2「千客万来、百鬼夜行」(7)




「え……」

 暗くて表情がわからなかったのだろう、返す言葉をなくす僕に気づかぬ様子で、金髪男ははにかみながら話を続ける。

「あと、名前、ですか? いやー、俺、実はかなり変わった名前だから、名乗るのすごい照れるんですけど……ウラトキスケって言います。ウラは浦和の浦、トキスケは鳥の朱鷺に、助六の助です。あの、それで、助けてくれます?」

 はっとして、僕は頷いて見せた。

「あ、ああ……そうか。浦くんか」

 知らない名前だった。そんな名前や苗字は、今まで一度も聞いたことがない。

「あ、はい。変な名前って思うでしょう?」

「僕が言えたことじゃない」

「え、いや、ほんとに? お互い大変ですね。あの……大丈夫ですか?」

 純粋な目で見られ、少し狼狽える。

「うん、いや、それで、その……君は、その先生に会ってどうするつもりだったんだ」

「いや、ただ、会いたかっただけです」

「テレビで見て、興味が湧いたから?」

 浦という男は軽く首を振った。

「いえ。ただ、その人言ってたんですよ。『1人で来られるなら助けてやる』って」

「……そんなことを言った?」

 浦は、ははは、と快活に笑う。

「俺、難病持ちだし。溺れる者はなんとやらって奴です。もし断られたら、そんときはそんとき、ですよ」

 無邪気ににこりと笑いかける浦に、ぐ、と言葉が詰まる。なんとなく、背中に冷たいものがつうーっと伝っていくような感覚があった。

「その時はその時とはいえ、でも、困るは困る……んだろうね?」

「え、そりゃ、まあ……」

 頭が痛くなってきた。

「でもま、その前にこの縄を誰かに解いてもらえない限り、どうしようもないんですけど……」

「いやわかった。縄は解く。ただ、まだ話があるから、解いてからも少し話をさせてくれ」

「え、ああ、はい」

 スマートフォンのカメラレンズの隣についている非常用ライトを点け、壁に立てかけた。

 縄に手をかけたとき、浦が心配そうに言った。

「え、手で解けます、これ? でかいハサミとかで切らないときついんじゃ……」

「こういう縄は、手でも切れる。知り合いがよくやってるんだ」

 近くの地面を探ると、案の定結び目から余った長い縄が無造作に伸びている。それを手に取ると、縄と胴体の隙間にねじ込む。身体を縛っている縄を、両手に握った縄で擦ると、やがて摩擦熱でぶちっ、と切れた。その要領で足と手の拘束も解くと、浦は立ち上がって身体を伸ばした。

「ありがとうございます、本当に……誰にも見つけられてなかったら、どうなってたか」

「それはわかった。よかったな。それで、その、話なんだが……」

「はい、いいですよ。なんです?」

「僕が、その、日理なんだ」

 思い切ってそう言ってみると、浦は一瞬固まり、やがて半笑いで首をかしげた。

「え? いや、だって、眼鏡……」

「ああ、眼鏡はテレビ用なんだ。裸眼でちゃんと2.0ある。両目とも。大学の方からかけてくれと言われてるだけで。イメージというか、キャラ付けに……」

 テレビに出るときに伊達眼鏡をしている理由は、話したとおりだった。知り合いからは「ずいぶん印象が変わる」と言われるが、元々地味な顔立ちなのでわからなかったのかもしれない。とにかくそこまで話すと、浦はわかりやすく顔色を変え、頭を下げた。

「す、すいません。全然知らなくて、俺……いっ、た……」

「いや、気にしなくていい、よく言われることだから……え、」

 そのとき頭を下げたはずの彼が、そのまま派手な音を立てて、膝から崩れ落ちた。驚いて抱き起こした彼の顔は、酷い苦痛に歪んでいた。


 

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暗室に詐欺師 Crooks in the darkroom 名取 @sweepblack3

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