揃った役者

 太陽環境の御園専務から石膏ボードの掘り出し作業が終り、マンホールの修繕工事に着手したので確認して欲しいと連絡があった。ちょうど黒い川の沈殿物の分析結果が出たところだった。

 「伊刈さん、黒い川の検査の結果ですけどね、硫酸イオンとカルシウムイオンが飽和でした。飽和ってわかりますよね」大室が伊刈に説明した。

 「スピードメーターが振り切れたってことですか」

 「まあそんなとこです。予想していたとはいえ驚くべき結果ですね」

 「汚染源は石膏ボードの硫酸カルシウムに確定ですね」

 「そうです」

 「石膏ボードが土壌中の細菌によって分解されて硫化水素を発生するんでしたね」

 「流出量から見て埋めたてられたボードは半端な量じゃないと思いますよ。通過排水路のマンホールにクラックが入って場内の汚染水が浸出したということで本課から修繕工事を命令済みと聴いてます」

 「今日マンホールの工事を始めるんで立ち会ってくれって言うんです」

 「じゃ行きますか」

 大室も同行して太陽環境の工事立会いに向かった。伊刈は毎日立ち入っているので、掘り出した石膏ボードの山が日に日に高まっているのを知っていた。大室は量の多さに驚いた様子だった。

 「どのくらいあるかな」大室が新藤に尋ねた。

 「ダンプ十台分くらいじゃないすかね」

 「意外と臭くないね」

 「空気にさらして温度を下げちゃえばガスは発生しませんよ」

 「なるほどそうか」大室が大きく頷いた。

 「先にマンホールを確認しましょう」伊刈が言った。

 新藤を先頭に場内のど真ん中にあるマンホールに近付いた。換気のブロアーを回すジェネレーターの音がうるさかった。

 「風を送ってるんだね」大室が言った。

 「ホールの中のガスを飛ばしてるんだけど、中に入る作業員には念のためにエアラインマスクも使わせてるんです。普通のガスマスクじゃ十分と持たないですよ。全くおっかないね」

 マンホールの中を覗きこむと、作業員二人が着た化学防護服がサーチライトの反映に照らされて真っ白に輝くのが見えた。まるで宇宙ステーションの船外作業だった。

 「掘り出した石膏ボードを確認します」伊刈はマンホールを離れた。

 小山に近付いて詳しく調べてみると石膏ボードよりもむしろ木くずの混入比率が高かった。明らかに安定型品目ではない。

 「あまり品質がよくないですね。石膏ボードだけじゃなく木くずや生ゴミ臭のあるプラも混ざってませんか」

 「これは横嶋が仲介したものがほどんどだね」

 「横嶋さんは昇山の営業を任されていたんですよね」

 「横嶋が持ってくるゴミは品質が悪くて困ってたんだ。専務がなんも言わないからさ、好きにやられてたんだよ。ここだけの話だけど横嶋はわざと悪いものばっかり入れさせてリベートを取ってたと思うね」

 「なるほど」横嶋ならやりそうなことだと伊刈は思った。

 「いくら営業は昇山に任せていたといっても埋立物の管理は太陽環境の責任ですよ。悪いものははっきりと拒否してもらわないとね」

 「それは俺じゃなく専務に言ってよ。専務が責任者なんだから。それでさ、これ出しちゃってもいいんですかね」

 「どこに出すの? 管理型?」大室が聞き返した。

 「そんな金ないすよ。専務が交渉してるとこだけど、出したとこに返品すんじゃないの」

 「それどこですか。まさか横嶋さんは受け取らないでしょう」伊刈が興味深そうに尋ねた。

 「専務には内緒だよ。言ったらダメって言われてっから。ご存知と思いますけどね、実はあそこっすよ。ほら、レーベル」新藤が声をひそめて言った。

 「なるほど」伊刈が小さく頷いた。

 「だけどすんなり受けてもらえっかねえ」新藤は意味ありげに笑った。「横嶋が金もらってるわけだからねえ。横嶋が返すってんなら別だけどね。あそこも金はシビアだからねえ」

 「トラブルはみんな横嶋さんがかんでるんですね」

 「ここの問題はほとんどそおすよ」

 「まあそんなとこだろうね」伊刈も深く頷いた。

 検査が終わり坂道を登り始めた検査チームを見覚えのある姿が待っていた。品のいいスーツ姿の安座間だった。隣に人相の悪い男が立っていた。

 「狐澤っすよ。東洋エナジアの水沢の親分っす」長嶋が伊刈の耳元で囁いた。

 「海の家のオーナーだっけか」

 「そおっすね」

 「なるほど読めてきた」伊刈はまっすぐに安座間に近付いた。

 「お久しぶりね伊刈さん、それに長嶋さんも」安座間がにこやかに挨拶した。

 「おう」長嶋が先に答えた。伊刈は隣の男の様子を伺っていた。

 「伊刈さんお初に」狐澤が名前を名乗らずに挨拶した。

 「お噂はかねがね」伊刈も名前は聞かなかった。「それにしてもどうしてお二人がここに」

 「ここは俺が買ったんだよ」狐澤が言った。

 「そうですか。それじゃもう御園さんは社長じゃないんですね」伊刈は驚かなかった。

 「いや社長は御園のままだ。会社の株を俺が担保に預かっただけだ」

 「安座間さんはどういうご関係ですか」

 「どう言ったらいいかしらねえ」安座間は答えをはぐらかした。

 「いずれはここの社長になってもらおうと思ってる。今はいろいろ差支えがあるからね」狐沢が代わって答えた。差支えとは安座間の欠格事由のことだろうと察した。

 「最終処分場を買われたということは穴屋からは足を洗ったってことですね」

 「そもそも私は不法投棄なんてやってないのよ。いまさら言ってもせんないことだけどね。警察ってめんどうなとこだから、やりましたって言ったほうが早いこともあるのよ」安座間はこの期に及んで平然と無罪を主張した。「それから言っておくけど穴というのはね、許可がある処分場のことも言うのよ。つまりどっちも穴屋なのよ」

 立ち話をしているところへ今度は黒田が顔を出してきた。

 「これはこれはみさなんお揃いで」黒田がにやけた挨拶をした。

 「黒田さんこそここと何か関係あるんですか」伊刈が黒田に挨拶を返した。

 「うちは地主なんですよ。まあほんのちょっとなんだけどね、ここ作る時に最後までがんばってた地主がいてね、そこが御園はだめだけど俺なら信用できるっていってね、譲ってくれたんだ」

 「なんかややこしいですね」

 「まあ、いろいろあるんだよ。土地は手放したいけど、あいつには売りたくないとかなんとかね」

 「それで黒田さんから貸したわけだ」

 「いろいろ面倒なことになっちゃってね、御園が地代払ってくれないから土地は返してもらおうかと思ってさ」

 「返せっていったって処分場になってんだから返せないだろう」狐澤はもうこの議論はうんざりだと言いたげだった。

 「全うな処分場ならこっちも土地を返せとは言いませんよ。だけど違法なことをやられたんじゃ地主としてね、見逃せないでしょう」

 「それは理屈だけどあんた、返せないものは返せないだろう」

 「まあまあ役所の前で答えを急かさなくてもね」安座間がなだめた。

 「役所が来てるっつうのにわざわざ何をまたかき混ぜに来たんだよ」狐澤が不機嫌そうに言った。

 「ああ忘れてた。事務所開きのご挨拶ですよ」黒田が皮肉っぽく言った。

 「事務所? 誰の?」

 「私のですよ。このちょこっと先にね、事務所を持ちましたのでね、お隣さんへのご挨拶ですよ」してやったりという涼しい顔だった。

 「なんでこんななんもねえとこに」さすがの狐澤も呆れたように黒田を見た。

 「ここの上流は処分場の適地ですよ。拡張にはもってこいですからね」

 「てめえ、早々と拡張を見越して地上げするつもりなのか」

 「だってそれが私の本業ですよ。処分場があれば隣の土地の価値が上がるのは常識でしょう。とくに上流はね」

 「もういいや俺は帰る。こいつと話してるといらいらしてくるわ。彌香さんあんたはどうする」狐澤はきびすを返した。

 「あたしはもうちょっとお話があるから」

 「どいつもこいつも好きにしな」狐澤は一人で不機嫌そうに引き上げていった。

 「あんなに気が短くってはだめね」安座間は狐澤の背中を見送りながら言った。

 「いえいえあれでずいぶん用心深いんですよ。臆病という人もいますがね。そのおかげでめざましい出世もしないかわり前科らしい前科もなしに凌いでるんですよ」黒田が訳知り顔で言った。

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