第2章:学校という名の戦場で
第4話:モンスターの肉を求めて
昨夜は
(合格ということにはなったけど)
少女はよく食べた。とてもひとりで食べられる量とは思えなかったが、見事に完食。たいしたものだ。満腹したのか、少女は寝ると言ってどこかに行ってしまった。
「大変な一日だった……」
目覚めて、昨日を振り返ってそう思う。
んで。
「あの子はどこで寝てんのかなあ。朝食の希望でもあったら聞きたいんだけど」
「わたしならここにいます」
ガラリ。押し入れの戸が開いて少女が顔を出した。
え? なんでそんなとこで寝てるの?
おれの疑問が顔に出ていたのか、少女は淡々と答える。
「居候は押し入れで寝る。昭和が生んだレジェンド以来の伝統ですね」
「SFと書いて〈すこし・ふしぎ〉と読む!」
いかん、驚きのあまり思いのたけを叫んでしまった。おれも未来からロボットが来てほしいと空想する子どもでした。
という脱線はこれくらいにしよう。
まずは朝食だ。おれはエプロンにそでを通す。戦闘モード。
おれは一之瀬さんに希望を聞く。
「なにか食べたい物はある?」
「そうですね、軽い物で済ませたいです」
軽い物、了解、とつぶやいておれは冷蔵庫を開ける。昨夜、ひとりだけ宴会だったため、冷蔵庫は閑散とした状態だ。親父が買っていた酒とツマミ、それと豆腐くらいしか残っていない。
ふーむ。
冷蔵庫を一旦閉めて考える。
ツマミは柿の種、ワサビ味だ。たしか柿の種を砕いて料理に使うなんて話があった。となると。
(よし)
おれは早速調理に取りかかる。
力を込めて柿の種を砕く。バリバリバリ。小気味いい音が鳴る。けっこう気持ちいい。
次に豆腐と混ぜて、めんつゆとワサビを投入。ほどほどに混ぜたら皿に盛りつけて最後にのりを散らして完成だ。
居間に行くと一之瀬さんはセーラー服に着替えて待っていた。ぴょこぴょこぴょこ。1房だけ立った頭頂部の髪が犬のしっぽのように揺れている。お腹が空きました。とでも主張するかのような動き。
おれはちゃぶ台に料理を置く。
「け」
お食べ、という意味で言ったのだが、一之瀬さんには通じなかった。
け? 小首をかしげて疑問を表す。
仕方なく解説する。
「このへんの言葉で『お食べ』って意味だよ」
「でしたか」
一之瀬さんは手を合わせる。いただきます。そして一口。
む。むむむ。料理を凝視。
「なかなかイケますね」
「でしょ?」
「歯ごたえもあります。これは少しの量でも食べた気になりますね。ワサビが効いているのもいい」
一之瀬さんはさらっと完食。ごちそうさまでした。最後も律儀に手を合わせた。
やっぱり「いただきます」「ごちそうさまでした」と言える子はいいなあ。
などと思っていると。
一之瀬さんは食器を自分で下げて洗い始めた。おお。これはポイントが高い。多少、洗剤を使いすぎていたが。
(まじめな子なんだなあ)
◆
今日は学校へ行く前に親父のところに寄ってみた。
もちろん、親父のがんを治すためだ。最初に主治医からの許可をもらいに行く。
「ハッ」
主治医はおれの話を聞いてまず一笑した。相手にしていないという感じ。
おれは主治医をにらむ。
主治医は30代の男で、一言で言うなら「キャラ作成時、知力にポイントを全部突っ込みました」という印象だ。体力、敏捷力、生命力など、その他は平均よりかなり劣るだろう。
メガネを直しながら主治医は冷たく言う。
「そういう話は聞いてますがね。モンスターの肉? がんに効く? まったく科学的じゃないですね。私は賛成できません」
ムカッ。おれは主治医につかみかかろうとした。が、一之瀬さんに止められた。
おれの腕をつかんだまま一之瀬さんは冷静に指摘する。
「科学的と言いましたが。科学者なら断言はできないのではないですか? 科学とはあくまで仮説と実験をくり返すもの。あなたが科学者というなら、まずは実験を見届ける義務があるのでは?」
「チッ」
主治医は不機嫌そうに舌打ちする。ややあって言う。
「いいでしょう。やってみなさい」
こうして親父にモンスターの肉を食わせることになったのだが。
持ってきたのは、昨夜みか姉が作ったトビマグロの漬け。こういう料理は親父の好物だった。
なのに。
「
なんてことを言う。
親父は昨日より目に見えて弱っていた。はしを持つ手が震えている。
漬けがはしのあいだから落ちる。何度やってもダメ。ベッドが汚れる。
正直、ベッドの上で上半身を起こしているだけでも辛そう。
一之瀬さんは親父の体を支えている。献身的な態度だ。
「スプーンを持ってこさせましょうか」
一之瀬さんは看護師にスプーンを求める。すぐに交換ということになった。
親父はスプーンでようやく一口、口に入れた。ゆっくりとかむ。
「う? うう?」
カッ。目を見開く。うおおおお。親父はいきなりガツガツ食い始める。さっきとは様子がちがう。あっという間に完食。おれは同席していた主治医を見る。
主治医はわかりやすくうろたえていた。
「け、検査してみないと……」
さらには去り際にみっともなく捨て台詞。現代医学はまだ負けてないんだからねっ!
涙目である。
どこのツンデレですか。
病室には、おれと親父、そして一之瀬さんだけになった。
おれは勢い込んで親父に尋ねる。
「んで親父。体はどう? がんは治った?」
「んー。どうだろ」
親父は考える仕草を見せてから体を少し動かす。
「体はだいぶ楽になったなあ」
「じゃあ治ったってこと?」
「まだ早えよ。いくらモンスターの肉って言ってもな、一発でがんを治せるわけじゃねえ。まあ、苦労をかけると思うけど、ゆっくりやっていこうや」
そんで
「こいつのこと、よろしく頼む」
「わかっています」
仕事ですから。一之瀬さんはあくまで淡々としている。
「あんまりまじめにやんなよー」
うりうり。親父は一之瀬さんに頭をなで回す。一之瀬さんはされるがままだ。猫みたい。気持ち良さそう。
(なんか親しそうだな)
おれはふたりがうらやましい。
「ねえ。なんでモンスターの肉はがんに効くの?」
おれは重要な、しかしいま必要ない質問をした。
ふたりのあいだに割って入った形だ。
んよ? 妙な声を出す親父。(49歳)
「雫那、おまえ、説明してねえの?」
「でした」
「んじゃあ、しょうがねえ。俺が説明すっか」
題して!
「カロリーは力! たくさん食べてたくさん仕事をしよう!」
ガラガラガラ。親父の声に合わせて看護師が病室にホワイトボードを運び込んできた。親父はベッドから立ち上がってマジックを手に取る。キュッキュッ。書き込んでゆく。
「カロリーが力ってのはいま言ったとおりだ。俺たちはそれで仕事をするわけだな」
んでだ。親父はホワイトボードに『大ルール』と書く。
「カロリーをもらうと仕事ができる。仕事をするとカロリーがもらえる。これが基本的なルールなわけだ。世界の、本来どこでも通じる大きなルールってことだな」
「質問」
おれは挙手する。
はい、古宇君。親父は指名する。
指名されておれは疑問を口にした。
「ルールはわかったけど、実際には守られてないんじゃないかな? いまはブラック労働なんてどこでもあるよね?」
「それだ」
親父は質問に満足したようだ。
「実際にはルールが守られていない。これは問題だ。だからこそ仏さまが目に見える形で力を貸してくれるようになったんだな」
古宇、考えてみろ。親父は昨日のバトルについて指摘する。
「いままで仏さまにお供え物をしてミサイルなんて出てきたことがあったか?」
「いや、ないよ」
「それだけいまの世の中が乱れてるってことだわな。カロリーをもらうと仕事ができる。仕事をするとカロリーがもらえる。ここさえ守っておけば、世の中たいていのことは上手く行く」
だからよ。親父はなにか心配事があるようだ。
「これから大変なことになるぜ」
「大変なこと?」
どういうことだろう? おれは親父に続きを促す。
「現代を生きる人間はたいてい、いま説明したルールが守られてねえと、自分には適用されてねえと感じてる。そこにモンスターだ。がんだって治せる。みんな、必死になるぜ。バトルロイヤルだ。この町でもな」
まさかあ。おれは半信半疑だった。
◆
そのあと、おれは親父の言葉が間違っていなかったことを知る。
登校してみると、学校が大変なことになっていた。
「来たれ、若人よ!」
校門のところには、ポスターやらのぼりやらなんやら。人も出ている。登校した生徒に次々と群がっては自分の部へ勧誘。学校中の部活動で、新たな部員を獲得しようと動いている。7月なのに。
「い、一体……なにが起きてるんだ?」
「升明さんが言っていたでしょう」
となりの一之瀬さんが当然という顔をしていた。
「みなさんモンスターの肉を求めているんですよ」
「みんな?」
野球部も、柔道部も、華道部も、新聞部も、ほかのさまざまな部も? みんな、モンスターの肉を求めてる?
そして。
おれはみんなと戦うことになる?
一之瀬さんは親父の言葉をくり返す。
「これから大変なことになります」
「どうなるの? なにが起こるの?」
「戦争です」
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