第12話 そうだテレビ、出よう

Antoinetteとの初ライブと楽しかった焼肉打ち上げか2週間が経過した。

 Antoinetteの5人はレッスンやら学校、ライブバトルなどで忙しい日々を送っている。

 俺はというとAntoinetteのスケジュール管理や事務作業などが一段落着いたので、自分のデスクでどうやったらAntoinetteのための力になれるかを考えていた。

 とりあえずライブバトルでライブ経験を積むというのはある。

 でも彼女たちのライブバトルをここ2週間で何回か見てきたが、結構ライブ慣れてる感があった気がした。あの場慣れ感はたぶん俺が担当になる前からかなりの数のライブバトルをこなしてきたのだろう。

 それならレッスンを多めに入れるか。…………いや厳しいか。レッスンばかりじゃどうしてもモチベーションの維持が難しくなる。

 じゃあやっぱりあれか、まずは……。


「もっとAntoinetteを知ってもらうことが大事だな」


 もっと広くAntoinetteを知ってもらうことで大きなライブバトルや色々な方面からの仕事のオファーがきて、彼女たちの力になるはずだ。

 でもそんな一気に知名度が上がるような方法は正直ないに等しい。今のAntoinetteにそんな大きな仕事が入ってくるとは考えにくいからな。


「……やっぱり地道にやっていくしかないな」


 とりあえず、色々なイベントやライブバトルの責任者に片っ端から売り込みをするか。


「ちょっとさっきから独り言うるさいんだけど。集中できない」

「ああ、すまんすまん」

「その風貌ふうぼうでぶつぶつなんか言ってると、なんかの密売かと思うからやめて」

「そんなカリカリすんなよ井端いばた。しわが増えるぞ」

「それ以上なんか言ったらあんたのパソコン壊すよ」


 この目はマジだな。さっきから眉間にシワを寄せてこちらを睨み付けてきているこの女性は俺と同期の井端だ。絵に描いたような堅物であり、俺とは正反対な人物だ。

 俺の見た目が気に入らないらしく何かにつけて俺に強く当たってくるやつだ。

 入社したばかりの頃はそんな井端のことが嫌いだったが、今はこの当たり強めの接し方も井端なりのコミュニケーションなのだと思い始めたので嫌いではない。むしろ俺含め2人しかいない数少ない同期なので、仲良くやっていきたいと思っている。

 どうして井端がこんなにもイライラしているのかというと、なんでもこれから担当するアイドルグループの準備でとても忙しいらしいのだ。なので今、井端はちょっとした細かいことでも気に入らないらしく、今回は井端とデスクが近い俺の独り言がその標的になったのだ。

 それにしてもあんなに強く言うもんかね。もう少し優しく言ってくれてもいいだろうに。よっぽど新しい担当のことで切羽詰まってるんだろうな。

 まあここは井端は無視して我が担当のAntoinetteのために働こう。

 そんな実行に移ろうとした矢先、デスクに置いてある電話が鳴った。誰だよ……ちょうどやるぞって気持ちになったときに。


「はい、楢崎です」

『もしもし。私社長』

「あー社長ですか。なんですか電話なんてしてきて」

『うんちょっと暇だったから。同じく暇そうな楢崎君に電話をしたのさ』

「……切りますね」

『冗談だってー。女性の冗談が受け止められない男性はモテないぞ。Antoinetteの仕事について話したいことがあるから、今から社長室来れる?』

「今からですか。まあ大丈夫です」

『やっぱり暇なんじゃん。それじゃ待ってるから30秒でよろしくー』

「30秒は無理で……ってもしもし、もしもーし。切りやがった」

「ふふ。ほら早く遅刻して社長に怒られに行ってきなよ」


 社長との会話を聞いていた井端が声を弾ませながら話しかけてきた。こいつ、人が苦しむ姿を見てストレスを発散しようとしてやがるな。文句の一言でも言ってやりたいが時間がない。

 ダッシュで向かってギリギリか。急いで社長室へ向かうことにした。いつも社長は急なんだよな。






 ◆






「はあ、はあはあ……あー疲れた」


 階段を走るだけでこんなに息が切れるとは。運動不足だな。社長室のドアの前で走って乱れた息と服装を整えてからノックをする。


「社長、楢崎です」

『どーぞ入って』

「失礼します」


 ドアを開けると、一人の女性が革でできた高そうな椅子に座って待っていた。

 この女性こそが俺が働いているAKプロダクション社長の甘崎あまざき薫かおるさんだ。見た目と話した感じが若々しいので、俺と年齢がほぼ一緒だと思うのだが社長の年齢は社内の誰も知らないので推測でしかない。


「遅いよー。社長を待たせるなんて何事だよ」

「す、すいません。……それで話ってなんですか?」

「そんなに急かすなー。ほら美味しいお茶菓子があるから一緒に食べよう。そこに座って」

「は、はあ」


 促されるままソファーに座ると、湯気が出ている緑茶と美味しそうな水羊羹が目の前に置かれた。

 ここまで全力で走ってきて喉が渇いていたので早速お茶をいただくことにした。湯飲みを口に近づけると鼻腔にお茶のいい香りが通ってくる。熱くて少しずつしか飲めないがとても美味しい。熱いお茶を飲むとなんでこう落ち着くのだろうか。

 向かい側のソファーに座った甘崎社長も一口お茶を飲むと、ほっと息を漏らした。


「いやー落ち着くねー」

「そうですねー」


 社長室にまったりとした時間が流れる。熱いお茶の効果恐るべしだな。甘崎社長はもう一口お茶を飲み始めた。

 …………これは不味いな。このままだとこのまったり空間にやられて、だらだら時間が過ぎていくパターンだ。

 俺は持っていた湯飲みを机に置き、呼び出した理由を甘崎社長に問いただす。


「すいません社長。それで話って何ですか?」

「えっ? …………ああ話ね、すっかり忘れてたよ。楢崎君さ、うちの事務所の“スパイス”ってアイドルユニットしてる?」

「勿論ですよ。うちの稼ぎ頭じゃないですか」


 スパイス。高校生のミーと中学生のネネの二人組アイドルユニットで我がAKプロダクションに所属しているアイドルの中で一番の人気と知名度を誇っている。

 今年からなんと冠番組も始まり、アイドル特番では注目アイドルとして特集も組まれた今ブレイク中のアイドルユニットだ。

 そのスパイスがどうしたのか? ………………まさか解散か。

 いやこんな絶好調な時期にそれはないな。社長は水羊羹を美味しそうに頬張ると、お茶を一口啜すする。


「その通り。今年から始まったスパイスの冠番組があるんだけど……その番組にAntoinette出てみない?」

「えっ本当ですか!? 」

「まじまじ。ミーとネネからのご指名だよ。後輩ってことももちろんあると思うけど、何でも前に一回ライブバトルを一緒にした時にAntoinetteのことが気に入ったんだって。……それでどうする? 受ける?」

「ぜ、ぜひ出演させてください!」


 俺の返事を聞いて、社長は両手で大きな丸をつくる。


「オッケーそう伝えとくよ。それじゃ話はもう終わりだよ」

「ありがとうございます。早くあいつらに伝えないと」


 願ってもない仕事が入り込んできた。まさかこんな幸運があるとはな。こうしちゃいられない、早くみんなに報告しよう。

 勢いよくソファーを立ち上がり、ドアに向かって歩き出す。


「楢崎君、水羊羹食べないなら私食べていい?」

「どうぞ。それじゃ失礼します」

「んんー。ふぁんふぁってね頑張ってね」


 リスみたいに水羊羹を頬張っている甘崎社長と別れた後、腕時計を見てみるとちょうどみんなのレッスンが終わる時間だった。早く戻ってこのことを教えてやりたい。

 帰りは急ぐ必要はなかったのだが、階段を走って下ってしまった。

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楢崎孝太郎の波瀾万丈物語 ー個性溢れる担当アイドルを添えてー ハイブリッジ @highbridge

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