物管理票)は携行していますか」
「これだろう」運転手はマニフェストを窓から差し出した。宮越はざっと点検した。問題はなかった。
「高岩産業から美麗の最終処分場に向かう途中ですね。積荷を検査してもかまいませんか」
「めんどくせえなあ。シート剥がさなきゃなんねえだろう」
「ちょっと覗くだけですよ」宮越は梯子に手をかけた。
「勝手に俺の車に登んなよ。めくってやっからちょっと待ってろよ」運転手はドアを開けて荷台によじ登りシートの一部をめくった。
「こっから見えるよ。さっさと見てくれ」
宮越が荷台に上った。「運転手さん、これはほんとに高岩産業の選別残渣ですか。木くずがかなり混入してますよ」
「いつもこんなもんだけどな」
「これは美麗には運べませんよ。あそこは安定型ですからね」
「ああん、どういうことだよ。いつも運んでんのになんで今日ばっかりだめなんだよ」
「いつも運んでるならもっと問題ですよ。今、高岩産業に連絡するから返品してください」
「え、返品、ちょっと待ってくれよ」
宮越は運転手には返答せず高岩産業にその場で電話して検問にかかった積荷を持ち帰らせると告知した。
「おい、木くずがちょこっと混ざったくれえで返品なんかしてたら仕事になんないよ。あんた頭固すぎじゃねえの。現場わかってんのかよ。こんなことして会社潰れたら責任とってくれんだろうな」運転手は宮越に食い下がった。
「高岩産業が持ち帰りに同意してるんだからいいでしょう。あなたの責任じゃないですよ」
「そんなこと言ったってね、捕まるお前が悪いって言われるんだよ。悪くすりゃあ出入り禁止だわ。そこまでわかってて言ってんだろうね」
「とにかく返品してください」宮越には取りつく島がなかった。
「ちっ、しょうがねえな。どっからUターンすんだよ。あそこでいいのかい」運転手は可動式の柵で仕切られた上り線のゲートを見ながら言った。
「いったん一般道の交差点まで出てから戻ってください」
「ほんとにあんた情ってもんがないね。いまにひどい目にあうよ」
「もうあってますよ。この仕事自体懲罰みたいなものですからね」
「あん、何言ってんだよあんた。とにもう呆れたお役人さんだね」運転手は一腐りするとインターチェンジ出口の交差点の真ん中で強引にUターンして戻ってきた。上りゲートの手前で威嚇するようにクラクションを鳴らしたのに宮越は気にしていない様子だった。
「伊刈さん、悪いけど美麗に行ってくれないか」宮越が検問現場から珍しく環境事務所の携帯にかけてきた。
「最終処分場の指導は本課の担当なんだろう。太陽環境は行きがかりで指導したけどそれだけで手いっぱいだよ」携帯を持っていた伊刈が切り返した。
「それはわかってるけど、こっちも今手が離せなくてね。実は高速道路で検問をやってるんだけど高岩産業から美麗に向かうダンプに安定型に入れるとまずい荷があったんでUターンさせたんだ。もしかしたらこれ一台じゃないかもしれないからほんとにUターンしたかどうかと高岩産業から入った荷がほかにないかどうかを至急確認してほしいんだ」
「証拠隠滅されないように先手を打てってか。わかったよ。本課の指示とあれば最優先でやるよ」
「皮肉は言いっこなし。頼むよ」
「十五分で着く」
「助かる。多分美麗にはもう通報が行ってる頃だろうから」
「心得てるよ」伊刈は電話を切るとメンバーに事情を説明してパトロールを中止し、美麗に急行した。
宮越は手が離せないと言ったものの、道路検問を開始して三十分もするとトラック無線で情報が広がったのか料金所を通過する大型車両がめっきり減った。高速警察隊の情報では検問と渋滞をかわすために一つ手前の料金所でおおかたの大型車両が降りてしまっていたのだ。高速警察隊は料金所前の渋滞を解消するために検問を一時中止し、流れが回復するのを待った。しかしダンプはもう戻ってこなかった。高速道路検問は空振りではなかったものの期待したほどの成果は上げられなかった。
伊刈が向かった美麗は総容量三百万立方メートルを超える巨大な安定型処分場だった。社長の江藤はもともとは瑞穂会に近いやくざだったという噂もあった。ところがどうして最終処分場をオープンしてみると、まじめな仕事ぶりで評判を取っていた。伊刈のチームが立ち入るのは初めてだったが、処分場が近付くとわずかだが安定型にはありえない生ゴミ臭がしてきた。周囲の木立にはカラスが集まり獲物の到着を待っているようだった。
「臭いっすね班長」長嶋が伊刈を見た。
「そういえば環境団体から美麗が管理型廃棄物を入れてるって告発があったみたいだよ。この臭いのことかな」
「夏だからよけい臭うんでしょうけど、これは住民には迷惑っすねえ」
「住民なんていないよ。周辺は農家だけだ」
「まあそおっすけど農家だって住民っすよ」
「これは失敬」
美麗のゲート前で工場長の本膳が伊刈たちを出迎えた。立ち入りの通告をしなかったのに役所が来るかもしれないと連絡を受けていた様子だった。
「お見えになると思ってました。おや、いつものみなさんではないですね」
「環境事務所です」伊刈が答えた。
「ああそうですか。高岩産業から今日入った荷は全部保管してありますよ」
「本課からの指示ですか」
「いいえ、こちらでもいつもと違う荷だと気付いたので何かあってはいけないと分けておいたんです」宮越は証拠隠滅のために埋めてしまうことを心配していたのに逆の対応だった。
「見てわかるくらい違うんですね」
「いいえ比重でわかるんです」
「比重を計ってるんですか」
「計算で出るんです。当社では車番の登録のないダンプを入場させません。登録したダンプは荷台の大きさを計量してありますから目視で積荷の容量がわかります。実際にはゲートの天井に吊るしたテレビカメラで見るんです。後に問題が生じたときのためにビデオテープは一か月保管しておりますので今日の高岩産業さんの荷の状態も映っていますよ」
「すごいですね」伊刈は正直に感心した。
「当社には台貫(トラックスケール)もございますんで車重もわかります。車両ごとの空重量もわかっております」入荷物の管理は過剰なほど几帳面に行われているようだった。
「ダンプの重量と空重量、積荷の容積からダンプ一台ごとの積荷の比重が計算できるってことですね」遠鐘が言った。
「高岩産業の荷はですね、今日はちょっといつもよりも軽かったので変だなと思ったんです。それで先方の稲毛工場長に問い合わせたら実は返品指導を受けたところだって。向こうでも検査されてるんですね」
「道路検問です」
「なるほど」
「保管中の高岩産業の荷は何台分ですか」
「四台です。マニフェストはこれです」
「本課から指示があるまで保管を続けてもらえますか。多分これも返品指導があると思いますよ」
「もちろんです。荷をご覧になりますか」
「それより帳簿検査を実施したいんですが」
「帳簿と申しますと?」
「会計書類とかです」
「なんのためにですか」
「理由はとくにないです。せっかく来たので通常検査です」
「あのお言葉ですがこれまでそのような検査を受けたことがございません」
「社長の了解が必要ってことですか」
「それもございますが」
「決算書はこちらにありますか」
「申し訳ありません。ちょっとお待ちください」本膳は事務所の奥の電話から社長の江藤に連絡した。江藤は帳簿など見せる必要はないと電話口で一喝した。
「申し訳ありません。検査目的がはっきりしないと帳簿検査には対応できかねます」
「なるほどそういうことなら出直しますよ」伊刈は検査を拒否され憮然として答えた。
「あのほんとに荷の検査は実施しなくてよろしいので」
「それじゃ写真だけでも撮っておきましょう」伊刈は案内も請わずに勝手に場内に向かって坂を降り始めた。保管中の高岩産業の荷には最初から眼中になく場内のあらゆる場所に目を光らせた。目視では著しい問題はなかった。生ゴミ臭だけで違法性は断定できない。帳簿で取引先を調べれば生ゴミの付着したプラスチックを出しそうな会社がわかると睨んだのだ。その目論見は空振りに終わってしまった。
翌日、宮越率いるチームゼロは高速道路検問でUターンさせた大江戸産業のダンプの荷主の高岩産業に立ち入った。高岩産業は三川市にある建設系廃棄物の中堅処理業者で大手ゼネコンの筑紫組と総合商社の日籐が共同出資した優良企業として知られていた。工場長の稲毛が心配そうな顔で検査チームを待っていた。行政の検問にかかって返品が生じ、マニフェストが没伝になったたのは本社に申し訳のできない失態だった。しかも地方紙ながらその日の朝刊に前日の高速道路検問の記事が載っていた。社名こそ書かれていなかったが記事の中に「違法な廃棄物を発見して取り締まった」と書かれていた。それが高岩産業のことだと本社に知られたら一大事だった。なんとしても今日の検査を無事に乗り切り問題を終息させるため稲毛は必死だった。
宮越の指示で返品させた荷はヤードの隅にコンテナごと青いビニールシートを被せて保管されていた。大企業が出資している施設だけあって一見したところ工場の管理はよかった。
「昨日も指摘したとおりです。ちょっと木くずの混入割合が多いですね。いつもこれを安定型に出してるとなると問題ですよ」宮越はコンテナのシートをめくりながら言った。
「たしかにこれは当社がトロンメル(回転式スクリーン)でふるった残渣でございます。当社のトロンメル選別は二段階で行っております。最初に百六十ミリでふるいまして、もう一度八十ミリでふるいます。実を申しますとこれは一段目のもののようでございます。何かの手違いで二段目を通していないものが積まれてしまったようでございます。二段目を通せば問題のない品質になります」稲毛は汗を拭きながら説明した。
「処理工程をざっと点検させてもらっていいですか」
「ぜひお願いいたします」
稲毛の案内で宮越は工場内の点検を始めた。
「ヤードに入荷しました廃棄物はまず作業員がざっくりと土間選をいたします」稲毛が説明するそばから新たに入ってきた四トンダンプがあった。検査があっても稲毛は荷をとめていなかったのだ。コンクリートの叩きにダンプアウトされた混合廃棄物を五、六人の作業員が手際よく分別した。宮越にはその手際が業界の標準以上なのか以下なのかわからなかった。
「土間選を終えますと破砕機に入れます。投入する前にベルコンに乗せて長尺物を除きます」
「チョウシャクブツ?」
「ロープやヒモの類です。破砕機に絡まりますと危ないですから。作業員が持っているあの鉄の棒で引っ掛けるんです」
「なるほど」宮越は感心した様子で作業を見守った。
「ベルコンの先にクラッシャーがありまして、そこで破砕したあとトロンメルに入れます」稲毛は巨大なドラム缶を横にしたような装置を指差した。
「先ほども申しましたように二段階にわけて篩います。二段目からはほとんど小砂利と砂しか出てまいりません。これを当社では美麗さんに処分しておりました」
トロンメルは鋼鉄メッシュの円筒を横倒しにした篩で、これをわずかな傾斜をつけて回転させながら上から破砕物を流し込んで、砂利と砂を除去するのである。ここにあるのは二連式だが、一台で二段階同時に篩える二層式もあった。二連式は場所を取るかわり価格が安く、目詰まりしたときに掃除がしやすかった。トロンメルをくぐった廃棄物は磁力選別機と風力選別機を通し、さらにベルトコンベヤに流して手選別を加えて、紙、プラスチック、鉄、アルミ、銅など、十種類以上の有用物に選別されていた。
「当社の選別制度は九十パーセント以上でして、残渣として最終処分しているのは五パーセント程度でございます」
「それは優秀な数字なんですか」
「さようでございますね。建廃の施設ですと、混合物のリサイクル率は八十パーセントくらいが標準的ではないでしょうか」
「百パーセントはムリなんですね」
「入る荷を選べばできますが」
「今回Uターンさせた荷はどうされますか」
「二段目のトロンメルにかければ問題ない品質になるかと思います」
「処理するところを見てもいいですか」
「もちろんです」
稲毛の指示でラインをいったん止めて返品された残渣を二段目のトロンメルに投入した。ガラガラと音を立てて残渣がトロンメルをくぐり小石大の砂利が落ちてきた。メッシュをくぐらせただけなのに処理前に混ざっていた木くずが不思議なほどきれいに除去されていた。工場の管理に問題はなかったので宮越は口頭注意だけで引き上げることにした。伊刈のチームがやっているような会計帳簿検査は実施しなかった。
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