2「千客万来、百鬼夜行」(3)
父と連絡がとれなくなって一週間経ち、元々住んでいた家を引き払うことになったとき、形見のつもりで、僕は自分のものに紛れ込ませるようにして、こっそり父の手帳をもちだしたのだ。もちろんそのほかの父の持ち物も、あとでちゃんと取りに行き、便利屋の物置の一部を借りて保管しておくつもりだった。……のだが、次の日家に帰ると、もぬけのからになっていた。「子供を置いて蒸発するなんて!」と義憤に駆られた母の実家の人が、父のものを全部燃やしてしまったのだ(燃えなかったものは自治体の条例に則って処分したらしいが)。つまり実質、父の持ち物は、この手帳だけになってしまった。
そして、僕が9歳から25になるまでの16年の間、父は未だに帰っていない。
父のことは、一応、恨んでいる。
なにしろ父が消えて以来、僕ら兄弟は普通に学校に通うのも大変になったし、父の帰ってこなかったあの日のことは、三人とも、多かれ少なかれ、心の傷になっている。けれど僕は、恨むという気持ちよりは、違和感のほうを強く感じていた。
あの父が、僕らに一言も言わずいなくなるだろうか? 何かやむを得ない事情があったんじゃないか?
自分を捨てていなくなった人間に対してそう思ってしまうことは、人間として自然なことなのかもしれない。理不尽なことには、誰でも理由を付けたがるものだ。けれど僕は、そんなことばかりを考えているわけにはいかなかった。稼がなくてはいけないし、結局、本人に聞かない限り、事の真相はわからないのだから。
だから、そんな出口のない思いにとらわれたとき、僕は父の手帳を読み返すことにしていた。今でこそ真剣に読むことはなくなったが、お守りのように常に鞄に入れ、持ち歩くのが習慣のようになっていた。
それでも、それを落とすなんてことをしでかしたのは、人生で今日がはじめてだった。
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