序「ある少女の、ある日の日記」3



 今日は、というよりは今日「も」、本当につまらない出来事から始まった。


 父親は「薬」をのむ。毎朝のむ。それがダメと言ってるわけじゃないけれど……いや、嘘をつくのはよそう。私は「ダメ」だと思っている。世の中には、確かにうつ病とかそんな病気のために薬を飲む人間なんてごまんといるだろう。けれど、父の場合は、それを「直そう」とか、「早く良くなりたい」とか、「薬なんて飲んでいて情けない、申し訳ない、死んでお詫びをしたい」とかいう気持ちすらない。あっても薄い。なぜなら父は、母を毎日のように苛めるからだ。

 それはもちろん、朝から始まる。朝っぱらから、だ。



「おい」



 そういう言葉が飛び出してくること自体、驚きなのだが。

 だって、父は外ではかなり優しい言葉を使うし、人当たりがいい。まあだからこそ家で当たり散らす人間なのかもしれない。とにかく、朝、学校の準備のために私が二階の自分の部屋からキッチンへ降りていくと、母に低い声で言葉をかける父と出くわした。父は、朝の薬は朝食後に飲んでいるので、食卓にはすでにこれ見よがしに錠剤の瓶が置かれている。

 食事の時くらいしまっておけばいいのに。

「何よ」

 母も母である。ムキになる。すぐムキになる。

「今日の朝飯はこれかぁ。貧相だなぁ」

「夫の収入が悪いからねぇ」

「あーそうですかー」

 私はもうとっくにわかっている。

 これは、もう別に二人の間で交わされている会話ではない。私に聞かせて苦痛を与えるために「わざと」、こんなくだらなくて笑えない冗談を喋っているのだ。だって、別に私は、朝ごはんがなんだって構わないのだ。そもそもここが生まれた家なのに、この朝ごはんが世間的に貧相なのかどうかなんてわかるはずもない。どうでもいい。わかったとしても。結局言葉になんて意味はないのだ。

 おはよう、と声をかけたくもなかったが、黙っていれば黙っていたで「具合でも悪いの」と質問責めにされるので、挨拶をする。

「おはよう」

 そう挨拶をした時だった。

 1度目の電話がかかってきたのは。



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