2「千客万来、百鬼夜行」(5)

 外に出ると日はほとんど暮れかけていて、夕方の風が、コーヒーで暖まっていたはずの身体を冷やす。こう暗くなっては道を探すこともできない上、夜にはキャンパスも閉まってしまう。帰るしかない、と僕は諦め、コートの裾を直した。会話が終わってくれたのはよかったが、思ったより帰るのが遅くなってしまったのは残念だった。どうしても、自分は自宅が一番落ち着く性格らしい。


 ふだん僕に話しかけてくる人間は、なにもあの文学科の嫌味な教授だけではない。現在の大学制度に意見のある生徒や、将来教授になりたいという野心のある生徒だ。前者には「僕に言っても仕方ないよ」と言い、後者には「考えておくから」と言って帰ってもらっている。

 受験生の差別やアカデミックハラスメントなどの悪習が問題になり、国が大学制度を変えたため、最近の大学では僕のように「学歴に縛られず、個性的な経歴をもつ教授を雇う」ことでクリーンさを謳う手法が爆発的に流行っている。今まで教授になりたくて頑張っていた人にはたまったものじゃないだろうと思うのだが、それでも引き受けたのは、「人の役に立てるなら」という気持ちが半分、そしておそらくもう半分は、「見返してやりたい」という気持ちだったのだろう、と我ながら他人事のように思う。自分たちをある日突然、ゴミのように捨てた父親に、立派な肩書きを自慢してやりたかったのかもしれない。

 そんなことをしても、相手には伝わらないし、それどころかさっきのように、嫌な目に遭うだけなのに。

 本当に、僕は莫迦だ。

 そんなことを考えながら、大学の中を黙々と、最寄り駅へ向かって歩いていた。電車通勤は楽しいことばかりではないが、あの駅構内の清潔な感じは好きだった。綺麗に整ったものを見ると、少しだけ元気が出る気がする。

 駅の前の横断歩道にさしかかる、その手前ところで、僕は、視界の端にキラッと光るものを見た気がした。

 一度は素通りした。のだが、まだ一応キャンパスの敷地内ではあったし、最近の学生は、奇抜なものをつくってキャンパス内に勝手に放置したりなど、派手に羽目を外して事件を起こすなんてこともある。自分と同じく落とし物である可能性もある。そのため少し気にかかり、一度立ち止まり、キラリと光っていたものの正体を探すために数歩戻る。

 光っていたのは研究棟と研究棟の陰だった。大方管楽器を放置しているか、ブランド物の金ぴかの財布を落とした生徒がいるのだろうと思って覗き込むと、そこには、縄で縛られ身動きをとれなくされた男がうなだれて座っていた。彼の髪の毛は、ものの見事に金色だった。

 

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