第3話 自己紹介 視力は良くても目付きは悪いよ、“楢崎孝太郎”

 5人の女の子たちが俺の目の前に並んでいる。彼女たちが今日から俺の担当アイドルになるのか。

 初体面と言うのはどの年齢になっても緊張する。今この場で緊張していないのは甘崎社長くらいだろう。申し訳ないがここは存分に頼らせてもらおう。


「それじゃ私は仕事があるから、あとは若い子たちでごゆっくりー」

「はいお疲れ様です…………えっ! ま、待ってください社長。ユニット名紹介しただけで終わりっすか」


 せっかく頼ろうと思った矢先にいなくなるなんて。それはそうか、社長は忙しいわな。


「そうだよ。ほら見てもうこんな時間、“ハッピー13分クッキング”が始まっちゃうから急がないと」

「そんな理由ですかっ!」

「大事なことだよー、今日グラタンの日だもん。ほら私特製の“Antoinette《アントワネット》”の資料が机の上にあるから、それ見てお互い話し合いをしてちょうだい。それとこの部屋好きに使っていいから」

「そんな急過ぎますよ」

「急過ぎるのも私の長所だよ。じゃあねー」

「ちょっと待――」


 ガチャンとドアが閉まる音が室内に響く。まるで嵐のように甘崎社長は社長室に俺たちと変な空気を残して去っていった。

 可愛いからって何でも許されるわけじゃないぞ。…………まあ可愛いから許すけども。




   ◆




「え、えーと…………とりあえず座るか?」


 残された俺とAntoinetteは机を挟んで向かい合う形でソファーに座った。机の上の資料を開くと、社長特製のメンバーのプロフィールが入っていた。

 まあ最初はやっぱり自己紹介だよな。まだお互い何も知らないし。本当なら俺はアイドルについて知らなければいけないのだが、甘崎社長が知らない方が楽しめるとか訳のわからないことを言って、何も教えてもらえなかったのだ。まあ可愛いから許すけど。


「じゃあ初めましてだし、自己紹介からしますか。まずは言い出しっぺの俺から」


 最初の自己紹介は大切だ。俺は目が怖いからか、初対面の人には怖がられてしまうことが多い。なので自己紹介で俺は怖くないぞというのをしっかりと伝えないといけない。


「俺は楢崎孝太郎ならざきこうたろう。今日からAntoinetteの担当になります。好きなものはビールとアイドル、苦手なものは勉強とカエル。俺には無理して敬語使わなくていいからな。目付き悪いけど、もし困ったこととかあったりしたら何でも言ってくれ。必ず力になってやる。これからよろしくな」


 軽い自己紹介が終わり、パチパチとまばらな拍手が広い社長室に響く。まあ最初はこんなもんか。自分がしゃべるだけで終わるのは嫌なので、せっかくだし5人に質問して貰おうかな。


「なんか俺に質問ある人ー?」

「「………………………………」」

「なんでもいいんだぞー」

「「………………………………」」

「ほ、ほら身長とかさ。なんだったら体重も教えるぞ」

「「………………………………」」

「今質問してくれたら貯金残高も教えるから」

「「………………………………」」

「お願いします。俺に何か聞いてください」

「「………………………………」」


 地獄だ。高校の文化祭で柄にもなくはしゃぎすぎてクラスメイトに引かれていたことを卒業式に暴露された時より地獄だ。あの時はすぐに校舎裏に行って泣くことができたけど、今のこの状況は単純にへこむことだけしかできない。

 誰でもいい、この状況から俺を助けてくれっーー!



「はいっ!」



 おお…………きゅ、救世主だ。いや女神だ。社長室に女神が現れてくれた。右手を元気よく挙げてくれたこの子は……。社長特製のメンバーのプロフィールで名前を探す。


「えーと……大江唯花おおえゆいか、であってるかな?」

「はいっ!」


 お手本のような元気の良い返事をすると頭のてっぺんでぴょこっと一本立っている髪の毛が揺れる。質問は何だろうか? 何でもバッチ来い。


「アイドルが好きって言っていたんですけど、好きなアイドルグループとかいるんですか?」


 王道な質問だ。本当に預金残高を聞かれたら困ったので、これくらいならスラスラと答えられる。


「そうだなー。いっぱいいるけど、やっぱり一番はForte《フォルテ》かな」

「Forteですかっ! 私もForte大大大好きなんですよっ!」


 身体を前に出し、興奮を抑えきれない様子の大江。この反応からして、さては大江も相当なForteファンだな。


「それは嬉しいな。自慢じゃないがForteのライブには何回も行ったな」

「羨ましいです。じゃあじゃあForteのドーム単独ライブにも」

「勿論行ったぞ。しかもめちゃくちゃ運が良いことにあのライブハウスでのスーパーライブにも行けたんだ」

「うぇえっ!! チケット倍率がForte史上最高で、入手が超絶困難のあのライブですか!? す、すっげー! でもでも私は2ndライブ行きましたよー」

「マジかっ!? 涙腺バリ固かたで有名の青森照あおもりてるが唯一泣いた貴重なライブを生で見たなんて……羨ましい。照さんの泣き顔可愛いんだよな。何回BDで見直したか」

「わかりますっ! 私も何十回も見直しました。私的に2ndライブは梨花りんかちゃんのウインクもヤバかったと思うんですよ」

「わかるぞ。梨花ちゃんのウインクは何であんなに可愛いんだろうな」

「本当ですよね。梨花ちゃんのウインクは地球を救うと思います。じゃあじゃあ楢崎さん、あの伝説の――」

「ストップよ唯花。興奮し過ぎでよだれ出てるから」


 興奮して大江は口からよだれが垂れてきてしまったらしい。なんか犬みたいだな。


「ごめんなさい。じゅるり」

「手で拭かない。これで拭いて」

「ありがとう麗奈れいなちゃん」


 大江の隣に座るメンバーがハンカチを渡すと、大江は落ち着き始めた。

 たぶん止められなかったらマシンガンのように話続けるに違いない。それくらい大江もForteが好きなんだろう。


「よし今度時また間があったらForteについて語るか? 」

「ぜひ語り合いましょう!」

「ああ約束だ」


 うんうん。これは楽しみが増えたな。山田も混ぜてやりたいぜ。間違いなく盛り上がるな。

 一つ目の質問にしてはかなり盛り上がった気がする。主に俺と大江の間だけでだが。まあでも一気に距離が近づいた気がするな。大江とだけ。

 ……まあまだ一つ目だしな。どんどん行こう。


「それじゃあ他に何か質問とかある人?」

「はいはいっ!」


 またも大江が元気な声と同時に手を挙げる。そしてソファに座りながらピョンピョン跳ねている。二回連続だけどまあいいか。


「はい大江」

「Forte以外はどうなんですか? 好きなグループ教えてください」

「Forte以外かー。うーんそうだな……知ってるかわからないけど、“せんぷう”とか“$《ドル》ズ”とかも好きかな」

「ふぁっっーーーーーー知ってますよ!! せんぷうの2ndライブは現地行きましたし、$ズはメンバー全員のサイン持ってますよっ! まさかせんぷうや$ズのファンに会えるなんて、めちゃくちゃ嬉しいですよっ! ふぉーーーーーー!!」


 奇声に近い叫びを放つとさっきより身体を前に出す。今にも机を飛び越えそうな勢いだ。めちゃくちゃ興奮している様子を見た隣に座っているメンバーに落ち着くようになだめられている。

 しかし……さっきのForteのトーク、メディアにはあまり出てこないせんぷうや$ズまで知っていて、ライブに行ったりサインも持っている。何よりアイドルに対してのこの大江の興奮具合……。


「間違ってたらごめん。もしかして大江って、アイドルオタクだったりする?」

「えっはいそうですよ」


 同類だった。

 まあ今はアイドル黄金期。どこにアイドルオタクがいてもおかしくはない。でもまさか自分の担当するグループにいるとは思わなかった。


「じゃあ今度Forteだけじゃなくてアイドルについて語り合うか?」

「ぜひぜひっ!」


 めちゃくちゃ良い笑顔の大江。これは質の高いアイドル談義ができそうだ。

 他のメンバーにも質問をして欲しいな。待ってるだけじゃ駄目だな、せっかくだしこっちから当ててみるか。社長特製のメンバーのプロフィールで名前を探す。

 最初に名前が目に入ったし、この子に聞いてみようかな。


「えーと神領じんりょうは何か俺に質問はないか?」

「……私?」


 神領は大江と俺のやり取りを先ほどから呆れた様子で眺めていながらも大江に対してよだれを拭くためのハンカチを貸したり、興奮した時は冷静に宥めていた。まだ会ったばかりだが、その行動からしても常識人だと思う。


「そうね。じゃあ男性ですか?」

「えっ…………そうだけど」

「ありがとうございます」

「おう」

「…………………………」

「…………………………おう」

「…………………………」

「…………………………うん」

「…………………………」

「…………………………えっ?」


 あれ? つ、次の質問はまだかなー。一応待ってるんだけどなー。あっ! 質問を何にしようか悩んでるのか。なるほど解決だ。なんだよそんなに悩まなくていいのに。軽い質問でいいんだぞ。

 そう思い神領を見てみると質問に悩んでいる様子ではなく、やりきった人の顔とはこういうものだよと見せてあげたいほど見事な見本のような顔をしていた。


「もしかして質問終わりっ!?」

「え? そうだけど」


 何当たり前のこと聞いてるのこの人みたいなキョトン顔をしている神領。


「いやいやいやっ! 見ればわかるだろ、俺が男ってことは。他にはないのか」

「………………はぁぁ。面倒くさいわね」


 えっ? めちゃくちゃ大きなため息をつかれた。俺何か気に障ること言った? 俺の言い方が不味かったのか。

 神領は仕方ないという感じで次の質問を出してくれた。


「あなたは人間ですか?」

「当たり前だろっ! 何だその質問は!?」

「だって興味がないもの」


 グサッ!! (心に言葉のナイフが刺さる音)


「誰が好んで質問したいと思うの? いきった大学生のような格好をした少しの沈黙にも耐えきれずに自分の預金残高を教えそうになるほどの弱メンタルで、イケメンでもなくただ目付きが悪いだけのあなたに」


 グサッグサッ!!(心に言葉のナイフが複数刺さる音)


「だから早く次に進んでくれないかしら。この全く誰の得にもならない時間を終わらせるためにも。えっと……楢……な……ごめんなさい、興味が無さすぎてたった今あなたの名前を忘れたわ」

「ぐばらっ!!」


 神領の強烈な口撃こうげきは俺の精神耐久のHPをゴリゴリ削っていき、とうとうHPは0になった。

 言葉は時に最も強い武器になるというのは本当だな。今実際に体験してわかった。

 で、でも確かに神領の言う通りだ。俺の自己紹介なんてどうでもいいな。目の前に可愛いアイドルが五人もいるのに、俺に時間を費やすのはそれこそみんなの貴重な時間の無駄遣いだ。


「神領の言う通りだ。俺の自己紹介は終わりだ、終わり。みんなの自己紹介に移ろう」


 よっし! 俺の自己紹介は前座でここからが本番だ、みんなの自己紹介に移ろう。

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