第15話:記者会見ふたたび

 翌日。

 いつものように朝食の支度したくをしていると。


鮭川さけがわさん、ちょっと」

 一之瀬さんが制服姿で台所にやってきた。

 なに? 玉子焼きを焼きながらおれは尋ねる。

「なんかあった?」

「首相が記者会見をするそうです」

「いまから?」

「いまから」


 何事なにごとだろう? おれは火を止めて居間に移動する。エプロンを着けたままテレビの前へ。



 会場に首相が現れた。

 同時に。


 どこからともなく美しく着飾った女性たちが現れる。舞い散る花びら。情熱的なダンス。

 そのなかを首相が悠々と前に進む。自信に満ちた足取りだ。(信用できる調査によれば、支持率が急上昇しているという)

 インド映画みたいな光景だ。


 スーツについた花びらを軽く払って首相があいさつする。

「国民のみなさま、おはようございます」

 おはようございます。おれはテレビに答える。

 おはようございます。一之瀬さんもならう。


「退魔が解禁されてからみなさまの生活はどう変わったでしょうか? 楽しまれていますでしょうか? それとも退魔に関するさまざまな問題に心をお痛めでしょうか?」

 今日はその話を少しさせていただこうと思います。首相は続けた。

「問題。そう、日本が抱える問題についてです」


 どのような問題があるのか。首相は話し出す。痛ましい、という顔で。

「日本における退魔師たちは現在、二分されています。ひとつは京都派。古くから日本の退魔を担ってきた組織です。もうひとつは山形派。戦後、新たに台頭した組織です」


 まず首相はざっと歴史を振り返る。おれがネットで検索した情報と同じだ。


 京都派は長らく日本で退魔を担ってきた。歴史の古い組織だ。

 戦時中、京都派は軍部に協力したこともある。終戦の折、これが問題視された。

 そこで台頭したのが山形派だ。山形派はイギリスの支援を受けて大きく成長。戦後日本の歩みに影響をおよぼしてきた。


「京都派と山形派。両者の争いが銃撃戦に発展することもありました」

 首相は言う。

 これでは内戦だ、と言いたげな顔だ。深い嘆きがあった。

「わたくしは日本国民同士が血を流すことを望みません」

 そこでこれを使っていただきます。


 と、首相が取り出したのは銃弾だ。

「これは最近、自衛隊で使用されている15式演習弾。通称イチゴ弾であります。いわゆる非致死性ひちしせい、当たっても死なない弾丸であります」


(へー、知らなかった)

 いまはそんな弾丸があるんだな。


「では、実際に撃っていただきましょう」

 首相は片手を挙げた。撃て。


 銃を取り出したのは首相のまわりにいる女性たち。あろうことか、首相に向けて次々と発砲した。

 首相は銃弾を浴びてけいれんする。まるでダンスだ。銃弾に踊らされている。やがて力尽きるように倒れた。

 が、すぐに起き上がった。

 痛みに顔を引きつらせながらカメラ目線に。

「どうです、無事でしょう?」


 めちゃくちゃ痛そうだけども。

 とは言え、イチゴ弾の安全性は見ててわかった。こういうとき、体を張る人なんだよな、首相は。感動した。


 さて。首相は立ち上がる。

「このイチゴ弾によって安全な銃撃戦が保証されます。国民のみなさまには、言いたいこともおありでしょう、うっぷんもおありでしょう。存分に撃ち合ってスッキリしていただきたい」

 すなわち。首相の表情がキマる。

「サバゲ、サバイバルゲームをやっていただきたいのであります。1億国民がサバゲをする。これもまた、わたくしの考える1億総活躍社会であります」


 そうだったのか。おれ、誤解してた。

 きっとメディアのせいだろう。歪められた報道で首相の考えが正しく伝わらなかったんだな。


 なんておれが勝手に興奮していると。


 ジーワ。ジーワ。

 ふと、セミの鳴く声が聞こえた。

(暑いな……)

 時刻はまだ8時をすぎたばかりだ。なのに空気がじっとりとしている。最近の地球ヤバいな。


 うちにはクーラーなんて上等な設備はない。

 おれは風通しをよくするために窓や戸を開けて回った。


 おれの家は商店街に建っている。

 このへんは土地が足りない。

 そういう関係でのきと軒が接する形で家々が並ぶ。

 なので、うちの間取りもきゅうくつな感じだ。風呂やトイレも狭いし、階段も細く長く作ってある。


 ずいぶん古くから建っている家らしい。

 古民家って言えば古民家かも。


 うちに古民家らしい魅力みりょくがあるとすれば。


 おれは居間に面した戸をすべて開け放つ。

 中庭の姿が明らかになった。

 そう、この中庭。これがうちの自慢じまんだ。


 と言っても大きくはない。

 6じょうたたみ6枚分もないだろう。アサガオが青い花をささやかに咲せているだけだ。


 大きくはないと言ったが、庭のある生活とはやはり良い。土が顔を出していると空気も少しすんだ感じがする。

 そういう気分だけの問題じゃない。

 この家は中央、つまり中庭の部分が吹き抜けになっている。中庭に面する戸を開けると風が吹き込む設計なわけだ。おかげで夏もクーラーがいらない。


 いまも涼しい風が入ってきた。


 ふと一之瀬いちのせさんに視線を移す。

 一之瀬さんはきちんと正座せいざしていた。背筋をぴんと伸ばす。

 外見だけを言えば、本当にきれいな子だ。そもそも立ち振る舞いがきれいなのだ。

 そして。


 柔らかな風が長い黒髪を揺らす。その向こうに夏の景色が見える。


 しばし一之瀬さんの髪に見惚みとれた。

 不意に一之瀬さんが顔を向ける。なにか?


 ドキリ、とした。


「な、なんでもないよ、なんでも」

 おれはめっちゃ怪しい感じで答えてからテレビの前に戻った。


 首相の記者会見はさらに進んでいた。

 山形派の目的について語る。


「山形派は大きな仕事を成し遂げようとしています。世界平和という大きな仕事を。これまでの日本ではそこに異論をはさむことは難しかった」

 たとえば。首相は例を出す。

「学校の教室で肩身の狭い思いをしたことはないですか? 教師が語る世界平和という大きな仕事に納得できない自分を恥じたことはないですか? あるいは、恥じるよう強要はされませんでしたか?」


 もう、そんな思いをすることはないんです。首相はこぶしを振る。

「あなたは山形派に遠慮えんりょする必要はない。あなたはあなたで大きな仕事を見つければいい。そして成し遂げるのです。到達不能な、実現不可能な仕事でも、あなたならできる」


 あなたならできる。

 首相はくり返す。


「わたくしは根拠なく言っているのではありません。根拠はある。と申しますのも、モンスターとはあなたへの報酬ほうしゅうなのであります」

 なんに対する報酬か。首相は明らかにする。

「あなたが将来、成し遂げる大きな仕事。それに対する報酬であります。つまりカロリーです」


 首相は熱弁を振るう。


「日本政府はあなたが大きな仕事を成し遂げることを応援します。銃を、お好きな銃をお求めください。銃を手に入れるうえでの資金的な援助も各自治体と現在検討中であります」


 また、と首相は付け加える。

「報酬は日本政府からも出します。日本政府は大きな仕事を成し遂げた方に対し、500万円をお約束いたします」


 それではより良き生活を。

 首相はそう締めくくった。

 まわりの女性たちがふたたび花びらをまき散らす。


(なんか変な話になってきたな)

 というのがおれの感想だった。


 大きな仕事、大きな仕事かあ。心のなかでくり返す。

 うーん。

 この状況にどう対応したものか。


 などと考えていたら。


 パン、パパッ、パンパン。

 外から軽い破裂音が聞こえてきた。花火みたいな音だ。

「なんだろ?」

 おれは外に出てみた。


 商店街で騒ぎが起きていた。お祭りみたいだ。町内の人たちが家の外に出て銃を乱射していた。

 もちろん、銃を空に向けて。

 アフリカとかでよく見られる光景だ。


「サイコー」「首相、サイコー」

 人々は口々に首相をほめたたえる。

 どうやら首相の記者会見が原因らしい。


(こりゃ、また支持率上がるわ)

 うん、うん。当然の話かもしれない。

 500万円という金額はやはり大きい。


「ほしいよなあ、500万円」

「500万円も魅力的ですが」


 不意に後ろで一之瀬いちのせさんの声がした。

 大勢が熱狂しているなか、一之瀬さんはやはりクール。


「わたしは大きな仕事を手伝うために来ました。あなたのお母さん、そしてあなたのお父さん。ふたりの苦しみは、大きな仕事が原因です」

「苦しんでる? じゃあ、親父のがんも?」

「はい。升明ますあきさんが抱える大きな仕事のせいです」


 そうだったのか。

 おれはようやく親父ががんになった理由を聞かされた。


(大きな仕事かあ)


 町内の人々が騒いでいる光景を眺める。

「みんなで大きな仕事すっぺや!」


 おれは騒ぎに参加できず、一之瀬さんと眺めることしかできなかった。

 まるでおれだけが祭りに参加できていないような。

 モヤモヤが胸のうちにある。

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