1「窮鳥と天才、あるいは安物なのにウザいくらいしっかりしたロープ」⑸
「それっておかしくないですか?」
そう言ったのは大学生風の男だった。目に見えて、興奮している。司会者も驚いたような顔をしつつ、ちょっと面白がるような様子で、「と言いますと?」と発言を促した。テレビ的には「美味しい場面」でもあるのかもしれない。
学生風の男は席から立ち上がると、マイクを受け取って話し始めた。
「日理先生は、とても頭がよくて、才能に恵まれている方でしょう? それなのに他人の人生の課題を解くことができないと言うなんて、おかしいじゃないですか。それは解けないんじゃなく、解くことを諦めてるだけなんじゃないですか?」
どことなく棘を感じさせる言い方なのが気になったが、自分もさっき勝手に失望していたので、気持ちはまあわからなくはない。が……そこまでストレートには言えない、というか。
「まあ、その……確かに、そういうところはあるかもしれません……。僕はあまり人付き合いのうまい方じゃないので。それに、僕はそこまで頭がいい訳ではないんですよ。数学だって、解けるかどうかは本当に偶然とそう変わらないくらいですし……頭のいい人の中では、僕なんて、中の下、みたいなものですし」
教授は交わそうと言葉を濁すが、それが余計に火に油を注ぐ結果になったのか、学生風の男はよりいっそう真剣味を帯びて言葉を続けた。
「若いうちから、そんなどっかの年寄りのように生きているなんて、ちょっと理解できません。日理先生はまだ若いんだから、数学ばかりに打ち込んで一人の世界に没頭するより、もっと同年代と意見をぶつけ合ったりするべきなんじゃないですか。
確かに先生の数学の才能は、尊敬すべきものだとは思います。が、自分のことばかりにかまけ、困っている他人に関わろうとすらしないなんて生き方は————人として間違っているんじゃないか、とさえ思います」
「……」
いや、それはちょっと、言い過ぎだろ。
困惑する俺と同じく、会場もしーん……と静まり返った。さっきは勝手にがっかりしていたのに今度は手のひら返しか? と我ながら思う。だが、いくら正論でも、言っていいことと悪いことはある。
それに難しいことのわからない単純な俺には、発言した男は、日理という男が単に「教授」という「地位ある立場」にいるから嫉妬しているだけなんじゃないのか? とも思えた。負け惜しみ、というやつだ。プライドの高い奴によくあるパターン。
それに対して、数学教授は目を伏せて、黙ったままだった。……無理もない。いきなりこんな当てつけを言われたら、誰だって言葉を失う。しかも、これはテレビの生放送だ。訳あって俺には、この教授が何をしてそんな偉くなったのかわからなかったが、とにかく単純に「地位的」に、教授にとっても、こんな格下の奴をわざわざ相手にする必要はないのだろう。
そんな中でも、ピリピリついた空気をなんとかしようと、司会が「えー」やら「あー」やらを連発し、場を収束させる言葉を探している。正直、痛ましくて見ていられない。この司会より痛ましいものといえば、土砂降りの日の動物園の動物、くらいしか思いつかない。下手したらそれよりひどい。
その時突然、突き刺すような激しい痛みが頭に走った。
「……う……」
また、だ。
そう、最近、文字通り「死ぬほど」俺を悩ませているのは、この耐え難いほどの「頭痛」、なのだった。
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