第13話:「しょう油=生命の水(錬金術)」説
首相の記者会見から自分の生活がどう変わったか。
途中、無人機が記録したシイタケオ戦を振り返る場面もあった。
生徒会室は沈黙に包まれている。
シイタケオ戦には勝利した。一方、
幸い、ヤキトリオは山中へと飛び立った。
では今後、どう対応すべきか。
まずはメンバー同士で最低限の確認をしよう。と、深夜にかかわらず生徒会室に戻ってきたわけだが。
(ううむ)
再鉄は腹のなかでうなる。どげすっぺな。
生徒会室に集まったメンバーの顔色をちらりと見る。
生徒会長・
その様子に多島みかね先生は不安が顔に出ていた。古宇のことが心配なのだ。
再鉄の妹・
体調を崩した雫那は保健室から戻っていた。もう平気です。そういう顔をしている。
(みんな、コメントに困んべなあ)
などと再鉄が思案していると、生徒会長・鈴森怜樹が口を開いた。
「
なぜ、いままで黙っていたんだね? 怜樹は完全に尋問モードだ。
それは。古宇は口ごもる。
まず周囲の様子をうかがう。反応はない。
その雫那は膝の上で固く手を握っていた。表情は
古宇はため息をつく。
それから意を決したように説明した。
「やっぱり犯罪者みたいに扱われるんじゃないかって怖くて。正直、信じたくない気持ちもあったんだ。あのときのモンスターがまた現れるなんてさ」
「だが、君は結局こうして話しているわけだ。なぜだね? ずっと黙っていればよかったのではないかね?」
怜樹の口調は鋭い。
古宇は怜樹の言葉を真っ正面から受ける。
「それは。これからモンスターたちを討伐する上でさ。おれの話が役立つはずだから、やっぱり」
最後に古宇は付け加える。
「自分にできることがあるのになにもしないのは嫌なんだ」
立派な決意である。
と、思ってくれた者が生徒会室にどれだけいるか。
やはり怜樹の反応は冷たい。
「それが言い訳になるとでも?」
「うっ」
ふだん元気に跳ねている古宇の頭髪はしおれている。
対する怜樹の言葉はさらに温度を下げてゆく。
「私の足がこんなふうになってしまったのはね」
怜樹は自分の足をなでる。
「モンスターによるものなんだよ。そう、君が生み出したモンスターによるものだ」
古宇は絶句している。
怜樹はさらに続ける。
「謝罪したまえ。地に額をこすりつけて、だ」
「そごまでだべ、怜樹。もういいべ」
たまらず再鉄が割って入る。
古宇の腕を軽く叩く。
「おめも土下座なんてしねぐたっていいぞ。男がするもんじゃね。みっともねえ」
「う、うん」
生徒会室の空気は益々悪くなっていた。
そのなかで再鉄の妹・準理が手を挙げた。あ、あのー。おずおずといった感じだ。
「しょう油でおまじない? って、自分には理解できないんですが。が。そもそも、そも、しょう油ってなんなんですか? か?」
空気が変わった。
たしかに準理の質問は的を得ていた。古宇の説明から抜けていた部分だ。
「アタシが説明するね」
みかねが立ち上がって皆を振り返る。
「そもそもしょう油とはなんなのか。しょう油を愛好するのは日本だけじゃなくてね。たとえば江戸時代、オランダを通じて輸出もされていたんだよ」
へー。初耳の者もいた。
栄養士の資格を持つだけある。みかねはしょう油の意外なエピソードに詳しい。
「輸出されたしょう油はフランスの宮廷でも愛されていた。なんて説明をする前に水というものを考えてみよう。人間と水の不思議な関係を」
水? 皆のあいだから疑問の声が上がる。
そう、水。みかねは授業のように答えた。さすが教師。こういう場面では水を得たようだ。
「世界各地の神話において水は重要なものなんだよ。日本でも
そして。
みかねは最初の話に戻る。
「さっき言ったフランスの宮廷でしょう油が愛されていたという話。当時、宮廷で持てはやされいたものが錬金術なんだ。これは偶然じゃない」
偶然じゃない? 皆は次の説明を待った。みかねの話に引き込まれてゆく。
そう、偶然じゃない。みかねは続ける。
「しょう油とは錬金術でいう生命の水なんだ。と言うより、人間が神話のなかでくり返し語ってきた水というのは、あるイメージにもとづくものなんだよ」
あるイメージ。それは。
「原初の地球、その海。生命が誕生した瞬間を、かすかなイメージとして人間は伝えてきたんだね。そして再現しようとしてきた。おそらく無意識的に。アタシはそう思う」
それでね。みかねはこう展開してみせる。
「きっと、原初の海にはなりたい自分になるんだという力が渦巻いていたんじゃないかな。それが生命を生んだ」
えーと、と。準理はまた手を挙げた。
「それで。で。御兎谷さんのおまじないの話は?」
「そうだった」
みかねは話を戻す。
「みんな、いままで退魔師って言葉を何度も聞いているよね。
なんだろう? 首をかしげる者もいた。
魔についてみかねは語り出す。
「仏の教えでは執着を捨てなさいって言うよね。執着。要は、もっとお金がほしい、もっと美味しい物が食べたい、もっと注目されたい、とかだね」
だけど。みかねは苦笑いしてみせる。
「それって当たり前のことじゃない? 生命を維持し、人間という種を存続させる上で欠かせない基本的な
ここでみかねは結論する。
「仏の教えにはいつしか生命への憎悪が混入するようになった」
生命への憎悪、それを総称して魔という。
でね。みかねはようやく準理の質問に答える。
「魔は自分ではなにも生み出せない。だから力を借りる必要がある。それで御兎谷君のまじないではしょう油を使うんだね。しょう油の力を借りてモンスターを生み出す。しょう油の、なりたい自分になる力を」
この場にいることが辛そうだった古宇が発言した。
「じゃあ東也の目的は?」
「それについては再鉄君にお願いしよっか。魔に関しては再鉄君のほうが詳しいでしょ?」
んだな。立ち上がった再鉄は座を見渡す。
「おらだ
魔を呼び出す人間、召魔師。古宇は小さな声でくり返す。
再鉄は召魔師について説明してゆく。
「たぶんだげっど、御兎谷も召魔師だな。んで召魔師の目的っでのはカロリーを、づまりなりたい自分になる力を奪うごとだ」
カロリーを奪う。古宇は確認するようにくり返す。
「どうやって?」
「おめは大きな仕事っで知っでっか?」
「うん、小さいころ聞いたことがある」
大きな仕事っでいうのはな、と再鉄は古宇に目線をやる。
「たとえば世界平和もひどづだな。途方もねえ、実現不可能な仕事のごとだ」
「その大きな仕事が魔とか召魔師とどう関係するの?」
「さっぎ、みかね先生が言っでだろ? 魔は自分じゃなんにも生み出せねえっで」
生み出せねえ、生み出せねえげっど。再鉄はまるで魔をあわれむように言う。
「自分じゃなんにも生み出せねえからごそ、魔は大きな仕事にこだわる。んだから、召魔師は人々から大きな仕事を奪うんだな。んでだ」
再鉄はホワイトボードに大きなルールを書く。
①仕事をするとカロリーがもらえる
②カロリーをもらうと仕事ができる
「これだな。魔に大きな仕事を奪われればカロリーもごっそり持っていがれる。まあ、そゆごどだ」
うーん。古宇は考え込んだ。そもそもの話なんだけど。また質問する。
「召魔師って単語が出てきたけどさ。山形派は? 山形派は召魔師なの? 退魔師なの?」
「そごはちょっどわかりづれえか」
再鉄はたとえ話をした。
警察は犯罪者を検挙する。検挙率は非常に重要である。警察にとって成績表みたいなものだ。
では検挙率を上げるためには?
警察がわざと犯罪を見過ごしていたらどうだろう? 犯罪が起きてから駆け付けたらどうだろう?
たしかに検挙率は上がる。
むろん、たとえ話である。
このたとえ話が山形派にも通じる、と再鉄は言う。
山形派は退魔師としてモンスターを狩る。ある意味でモンスターがいないと困る。だから召魔師をわざと泳がせてモンスターを召喚させる。ひどいときには協力し合う。
「そゆごったな」
と、再鉄はたとえ話を終えた。
最後になっだげんど。付け加えた。
「モンスターの肉にはおらだが奪わったカロリーがたーくさん詰まっでる。こいづを食えばがんだっで治る。古宇、親父さんば助けっためごれがらも気張れよ」
モンスターの肉を食べさせれば父のがんも治せる。
改めて目的を確認し、古宇は希望を取り戻したようだった。しおれていた頭髪も元気を取り戻す。
「さ、さ、夜も遅え。解散だべ、解散。モンスター・ヤキトリオのごどはあとさすっぺや」
明日、また集まろう。
ということで解散となった。生徒会室からゾロゾロと出てゆく。
そのなかで
わたしは仕事をします。仕事をすることがわたしの価値です。
そう言いたげな顔だった。
◆
唐突だが、ここで古宇たちの話を振り返ってみる。
退魔師は
一方、魔を呼び出す者たちを
魔とはなにか。
生命への憎悪がその正体である。
仏の教えにいつしか混入した生命への憎悪。それらは自分でなにかを生み出すわけではない。そうでありながら魔は大きな仕事を果たしたいと思う。
召魔師は、大きな仕事を人々から奪う。魔のためだ。そうしてカロリーを搾取する。
退魔師と召魔師は対立する。
ふつうはそうだ。
ところが、退魔師の集団である山形派はちがう。たしかに山形派は表向き、モンスターと戦うことを目的とする。
にもかかわらず山形派は召魔師と協力し合う関係にある。
山形派はモンスターがいないと困るからだ。
なお、召魔師・東也のまじないで使用されたのは、しょう油であった。
しょう油とは、錬金術でいうところの生命の水である。人類は原始地球の海を再現するため、さまざまな試みを行ってきた。しょう油もそのひとつであったのだ。
しょう油の力、なりたい自分になる力によってモンスターが生まれた。
結果、大惨事になった。
◆
生徒会室には、
最初に口を開いたのは再鉄だ。
「怜樹、おめ、わざどやっだな?」
「わざと? なんのことだね?」
「古宇のこどだ。土下座させようなんてわざどだべ?」
そう。怜樹は本気で古宇に土下座させようとしたわけではない。では、なぜか。再鉄は苦笑する。
「おめ、わだしがキレそうになっでんのわがっでだな?」
「さすがに君がこぶしをきつく握りしめているのを見ればね。どれ、手を見せてくれ」
怜樹に促されて再鉄は素直に手を見せる。爪が食い込んだ跡がはっきり残っていた。出血も少し。どれほどの力がかかっていたか、よくわかる。
「モンスターによって被害を受けたのは私だけじゃない。君も、君の妹さんも、ね。よく耐えた。キレても仕方なかったと私は思うよ」
怜樹は再鉄がキレる前に自分が怒ってみせたのだ。そうすれば、再鉄は見かねて割って入る。という計算があった。策士であった。
「さて、久しぶりに手当てしてやるか」
怜樹は救急箱を持ってきて再鉄の手に消毒液を塗り出す。再鉄はされるがままだ。
かつてこんな場面が何度もあった。むかしの話だ。
ふたりの胸をよぎる記憶。言葉はない。ただ、体温が再会したことを、手と手が喜び合っていた。
手当てはすぐに終わった。なつかしい時間が終わる。
再鉄はなんとなしに窓辺に歩み寄った。夜の闇のなか、自転車らしき光が見えた。おそらく
古宇の説明では、古宇は
説得力のある話だったと思うが。
しかし、と再鉄は古宇と思しき光を目で追う。
古宇はまだなにかを隠している。
再鉄には確信があった。
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