第5話 自己紹介 ダジャレが大好きなポーカーフェイス娘、“北本彩月”

 神領の自己紹介が終わり、大江のよだれも無事垂れ落ちる前に拭くことができたのでメンバーの自己紹介を再開する。


「じゃあ次は北本」

「はい。北本きたもと彩月さつきです。趣味はお笑い番組を見ることとカレー店を巡ることです。よろしくお願いします」

「おうよろしくな」


 立ち上がりペコッとお辞儀をし、ソファに座る北本。

 手元にある甘崎社長特製プロフィールの北本のページに目線を向ける。




『北本彩月。17歳。

 青みがかった髪におかっぱ頭が特徴的。ペッタン……スレンダーな体型を気にしているので最近成長を促す体操を始めたらしい。そのままでも可愛いぞ。

 チャームポイントは前髪、いつ見ても綺麗に揃っていて可愛い。乱れてるところ見たことないなー。

 趣味はお笑い番組鑑賞とカレー店巡り。ついこの間、偶然カレー屋さんで遭遇した。

 最近の悩みは録画していた番組を母親に消されること。あーあるよねー。私も実家に住んでた時は良く消されて喧嘩になったな。 

 取っつきにくいかもだけども最初が肝心。思い切って下の名前で呼んじゃえよ、You!』




 社長特製のプロフィールは全部こんな感じっぽいな。

 …………下の名前はもう絶対に呼ばないぞ。神領みたくなりかねないからな。俺はアイドルとは平和な関係を築きたい。


「北本はお笑いが好きなのか?」 

「はい大好きです。テレビなどで漫才やコントを良く見るのですが、笑いのツボがとても浅いので小さなことでも笑ってしまいます」

「そうなのか」


 せっかくだし、北本の笑ってる顔が見たいな。

 先ほどから緊張しているのか北本の表情がずっと変わらないままだ。

 笑いのツボが浅いらしいからギャグセンスがあまりない俺でも簡単に笑わせられるかもしれない。


「よーしせっかくだ! ここは俺が大サービスで北本に親父ギャグをプレゼントしよう」

「おーそれは嬉しいです」


 北本は胸の前でぱちぱちと拍手をしてくれた。

 これは教え甲斐がある。無理矢理ギャグをやらせようとする甘崎社長とは大違いだ。


「よしいくぞ。…………オランダはオラんだっ!」


 決まったかな山田直伝のギャグは? これは北本爆笑かな。北本の顔を見てみる。


「おー。お見事です」


 北本の表情はまったく変わっていない。さっきと一緒で胸の前でぱちぱちと拍手をしてくれた。

 あ、あれ。笑ったのかこれは? なんかわからんが感心されたみたいだが…………。

 そうかっ! もしかして今のギャグは聞いたことあったギャグだったかもな。だから笑わなかったのかもしれない。

 自分の中で納得をしていると、北本がポケットからメモ帳とペンを取り出し何か書き始めた。


「き、北本。何を書いてるんだ?」

「楢崎さんがプレゼントしてくださった親父ギャグをメモしようと思って」


 な、なんて真面目な子なんだ。こっちが軽い気持ちで言ったギャグをメモするなんて。

 そして悪気はなかったのだが、ふと見えてしまった。北本のメモ帳の表紙に『爆笑間違いなしノート』と書かれているのを。

 …………そんなタイトル見たらめちゃくちゃ中身が気になるじゃないか。いつか機会があったら絶対に見せてもらおう。


「オランダはオラんだ。……つまりオランダは俺のものだということでしょうか?」


 真っ直ぐな目で俺の顔を見て質問してくる北本。


「…………そういうことだ」

「大変勉強になります」


 北本の目を見たら大学時代に山田が連発してたギャグとは言えなかった。

 一生懸命ノートに書き留める北本。うんうん。勉強家なんだな偉いぞ。俺の学生時代とは大違いだ。

 …………いやいや違う違うそうじゃない。俺が今見たいのは北本の笑顔と爆笑間違いなしノートの中身だ。

 今度こそ北本の笑顔を引き出してみせるぞ。


「よし北本、もう一つ親父ギャグをプレゼントしてやる。今度は」

「一日に二つもなんて。ありがとうございます」

「よーし。カメラのシャッターを押しシャッター!」


 今度こそ北本爆笑だろう。北本の顔を見てみる。


「なるほどなるほど。押しちゃったの“ちゃった”が“シャッター”にしているのでしょうか」

「…………そういうことだ」

「大変勉強になります」


 北本は表情を変えずに頷くと再びノートに書き留める。ペンを動かす音だけが社長室に響く。

 デジャヴかな? 

 これはあれか。北本が嘘を吐いたに違いない。全然笑いのツボ浅くないな、日本海溝並みに深いな。

 北本を笑わすのは失敗したが、北本のためになったのならまあこの結果でも良しとしよう。山田のギャグも役に立つことがあるんだな。

 心の中で小さく山田にお礼を言っていると、北本の隣に座る神領が北本の顔を見て、嬉しそうに驚く。


「あらよかったわね変態。彩月はとても上機嫌よ」

「えっ!? 嘘つけよ。表情筋全然動いてないじゃん」

「あなたの両目にはゴルフボールでも入っているの? 全然違うじゃない」


 神領には俺が披露した親父ギャグは北本にとてもウケたように見えているらしいが、残念ながら俺には全然わからない。

 もしかしたら神領が嘘をついているのかもしれないので、北本本人に聞いてみる。


「き、北本。俺の親父ギャグ面白かった?」

「はい、とても面白かったです。楢崎さんはお笑いのセンスがあります」


 本当に上機嫌らしい。注意深く北本の顔を見てみると、さっきより少しだけ、本当に少しだけ口角が上がっているように見える。

 なるほど…………わかりづらい。

 もしやと思い社長特製プロフィールの北本のページに目を向けると、これまた500円玉サイズの注意書を見つけた。




『注意! 彩月ちゃんは心の中ではとても喜怒哀楽がはっきりした子ですが、それが顔に出てきにくい子です』




 あの社長はなんでこう大事なことをこんなに小さく書くんだ。あと器用過ぎだろ。よくこんな小さく書けるな、もっと大きく書いてくれよ。


「それじゃまた機会があれば俺のギャグ披露してやる」

「わー楽しみです」


 今の北本の顔は注意深く見なくても喜んでいることがわかった。まだ俺が親父ギャグを披露することしかしていないので北本の質問を再開する。


「カレーはよく食べるのか?」

「はい。カレー屋さんを見つけたらついつい立ち寄ってしまいます」

「大好きなんだなカレー」

「食べ物の中で一番好きです。とても深い食べ物だと考えています」

「確かにな。どれくらいまで辛いのは大丈夫なんだ?」

「そうですね…………『辛イチ』だと100辛までなら余裕です」

「ひゃ、100辛っ!! 『辛イチ』って50辛までしか聞いたことないぞ」

「『辛イチ』の裏メニューです。店長に気に入ってもらえると注文できますよ」

「そうなのか。50辛でも口の中が焼けるくらい痛いって聞くけどな」

「いえい」


 前に一度だけ10辛を食べたことがあったが、10辛ですら辛すぎると感じたの100辛なんて……。


「100辛はスゲーな。録画するのはやっぱりお笑いとかか?」

「はい。コントや漫才、バラエティー番組をよく録画します。でも母に消されてしまいます」

「何でお母様は消しちゃうんだよ」

「私は何回も見たいのですが、母は一回見たらもういいでしょと」

「わかる、わかるぞ。俺は北本派だ。自分の好きなところとか何回も見たいよな」

「はい。やっぱり楢崎さんとは気が合います」


 この後も質問を続けていき、北本は一つ一つ丁寧に答えてくれた。ちょうど良い時間になったので最後に北本にもあの質問をする。


「それじゃあ最後に北本がアイドルになったきっかけを教えてくれ」

「はい。中学生の時に同級生に勧められてそのままアイドルになりました」

「なるほどな」


 友人に勧められるっていうのは本当にあるんだな。

 あれはてっきり、自分は可愛いと思っていないけど周りが可愛いって言うから仕方なく応募しましたっていう遠回しな自分可愛いアピールかと思ってた。

 そういうやつはたいして可愛いくないのに自分は可愛いと周りに言わせているんだろうと思う。

 でも実際北本は可愛いからな。勧められるのも納得だ。


「よし質問は以上だ。ありがとうな北本」

「こちらこそありがとうございます」


 担当している間に北本を爆笑させたいな。そのためにもギャグの質を上げておかなければ。

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