第10話 特等席で見るライブは鳥肌もの、自分の担当なら尚更である(by 楢崎孝太郎)
ライブ会場に着くまでもみんなの
「遅くなってしまい、本当に申し訳ありません!」
到着して早々、今回のライブバトルの責任者に謝罪をする。責任者の方はとても寛大な人で許していただけた。
しかもAntoinetteの発表順を準備もあるだろうからと最後にしてくれるまでの聖人っぷりだ。なんという優しい世界。
とりあえずライブには参加が出来ることに胸をなでおろすが、ゆっくりはしていられない。
5人を楽屋に連れて行った後、俺は急いで今回のライブバトルの関係者に挨拶へ回る。
挨拶も一通り終わって少し落ち着いたので客席の様子を見てみると、開演30分前のためすでにファンでいっぱいだった。
小さなキャパのためステージと客席がとても近い。これはファンは嬉しいだろう。
いったいこの中にAntoinetteのファンはどれだけいるのか。
「そういえばAntoinetteのライブを見るの初めてだな」
思わずボソッと独り言を呟いてしまった。まあ今回は普通のライブではなく、ライブバトルだけどな。
ライブバトルは最低2組以上のアイドルで行うもので、お互いのパフォーマンスを披露し合い、審査員や会場のファンの投票でどちらがよかったかの勝敗を決めるものだ。
ライブバトルが今のアイドルブームを引き起こしたとも言われており、“ミラクルlive”もこの制度である。
Antoinetteの担当になると決まった時、ライブバトルの映像を見ようとしたのだが何故か社長が見せてくれなかった。
『今見るのは絶対駄目。見たら給料下げるちゃうよ』
理由を聞いてもこんな感じで濁されるばかりだった。
いきなりのライブバトルで緊張してはいるが、正直楽しみもある。まあ半分半分くらいだ。
あいつらはどんなパフォーマンスをしてくれるのか。
「あのーAntoinetteの担当さんですか?」
「……えっ? はいそうですが」
独り考えに耽ふけっていたので反応が遅れてしまった。話しかけてきたのは先ほど挨拶をしたライブの関係者の方だ。
「もうすぐライブ始まるので、各自最終確認だけお願いしますね」
「はいわかりました。わざわざありがとうございます」
そう言って資料を渡され関係者は他のアイドルユニットの方へ去っていった。楽屋にいるみんなにこのことを伝えにいかなければ。
ライブバトル開演まであと少し。ライブ前の独特の空気と担当の初ライブの緊張と楽しみで手に汗をかき始めた。
◆
手汗を拭いてドアをノックし楽屋に入ると赤を基調とした衣装にみんな着替えており、みんな躍りの振りなどの確認などをしていた。
「みんな、確認しているとこ悪いが伝えたいことがあるから集まってくれ」
集合を呼びかけると各々が今行っていることを止めて、足早に集まってくる。
「さっき上の人と話してきたんだが、Antoinetteの出演は一番最後になった。でも今日のライブバトルは出演するユニットが4つで少な目だからすぐに出番だ。準備は大丈夫か?」
「バッチリです!」
「当然ね」
「勿の論です」
「当たり前よ!」
「はーい」
余計な心配だったようで、5人とも準備は万全のようだ。
開演が近づくにつれて、結構ガチガチに緊張してきた俺とは違いとても心強い。
ヤバいぞ。今度は手汗だけじゃなくて、全身に汗をかき始めた。喉も渇いたきたな。
…………ん。何だか背中に視線を感じる。この刺すような視線は神領か。
振り向いてみると予想は的中していて、神領が俺の顔をじっと見つめていた。そのまま数秒間俺を見つめた後、何かを察したのか半笑いをする神領。
「何? あなたもしかして緊張しているの? あなたがステージに立つわけでもないのに」
ギクッ!?
な、何で気づいたんだ神領のやつ。端から見てもわかるくらい俺は緊張しているのか。
「見た目は怖いのに中身はとんだチキン野郎ね。やーいチキンハート」
「そ、そんなわけないだろ。よっしゃ! それじゃあいっちょ円陣でも組むか」
これ以上この話を掘り下げさせないために円陣を提案してみる。
「いいですねやりましょう!」
「ぜひやりたいです」
「わー楽しそうですね」
円陣にノリノリ組の大江、北本、鳴海。
「そこのチキン野郎抜きならやるわ」
「えーなんかダサくない。あと楢崎ー、ライブ終わった時に飲むジュース買ってきて」
円陣に俺を入れさせない組の神領、鶴舞。
「ええい! ともかく6人で円陣やるからな。ほら時間がないからささっとやるぞ」
ゴネる二人を半ば強引に円に入れ、円陣を組んだ後全員右手を前に出し、順々に重ねていく。
全員右手を重ねた後、大江が掛け声を発した。
「今日も楽しくいきましょう! ファイトーー」
「「「おおっーーーー!!」」」
円陣の掛け声が終わってちょうど良いタイミングで準備の呼び出しがやって来ると、5人はさほど緊張した様子もなく楽屋を出ていった。
楽屋で一人になった俺は頬を両手で軽く叩く。誰もいない楽屋にパチンと乾いた音が響いた。
「よしっ!」
気合いを入れ直しだ。ステージ上で輝く彼女たちを一番近くで応援しに行こう。
◆
Antoinetteの前のアイドルの曲も終わり会場は暗転しており、準備が終わったらいよいよみんなの出番だ。会場も熱気に包まれている。
『さあラストを飾るのはこのユニット、Antoinette!』
Antoinetteの名前が出ると同時にスポットライトが5人を照らす。5人が登場をすると観客席から大きな歓声と拍手が起こった。
そこに立っていたのはつい数分前まで楽屋で俺と話していた5人とは別人のようなだ。みんな顔つきが全然違う。
長かった拍手も終わり、曲が流れパフォーマンスが始まると俺は彼女たちから目を離せなかった。
最もステージ映えをしていたのは神領だ。
長く綺麗な手足が生かしていて、このステージは自分の独壇場だと言わんばかりにダンスを披露する。
モデルをやっているだけあって自分の魅せ方を知っているのか、自然と目が神領を追ってしまう。
神領のダンスにばかり目を取られていると力強くドスンと胸を叩くような伸びのある鳴海の歌声が会場に響き渡る。
ただ力強いだけではうるさいだけだが、鳴海のふわふわした性格も混ざっているのか聞いていて耳心地が良い。いつまでも聞いていたいと思ってしまう。
神領や鳴海に会場が支配をしていると思った矢先、前列から大きな歓声が起こった。歓声が起こったファンの視線の先には鶴舞がいた。
ファンが抱いているアイドルという理想像を崩さないように演じきっているのは鶴舞だ。
ダンスで激しく動き回っても笑顔を崩さない、客席に投げキッスなどのサービスも絶妙なタイミングでやっている。先ほど起こった歓声は鶴舞が投げキッスをしたのだろう。
Antoinetteの4人が自分の長所を出せているのは北本のおかげかもしれない。
並んでダンスした時のバランスを取り、5人で歌うパートの時はまとめるような歌い方。
バランサーができるのはステージ全体を見渡せる視野が広さはそうだが、冷静にどこをどうすれば良くなるのかを瞬時に見極める能力も必要になる。
曲もサビを迎え、会場がより一層盛り上がる。そして5人の中でアイドル感をステージ上で一番出しているのは大江だと思う。
たぶん本人は考えてやってなくて本能でやってるのだろうが、盛り上がるタイミングや方法を把握している。
曲が盛り上がるパートでの客席の煽りやメンバーとの絡み方。多くのアイドルを見てきたから自然と身に付いたことなんだろう。
Antoinetteの5人の個性が面白いくらい噛み合っているのを見て、今俺は始まる前にかいていた汗とは違う汗と鳥肌が全身を駆け巡っている。
会場のボルテージが最高潮のまま無事にAntoinetteの曲は終了した。
「ありがとうございましたーっ!」
最後に大江が挨拶をして、5人がステージからはけて行っても会場はまだ5人への拍手と歓声が続いていた。
初めて見たAntoinetteのライブはあっという間に終わってしまった。
俺は彼女らの担当ということを忘れ、一人のアイドルファンとして見入ってしまった。
見終わった後、胸の中から熱い何かがふつふつと上がってくるような、この何と言ったらよいのかわからないが今俺はめちゃくちゃ興奮しているっ!
この感じは初めてForteのライブを見た、あの時の衝撃と似ている。
彼女たちならもしかして………………いや絶対に――――
「ミラクルliveで…………優勝できる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます