1「窮鳥と天才、あるいは安物なのにウザいくらいしっかりしたロープ」(7)






「……」



 

 それで、俺は、テレビに並々ならぬ影響を受けているとしか思えない。超量産型人間と言われても仕方ないのだと思う。ひとたびメディアに報道されれば、そこへ簡単に足を運ぶ。現代人の悲しき習性だ。

 そしてもちろんどこに行ったかといえば、あの教授のところ、である。


「キャンパス、広……」


 キャンパスマップの前に立ち尽くして、また例の独り言が出た。

 そろそろ本当に直さないとヤバい。そう思いながら、数学の研究棟を探した。陽射しのまぶしい五月の真昼間のキャンパスは、中で何が教えられているのかはわからなかったが、とにかく外から見ている分には、ピカピカの建物に柔らかな新緑が映えて美しかった。





 テレビに出ていた大学教授というだけあって、苗字で検索をかけただけで、顔写真付きで勤務先の大学が特定できてしまった。そんな世の中が少し怖いような気もしたが、とにかく、昼過ぎに頭痛が収まるのを待ってから、行ってみることにした。ハイテク社会を怖がってみたところで、俺は、IT企業の陰謀やらを止められるような人間でもないのだ。

 大学の場所は神奈川……偶然にも、昨日泊まっていたホテルからそう遠くないところだった。数年前から東京に住んでいる自分としては、その学校が関西や東北・北海道などの交通費のかかる場所ではなく、関東圏にあるのが色々な意味でありがたかった。

 ただ引っかかったのは、その大学が一度も聞いたことのない無名大学であることとと、部外者の自分が勝手にキャンパスに入っていいのだろうか、ということだった。特に後者は大丈夫なのだろうか……いや、ホームページの記載を見る限り、規則的には許可されていることではあるらしいのだが、普通に考えてグレーなところだろう。

 どうでもいいことだけれど、俺の経験上、だいたいそういうグレーなところを平気で入ってこられるのは、お茶と噂のできる場所であれば何処へでも現れ腰を据える「おばさん」と呼ばれる部類の人種か、居場所のない「おじさん」と呼ばれる人々だ。でもダメもとでやってきたのだから、今更みっともなくじたばたしてみても、始まらない。


 いや、とはいえ、やっぱ授業中だったらまずいか……。


 そんな風に看板前でみっともなくうだうだとしていたときだった。


「……っ?」


 突然、背中に軽い衝撃が走った。

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