マスクの向こう側

@nayukano

第1話 test

ブランコに揺られているうちにジャングルジムの影はすっかり伸びて、砂場を侵食し始めていた。ルァサは拾ってきた木の枝で砂場を意味もなくほじくっていたが、突然枝を放り投げて立ち上がり、スカートについた砂をはらって歌い出した。

「かえるが鳴いたらかーえろ」

「からすじゃないの?」

「からすもかえるも同じようなものだよ」

「そうかなあ」

「そうだよ」

私は釈然としない面持ちで自信満々に答えるルァサの方を見た。夕陽が逆光になって、ルァサの顔はよく見えないが、いつものように八重歯を見せて笑っているのだろう。私にはわかる。

「キュイはむずかしく考えすぎだよ」

「そうかなあ」

「そうだよ」

私が足を動かすのをやめると、ブランコは次第に減速していく。ブランコに乗っても許されるのはいつまでなのだろうか。来年にはルァサは予備学校生になってしまうはずで、そうなるとずっと遠くにある町へ引っ越してしまう。もうルァサと公園で時間を意味なく消費できなくなるのだ。新しい生活が始まると、新しいコミュニティが形成される。私がルァサのコミュニティに属することができるのは今年までなのだろうか?

「キュイは来年どうするの?残るの?」

私の心を盗み見たようなタイミングで、ルァサが質問してきた。きっと私が彼女しか友達がいないことを知って、いじわるな質問で私の泣きそうな顔を見たがっているのだ。ブランコの鎖を握る手にぐっと力が入る。鉄の鎖は硬いし、冷たい。

「この町に残るよ。お父さんもここから離れられないし、なによりこの町が見れるのは今だけだから。その後のことは、たぶん町が沈んでから考える、と思う」

「ふーん……そっか」

ルァサはごそごそと鞄を探りながら、生返事を返した。どこかこれからも友達だねとか、来年もこうして公園に来ようねとか、そういう青臭いジュブナイル小説みたいな答えを期待していたけれど、ルァサの反応はそっけないもので、私は悔しくなって唇を噛み締めた。

「ね、一服しない?」

鞄から取り出したタバコの箱を、ルァサは私に差し出す。

「……不良だ」

「いいじゃん不良。喫茶店行ってたって言えば匂いもバレないよ」

ずいぶん慣れた言い訳だ。見た目でいえば、ルァサは不良という感じじゃない。制服も着崩さないし、成績もいいから教官からも一目置かれているし、それでいて嫌味がなくてさばさばした性格で、友達も多い。そしてなによりかわいい。つぶらな目と、肩まで伸ばした艶やかな黒髪。近づくとなんだかいい匂いがする。私とは違う。優等生だけど、ちゃんと悪いことも知っているのがルァサだ。そして彼女がタバコを吸っているのを知っているのは私だけだ、たぶん。タバコの煙は苦手だけど、ルァサが吸っているのを眺めるのは好きだ。

「吸ってもいいけど私は吸わないよ。今までも、これからも」

「キュイはいい子だね」

ルァサがそう言うと、なんだか嬉しいような、悔しいような気持ちになる。胸の内側からぐっとなんだかわからない熱いものがこみ上げてきて、すぐにまた引っ込んでいく。

「私はやっぱり予備学校に行くよ。お父さんもお母さんも、学校の先生も、あと親戚のおじさんとか、隣に住んでるおばさんとか、みんなそうしたらいいって思ってるし、私は予備学校に行くべきなんだと思う」

本当は行きたくないとでもいうような言い方に私は少しカチンときた。

「ルァサはそれでいいの」

「あれ、怒ってる?」

「怒ってない。ただちょっと言い方がイヤだった」

「ごめんね。でも本当のことだから。行きたいとか行きたくないとかは私のなかにはなくて、考えてもわからないしさ」

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