第5話:VS運動部
ここでわが校について少し説明しておく。
山形県立真木寺高等学校――通称デラ高は、ごくごくふつうの高校だ。
コンクリート製の校舎は老朽化が著しい。新築するという話があったが、談合がバレたせいで立ち消えになった。中途半端に集まった資材が捨て置かれている。
学校自体の特色というと、なんだろう?
スキー部があるということもひとつかな。雪国だけにクロスカントリースキーが強い。学校側もかなり力を入れている。
校内のヒエラルキーで言ったら、スキー部の連中が最上位だろうな。
ああ、そうだ。
大きな特色があるんだった。
制服だ。
男子は詰襟で、女子はセーラー。そこはオーソドックスなんだけども、肩からベルトが伸びている。軍人や警官の制服によく付いているやつ。元々は軍刀や拳銃を下げるためのものらしいけど。
とは言え、デラ高が警察や自衛隊と関係があるかというとそうじゃない。
むかし、左手が不自由な生徒がいたそうだ。いろいろ難儀した姿を想像するのは難しくない。見かねた同級生が学校側にベルトを追加するように訴えた。らしい。
この話にはオチがある。
左手が不自由な生徒と、この生徒のために動いた同級生。ふたりはのちに結婚したそうだ。
これはちょっと信ぴょう性が薄い。まあ、伝説だよね。
とまあ、そんなことがあって、男子も女子もベルト付きの制服を着ているってわけ。
全国でもベルト付きの制服は珍しいんじゃないかな。
なんでも女子高生の制服を集めた本に載ったとか載らないとか。おれの友達が鼻息を荒くして言っていた。いや、なんでそんな本を持ってるんだって話だけど。
◆
んで。
目の前でくり広げられているバカ騒ぎのことである。
新たな部員を獲得するための戦いは激しかった。そこかしこで、もみ合いから乱闘へ発展。だれも止めようとしない。
勧誘のやり方もほとんど拉致に近い。
ここでは制服のベルトが悪い方向に役立っていた。がっちりと体に固定されたベルトだけにそこを引っ張れば足止めはたやすい。いまも女子生徒がひとりもみくちゃにされている。
(あれ?)
あの子、
小柄で、セミロングの髪を結んだ女の子。うちのクラスの女子、
運動部の連中に四方八方から引っ張られている状態。たすけてー、てー。準理のか細い叫びが聞こえてくる。
ど、どうしよう。おれは一之瀬さんを見る。
わかりました。一之瀬さんはうなずいて走り出す。ただし逆方向へ。
(どこに行くんだろう?)
残されたおれはひとりで対処を考えた。
うーん。
少し近付いて様子をうかがう。
運動部の連中は、朝練のあとシャワーも浴びていないのだろう。ぷーん、と強烈な臭いがした。
連中は口々に叫んでいる。
「妹が! 妹が病気なんだ!」
「うちのマネージャーは不治の病なんだ!」
などなど。
実に嘘くさい設定だ。
「だからうちの部に入ってくれえ! いっしょにモンスターを倒そう!」
必死さだけは伝わる。
おれはこの期におよんで周囲に助けを乞う。
が、まわりは見て見ぬふり。むしろ運動部が準理に群がっているのをいいことにスーっと通り過ぎてゆく。
(こいつら……)
結局、いまはおれがなんとかしないといけない。
ええい、やってやる。
おれはちょっとだけ手を挙げた。
「えっと、は、入りまーす」
かなり控えめに言ってみた。
ギラリ!
運動部の目が一斉におれを向けられる。
(やば)
そう思ったが、後の祭り。今度はおれがターゲットに。
「新入部員ゲットォオオ!」
運動部の連中がタックルするような感じで突っ込んでくる。うわああ。おれは逃げ出した。
どうする? どうする?
おれは走りながら考える。
不意に足がなにかに引っかかった。
すれ違った生徒がおれの足を払ったのだ。そいつはおれをいけにえにして自分だけ逃げてゆく。グッドラック。無責任な励ましだけ残してそいつは校舎に消えた。
運動部がおれを捕まえる。
ひひひ。笑顔が大変、不気味である。
「生きのいい新入部員をゲットしたぜえ。けっこう可愛い顔してんじゃねえか。こいつは可愛がり甲斐がありそうだ。まずはフリフリのワンピースを着せて『先輩』と呼ばせるところからだな」
助けてー! こいつら変態です!
そのときだった。
すさまじい水音。
ブワアアア。水流が運動部をなぎ倒してゆく。
見れば、
とは言え、水の勢いはすごい。暴徒に放水車が対抗している動画を思い出した。
あっという間に運動部は逃げ散っていった。
校門周辺は水浸し。おれも濡れてしまった。
一方、一之瀬さんはすっきりした様子。もちろん、まったく濡れていない。
おれは立ち上がりながらぼやいた。
「あーあ、これ、やりすぎじゃないかなあ」
「最低限の反撃です。自衛の範囲内でしょう」
うん、この子かなりヤバい。
だけど……なんだろう、これから楽しくなりそうだ。
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