第11話 奢る際は品物の値段と同席者の胃袋を確認しよう

 太陽も沈みちょうど良い夕飯時、俺とAntoinetteの5人はとある焼肉屋の個室にいる。


「えーそれではライブバトル優勝とついでに俺の歓迎会を祝して、乾杯!」

「「かんぱーい!」」


 グラスがぶつかる音が個室に響く。今日は車なので氷で冷えた烏龍茶を喉に流し込む。かーっうまい!

 注文した肉や野菜が次々運ばれ、それを網に乗せて焼いていく。

 肉や野菜の焼ける音が胃袋を刺激して、箸を動かすスピードを加速させる。

 今日はもう色々と動いたのでお腹が減っていて、ご飯が一段と美味しく感じる。やはり空腹は料理の最高のスパイスだ。

 どうやら俺はライブ終わりのテンションと美味しい焼肉で気分が上がっているらしい。

 今のこの熱い気持ちを口に出したい。語りたい。Antoinette最高だったぞと伝えたい。


「でもすごいよな優勝だぞ、一番だぞ! いやー初めてみんなのライブを見たけ――」

「彩月、野菜ばかり食べてるじゃない。今日は歩く財布がいるから好きなのを食べていいのよ。ほらこの高級カルビとかどう? 10人前くらい頼みましょうか?」

「ありがとうございます麗奈ちゃん。でも大丈夫です、私焼き野菜が好きなので。…………笹見るササミ………………いまいち。櫻子姉さん、これ焼けましたよ」

「ありがとう彩月ちゃん。焼肉なんて久々だなー。あっ! アイスがあるー。いくつまで頼んでいいのかしらー」

「じゃんじゃん頼んでいいんじゃない。だって楢崎の奢りでしょ。あーちょっと待って櫻子、ついでに絵美里のリンゴジュースのおかわりも注文して」

「ああなんで焼肉と白米ってこんなに合うんでしょう。そう……これはまるで仲良しで有名な二人組アイドルの“ぱらそる”みたいです。そう思いませんか楢崎さん」

「………………そうだな」


 誰も俺の話に聞き耳を立ててくれない。全員焼肉の前では俺の熱い思いなんて消し炭みたいなものだ。

 あれ……? 煙が目に入ったのか涙が出てくる。


「というかちょっと待て! あのーみなさん、確かにここは俺の驕りなんだけど少ーしだけ俺の財布の中身を心配してくれると嬉しいなぁ……なんて」


 一応ここに来る前にお金は下ろしてきたけど、あの毒吐き娘と胃袋ブラックホール娘がどんどん注文するので心配だ。

 少しは大江を見習ってほしいものだ。肉ではなく、アイドル巡りでの思い出をおかずに白米を食べてるぞ。


「ケチケチしてると女性に持てないわよ。それにあなたの唯一の取り柄であるお金を出すことを削ったら、あなたにはもう男という性別しか残らないわよ」

「もっと取り柄あるわ! 例えば……ほらあれだ……えっと……まあ今はパッと思いつかないけど」


 すぐに出てこないことに少しショックを受けていると、隣の席に座る鳴海が俺の肩をポンと軽く叩く。


「楢崎さんはご馳走してくれるし、とてもいい人ですよー」

「ありがとうな鳴海。…………誉めてもらった手前大変言いにくいんだが、もう少しだけ注文の量を控えてもらうことはできるか」

「んー美味しいですー」

「そうか美味しいか。でもちょっとだけ注文をな――」

「楢崎は絵美里の飲み物係を努めてる。そのことが立派な取り柄と思わない?」


 リンゴジュースを飲みながら鶴舞が嬉しそうに話す。


「それは取り柄なのか?」

「当たり前じゃない。学校の男子なら泣いて喜ぶわよ」


 自信満々に鶴舞が言うものだから、本当に取り柄に思えてしまう。

 俺の取り柄は鶴舞の飲み物係をやっていることなのか。次からはそうやって答えよう。


「すいません。ここのお店で一番高いお肉をください」

「バニラアイスとチョコアイスを5個ずつくださーい。ごめんなさい、このミカンシャーベットも5個お願いしまーす」


 俺の取り柄は仮に決まったとして、誰かそこの財布に優しくない二人を止めてくれ。




 ◆




 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので帰宅時間に近づいてきた。

 結構好き勝手に注文をした手前、残してはいけないと何とか全て平らげた。

 みんなお腹も膨れて少し大人しくなったので、一時間前くらいに言ったがガン無視されたことをもう肉もデザートもないので無視されないだろうと判断し、もう一度言ってみることにした。


「改めてみんな、今日のライブバトル優勝おめでとう。本当に凄かったよ。俺はめちゃくちゃ感動したぞ」


 素直に感じた気持ちを5人に伝える。5人は顔を見合わせて微笑むと、代表して大江が答えてくれた。


「ありがとうございます! でも今日の優勝を喜ぶのは今日までです。この優勝は私たちにとって通過点なので……」

「通過点?」


 すると5人全員が体を俺の方へ向け、曇りのない真っ直ぐな瞳で俺の顔を見つめ、はっきりと口にする。


「私たちAntoinetteの夢は“ミラクルlive”での優勝ですから!」

「やるならトップを目指すのが当然でしょ」

「ファンの皆さんに届けたいです。私たちの一番の笑顔を」

「絵美里には一番しか似合わないしね」

「みんなと一番綺麗な景色が見てみたいんですー」


 5人の瞳はもうすでに先を見ていた。

 今のアイドルにとっての最高の舞台であるミラクルliveでの優勝という大きな目標を。


「去年はミラクルliveの予選にすら出場できませんでした。今のままだと難しいこともわかってます。けど……私たちは本気でミラクルliveの優勝を目指してるんです。だから私たちの夢の手助けをその、これからお願いできますか?」

「当たり前だ。そのために俺がいるんだからな」


 まだAntoinetteを担当して一日しか経っていないし、お互いのことはまだあまり知らないけれど、ミラクルliveで優勝したいという気持ちは強く伝わってきた。

 それだけで俺は頑張れる。

 彼女たちにこれからどんなことがあっても俺が支えていってやる! 今ここで俺はそう決めた。


「じゃあ明日もあるし今日は解散にしよう。俺は会計があるから先に車に行ってていいぞ」

「わかりました!」


 5人を先に車に向かわせた後、俺は伝票を持ってお会計をしにレジへ向かった。

 結局いくらなんだ。途中から何をどんだけ注文したのかわからなくなったからな。


「お会計が5万6800円です」


 勝手にできたと思った絆に少しヒビが入った。

 車内で犯人であろう2人にはきっちり問いただしてやる。

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