第4話 自己紹介 ちょっぴり口の悪い女の子、“神領麗奈”
前座である俺の自己紹介も終わったので、ここからアイドルの自己紹介を始めようと思う。
「よしっ! それじゃあそのまま神領、自己紹介をお願いできるか」
「わかりました。
ソファから立ち上がり軽くお辞儀をする神領。ここだけ切り取ったら、先ほど俺に
「おうよろしくな」
神領は俺の返事を聞くとまたソファに座った。手元にある社長特製プロフィールの神領麗奈のページに目線を向ける。
『神領麗奈。17歳。
長い黒髪がとても綺麗でスタイルもスラッとしていて何等身だよとツッコミを入れたくなるほどの女の子。
前にモデルもやっていたから服とかオシャレだし、何を着ても似合っているので正直羨ましい。
チャームポイントは猫のようなキリッとした目。二人きりの時にあの目でずっと見つめられたらもう……にゃんにゃんにゃーん!
趣味が読書と料理。うーん家庭的。最近の悩みは眼鏡を親が踏んで壊れてしまったこと。麗奈ちゃんの眼鏡姿はレアだよ。RPGに出てくるメタル系のモンスター並みにレア。
取っつきにくいかもだけども最初が肝心。思い切って下の名前で呼んじゃえよ、You!』
…………これはプロフィールなのか。ちょこちょこ意味がわからないところがあるし。まあそれはまた別の機会で社長に聞くとしよう。
それにしても下の名前で呼ぶのは良いかもしれない。
今の神領は俺に興味がなさ過ぎて、俺の名前を強制的に忘れるという距離感だ。
…………ん? 今考えてみるとこれもこれで意味がわからないな。まあ一旦そのことは置いとくとしよう。
なので俺が神領を名前呼びをすることで、少しは距離が縮まって俺の名前をまた覚えてくれるかもしれない。
よしやってみるか!
「趣味が読書と料理なのか。…………麗奈は普段どんな本を読むんだ?」
俺が名前呼びをすると神領は一瞬眉間に皺が寄ったがすぐに元の表情に戻した。
「は?」
こ、怖ぇぇーーーーーー。
自己紹介をしてくれた時より三倍くらいは低い声で一文字だけ声を発した。
この『は』という一文字だけでわかったことがある。神領は怒っている。それもめちゃくちゃ怒っている。余程俺に名前を呼んで欲しくないらしい。
しかしここで退いたら、この距離感は変わらないままだ。も、もう一回だけ名前を呼んでみよう。
「い、いや。麗奈は普段どんな本を読むのかなーって」
俺の再びの名前呼びに神領は顔を下に向けると、ぼそっと呪文のように単語を唱える。
「………………へ……い」
何かを言っているのだが、
「ん? 悪い、もう一回言ってくれ。うまく聞き取れなかった」
俺の言葉を聞いて神領は顔を上げ、英語の先生みたく口を大きく開けて、さっきは聞こえなかった言葉をしっかりと発する。
「変態ね、と言ったのよ」
「…………へ?」
神領の言葉は減速することなく、
おいおい全然猫みたいに見えないぞ。猫は猫でも縄張りに無断で入ってきた愚か者を見つけた時の百獣の王(ネコ科)みたいな目だぞあれは。目付きが悪い俺より普通に怖いんだが。
「いきなり名前呼びってなに? 普通初めましてならまずは苗字呼びか名前で呼ぶにしてもさん付けが常識でしょ」
「は、はい」
…………正論過ぎてはいしか言えない。神領はさらにこの短時間で溜まっていたストレスを発散するかのように畳み掛けてくる。
「それに私が読んでる本なんて知ってどうするの。…………まさか書店で同じ本を購入して『ハアハア担当アイドルと一緒の本を読んでるハアハア』という卑猥な妄想に耽ふけって、一人虚しく自分を慰めるわけ?」
「すす、するわけないだろ! 」
「あらそう。まさか…………私物。これは変態ではなくド変態ね」
「本以外もしないっつーの!」
本でもギリギリアウトだが、私物でしたら完全にアウトだろ。アイドルをサポートする前に警察にお世話になってしまう。
「あらそう。それだと…まさか、私本人に手を出――」
「はいストッープ! それ以上はダメでーす。わかった俺が悪かった。もう名前で呼ばないから許してくれ」
「そうしてもらえると助かるわ」
神領はすっきりしたのか、何もなかったかのように座り直した。
駄目だ、いきなりどっと疲れた。まだどんな本を読むのかを答えてもらっていないけど次の質問にいこう。
再び社長特製の神領のプロフィールに目を向けると、500円玉くらいの小さな注意書を見つけた。
『注意! 麗奈ちゃんはちょっぴり口が悪いよ』
ちょっぴり? ちょっぴりってあれだよな、少しって意味だよな。………………嘘つけよ。がっつり口悪いじゃんかよ。まだ一人目なのに、これは大丈夫か。
ま、まあ神領が特殊なだけだよな。…………いや大江もか。大江と神領だけがちょっと特殊なだけだ、そう信じよう。
まだ何も質問の答えを得ていないので、神領への質問を再開する。
「えっと神領は視力が悪いのか?」
社長特製プロフィールで神領のメガネ姿がレアと書かれているので、気になって質問してみた。
「そうね。視力は悪い方だと思うわ。……次がラストの質問ね、長かったわ」
「まだ終わらないぞ。じゃあ今はコンタクトなのか」
「そうよ」
「コンタクトってどうなんだ。大変なのか? 俺、視力は良いからコンタクト着けたことなくてわかんないだよ」
コンタクトレンズって勝手なイメージだが、目に指をめちゃくちゃ近づけないといけないから怖いイメージがある。
「慣れれば大変ではないわ。…………あなた目付きは悪いのに視力は良いのね」
「ははは。よく言われる」
ここまで最初の大失敗に比べたらよく話せてるのではないか。この流れなら、もう一つの趣味である料理について質問しても答えてくれるに違いない。
まあ読書について神領が何も答えてくれなかったのは、全面的に俺が悪かっただからだが。
「趣味が料理ってことは何か得意料理とかあるのか?」
「ええあるわよ」
「おお。何が得意なんだ」
「茹で卵」
予想外の答えが来たぞ。
「……それって料理得意なのか」
「冗談よ。変態には教えないわ。乙女の秘密よ」
「何だそりゃ」
「乙女には隠し事が沢山あるの」
「へぇそんなもんなのか」
「そんなものよ」
乙女って大変なんだな。俺の周りには乙女がいないからよくわからない。
こんな感じで神領への質問は続いていった。神領は面倒くさがりながらもきちんと答えてくれた。
「それじゃあ最後の質問。神領がアイドルになったきっかけを教えてくれ」
「きっかけ……………………」
今までサクサクと質問に答えてきた神領が初めて答えるのに詰まる。でもそれも一瞬ですぐに口を開く。
「誘われたから。これで質問は終わりでいいいのよね」
「えっあ、ああ。ありがとう。これからよろしくな」
「ええよろしく」
質問に答えた時の神領の顔が少しだけ何かに悩んでいるように見えた…………気がした。気がしただけ。
断言するほどその時の神領の顔をしっかりと見ることができなかったからわからない。
なんでしっかりと見れなかったというと…………大江のよだれが口から垂れ落ちそうだったからだ。
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