第5章:一之瀬雫那という生き方

第16話:朝の風景

■第5章:一之瀬雫那という生き方


 物語を再開するにあたって、どこに再スタートのポイントを定めたものか。そしてなにを書けばいいものか。


 迷ったときは、そう、ラブコメだ。

 首相がふたたび記者会見を開いた朝。

 そこから1週間後としよう。ちょうど夏休みの前日だ。

 これから古宇こう雫那しずなの距離はさらに縮まる。


 では。

 バトンを古宇こうへ。



 ここでおれの朝をざっと紹介したい。


 朝5時。子供っぽい置時計がかわいらしいアラームを鳴らす。

 ふとんの上で上半身を起こして大きく背伸びする。

 窓からの日差しが優しい。新聞配達の人が乗るスクーターのエンジン音が遠くで聞こえる。ペッ、ペペペー。50ccのエンジン音は遠慮がちだ。優しいから好きです。

 おれの朝が始まる。


 夏の夜はやはり寝苦しい。目覚めたときは体がちょっとべったりしている。

 まずはシャワーでざっと汚れを落とす。

 それからスマホでメールやSNSの通知をチェック。そのあと、朝ごはんとお弁当の支度したくをする。


 お弁当と言っても基本的に昨夜の残り物だ。そこに玉子焼きを加えるくらい。なんとなくだが、玉子焼きを食べると1日元気にすごせる。

 いままでは自分ひとりのお弁当を作るだけだった。そこへ現れたのが一之瀬いちのせさん。彼女の分のお弁当も作るようになった。


 あんまり大きな声じゃ言えないが。

 一之瀬さんのお弁当箱はおれのよりワンサイズ大きい。それでも足りなくて購買こうばいからパンを買ってくる。


 食事の準備が終わったところで時刻は6時をすぎる。おれはゴミを捨てに行き、それから近所をぐるっと散歩。ご近所さんと顔を合わせればあいさつする。

 帰ってくるのが6時半ごろ。すでに一之瀬さんが起きていて、みそ汁なんかを作ってくれてたり。しかも制服にエプロンである。良い。

 みそ汁の香りは、なんというか、幸せだなーと思う。


 7時ごろ、ちゃぶ台を挟んで朝食だ。

 テレビがニュースを流す。

 基本的におれだけがしゃべる。一之瀬さんはおれの話を一応、聞いているみたい。ただし返答は「ん」くらい。一之瀬さんは黙々と朝食を口に運ぶ。

 生え際から伸びる一房の髪は表情豊かに揺れる。こちらのほうが感情を伝えているような。


 朝食後、おれたちは洗面所に並んで歯をみがく。狭いので、互いのひじがぶつかる。

「一之瀬さん、もうちょっとそっち行って」

 おれが苦情を言っても一之瀬さんはゆずらない。「ん、ん」と抗議の意思を示しつつガシガシ歯を磨き続ける。


 剣道の試合を想像してほしい。竹刀しないの先端で牽制けんせいする感じ。おれたちも肘で自分の場所を主張し合う。


 とまあ、おれの(そして一之瀬さんの)朝を紹介してみた。


 最近、一之瀬さんは雑な態度を示すようになってきた。

 もちろん、良い意味で。

 家族とか身内とか、言葉で表現するのは簡単だ。実際はどうだろう? 言葉だけでは表現し切れないものが大事なんじゃないかな?

 それが少しずつおれと一之瀬さんのあいだで育っている。

 としたらうれしい。


 などと朝のポエムを1発かましてみた。

 できればイイネしてください。



 1週間前。

 首相がふたたび記者会見を開いた。

「大きな仕事をげてください」

 首相はそう呼びかけた。

 しかし。しかしなあ。

(できるのかな、そんなこと)


 などと考えていたときだった。


「頼もーう!」

 玄関先から野太い声が聞こえてきた。

 なんだろう? おれはつっかけをはいて玄関へ。


 玄関にいたのは10人くらいの男子高校生たち。全員、柔道部だった。

 ちなみに柔道部は山形派に属するらしい。

 一之瀬さんたちは京都派。

 いわば敵同士だ。


「い、一体、なんの用ですか?」

 逃げたいなー。と思いつつも尋ねてみる。われながら腰が引けていた。


 柔道部の面々はなにやら思い詰めた様子。背の高い生徒はいないが、筋肉がある。岩石が並んでいるみたいだ。

 その岩石たちがいきなり――。

「すみませんでしたー!」

 叫ぶ。

 同時に土下座どげざ


 え? え? え?

 突然の集団土下座におれは戸惑うばかりだった。

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