【短編】屍人の村

楪葉奏

屍人の村

 これはとある青年(以下A)へのインタビューの内容を、録音したテープの内容を元にそのまま書き起こし注釈を加えたものである。録音した内容については、時系列を分かり易くする為の整理以外は、一切の手直しを加えていない。

 内容が内容の為、このインタビューが記事になる事はなかった。なのでせめて、この手記に書くことによって後世に残したいと思う。

 これを読み終わった人は、この手記の内容がにわかには信じがたいと思う。しかしどうか覚えていて欲しい。私の取材するものにおいて嘘偽りの類は全く無い。

 どうかこの事実から目を逸らす事無く、読了してほしい。私の調べた全てを、彼が私に話した全てを、人々が忘れ去ってしまわない為にも。


 一九九五年 五月九日  八須賀美紀



 俺の住んでいた村にはね、奇妙な風習があったんですよ。


 ああ、その前にどこに住んでいたのかを書くべきですよね。俺は生れてから高校生の頃まで、四国のある県の山にある小さな村に住んでいたんですよ。人口百人いるかいないかの本当に小さい村で、俺含めて子供が二人しかいなかったんです。俺と、二つ年上の従姉妹のN(※仮名)ですね。


 スーパーに行くのに車で片道二十分以上かかる田舎に住んでいましたからね……。毎日一緒に二人で、山の中で遊んでいましたよ。川で釣りしたり、夜に肝試ししたり。……ああ、話が逸れましたね、戻しますよ、ええ。


 (村で行われていた)奇妙な風習とは何か……まあ、そうですよね。そこが一番気になりますよね。


 俺の村で行われていたのは、まあ端的に言ってしまえば食人ですよ。村の人間が人間の肉を食べるんです。……本当に、今でも忘れられない思い出です。


 ああ、と言ってもロビンソン・クルーソーに出てくる様な、人を攫ってきて食べる様な感じのやつじゃないですよ? 村の人間が死んだら、その肉を親族が食べるんです。脂を削ぎ落とした肉を煮るなり焼くなりして食べて、その後脂を蝋に溶かして蝋燭を作って燃やすんです。まあ一種の供養……みたいなもんなんですかね。


 ほら、よく言うじゃないですか。動物は食べてあげるのが供養だって。あれの延長線上にある考えなんですよ。土着信仰……と言えば聞こえはいいですけど、今にしてみれば考えは本当に狂っていて、とてもマトモだとは思えませんでした。


 だってそうでしょ、信じられますか? 今から十年以上も前、昭和も終わりと言う時に、そんなおかしい風習が残っているんですよ? 多分今でも一部の家ではやっているんじゃないですかね。……昭和が終わって平成になった今も、です。


 ……八須賀美紀さん、でしたっけ。あんまり驚かないんですね。もしかして俺の話信じてないんですか? ……信じてくれるんですか。ありがとうございます。


 何だか変な気持ちですよ。きっと最初は信じて貰えないだろうと思って、取材に応じたので。この話を知っている人は、俺のいた村の連中以外にはいないですからね。


 ……さて、話を戻しましょう。俺の住んでいた村の風習ですけど、人が少ないとはいえやっぱり死ぬときは死ぬので、結構そういう儀式を見るのはそう少なくはなかったんです。どこどこの家の誰が死んだから食べる、みたいな。うちはもう爺さんも婆さんも俺が生まれる前に死んじゃってたからそういう機会は無くて、中学生くらいまでは何となく遠いフィクションの出来事みたいにして捉えていたんです。


 でもやっぱり、気になるじゃないですか。だから俺、高校に入った辺りから年寄りや親からそれとなく聞いてみたり、図書館に行って村の辺りの土地に関する歴史や風俗なんかを調べ始めたんですよ(※どんな文献を参考にしたかは不明)。


 ……え? 知ってる人の中で誰か体験した人はいないかって?


 あはは、いるに決まっているじゃないですか。その時点で俺以外の村の人は皆食べた事ありましたよ。うちの両親も、Nも、皆死人の肉を食べていました。抵抗感? なかったんじやないですかね。その頃村にネットが使える環境なんて無いですし、村の連中が皆それをやっていたからそれが当たり前になっていたんですよ。実際、俺も小学生くらいまでは、死体は食べて供養する物って思ってましたし。


 でもね、この風習について調べている最中、村の人に訊いて回っていた時に必ず同じ答えが返ってくるところがあったんですよ。


「どうして色々ある供養の中で、『食べる』ことを選んだのか」……って質問なんですけどね、そしたらNまで含めて皆口をつぐむんです。まるでそれが言ってはいけない事であるかのように、本当に全員同じ反応をするんです。不可解でしょ?


 ええ、勿論親も同じですよ。母も父も、その問いに関しては何も話してはくれませんでした。ただNだけは「そのうち分かるよ」と言葉を濁していましたね。


 ……ああ、今まさにそれについて質問しようと思ってた、って顔ですね。記者さんも趣味が悪いなぁ。普通は訊かないと思うんですけど。


 それで、調べた結果なんですけど……どうも江戸時代後期の辺りがルーツらしいですね。いつ頃だったかは失念してしまったんですが、この辺り一帯で物凄い不作があって、二年程飢饉状態に陥ったらしいんです。それでどんどん餓死者が出る様になって、土葬も火葬も間に合わなくなって川に捨てる様になったんですけど他の地域の人間も同じ事をする為に川が堰き止められてしまった程だったそうです(※天保の頃に大規模な飢饉があったというのは実際に某藩の記録に残っている)。


 で、葬式もできない。死体も捨てられない。じゃあどうやって処理するか――もう、言わなくても分かりますよね。食べるんですよ。食べてしまえば捨てずに死体を無くす事ができますし、何より腹が膨れます。それからも度々不作に見舞われているんですけど、餓死者が出る度に家族でその死体を喰っていたのかな……と考えていますね。記録にある訳ではないんですけど、概ねそういう感じではないのかな、と。


 それが後の世で、変な話ですが伝統として残って、供養の一つとして習慣になっている……と話を聞いた爺さんは話していましたね。その爺さんも江戸時代から生きている訳じゃないので、どこまで本当かは知りませんけれど。


 これは何も餓死者に限った話じゃなくて、孕んだものの産んでも育てられずに堕胎させた水子なんかも食べていたみたいですね。病死した者も勿論食べていました。後は藩の人口調査で乗っていない奉公人や小作人なんかの死体も食べていた、と(※この県に於いて江戸時代に年貢の取り立ての為に藩の命令で人口調査が行われ、与えられた戸籍ごとに税が決められたのは周知の事実だが、その際に土地を持たない住み込みの奉公人や小作人は戸籍を与えられず、人身売買等の対象にもなっていた)。


 年寄り連中の話だと水子を食べるのが一番多かったらしいですけどね。記者さんは知らないかもしれないですけど、貧しい人間って本当にしか娯楽がないんですよ。だから考えなしに子どもを作っては村の産婆に堕ろさせるんです。勝手に作って勝手に殺して勝手に食べる訳ですね。表向きでは土葬だったみたいですけど(※水子が多かったというのは実際に記録に残っているが、それをどう処理していたかは彼の口述通り土葬と記述されていた)。


 何故村を出たかって? 決まっているじゃないですか、ですよ。まあ……いたくもなかったですけどね。


 俺が高校三年、十八歳の時には起こりました。


 Nがね……死んだんですよ。中学の時から病気(※A本人の希望によって病名は伏せる)になって、ずっと家で療養してて、それでもやっぱり駄目だったみたいで……本当に、あっけなく死んでしまったんです(ここでA氏が涙を流す)。


 死んでしまった今に言っても何も変わらないんですけどね、俺はNの事が好きだったんですよ。だから……彼女が死んだなんて考えたくなかった。だって彼女が死んでしまえば、親族の俺はその死体を食べないといけないですから。ずっと特別だと、綺麗な物だとして扱ってきた彼女を、最期の最期で辱めないといけないから。


 だから俺は、通夜から葬式まで間ずっと親族皆に抗議して回りましたよ。どうかNの死体を食べないでくれ、何もこんな意味の無い事を続ける必要なんて無いじゃないか、と。そしたら親父やNの父親……叔父ですね。その二人から物凄い剣幕で怒られて拳骨で殴られました。先祖代々受け継いできた伝統を蔑ろにするつもりか、死んだ後でこの儀式を抜くなんてと。


 それからも俺は色んな事を言って抗議していたんですけど、とうとう頭がおかしくなったとして縛られてNの家の蔵に閉じ好められたんですよ。丸々三日くらい。


 ……本当に怖かった。真っ暗な蔵の中がじゃなくて、何もできないままNの身体が切り分けられて調理されていくのを想像するのが怖かった。Nがおぞましい村の餌食になってしまうのを、ただ手をこまねいて待つしかできない自分が怖かったんです。


 人間の想像力って本当に恐ろしくてですね、見たこともない筈のNの肉の断面やほとばしる血液を、まるで見て来たかのように頭の中で勝手に思い描けるんですよ。もしかしたら今こうしている瞬間に、Nはこうなっているんじゃないかと考え始めると、もうずっとそればかりが繰り返し再生されるんです。


 目に映るのは黒で、頭の中にあるのは赤ばかり。


 できれば気の所為だと思いたかった。もしかしたら叔父あたりが娘のNに情が移って、僕の抗議を受けて入れてくれるだろうと。そしたらNは綺麗なままでちゃんと火葬されて、幸せなままで天国に逝けるんじゃないかって。


 でも、そうはならなかった。、きっと貴女の想像している通りに。


 蔵に閉じ込められた二日目に、叔父が蔵の外からこちらに呼びかけたんです。朝になったら儀式をするから出してやる、と。


 儀式、という言葉を聞いて俺の思考は完全に固まりましたよ。そして次の瞬間に絶叫しました。生まれて初めて、本当の絶望ってのを体験しました。


 俺の願いは全部無駄だったんだ。Nは気が違った僕の家族や自分の家族に身体を切り刻まれて、幸せな筈の天国への旅立ちを穢されてしまったんだって。何よりも自分の事が赦せませんでした。好きな人の為に、俺は何もできなかったんですから。


 ……仕方が無かった? 記者さんは優しいんですね。でも、仕方が無かったからと言って割り切れないんですよ。記者さん、僕より若いでしょ? きっとその内、本気で恋をして、それを失ってしまえば……僕の気持ちも少しは理解できますよ。


 その夜は何をしていたか? そうですね、基本的にはそれまでと変わりませんよ。何せ僕の身体は縛られている状態な訳ですしね。あははは。


 その夜の事は……本当に今でも、鮮明に覚えていますよ。何度も泣いて、何度も記憶の中のNに謝って、何度も自分と親族を呪いましたよ。


 その時はいつも見えていたNの死体の白さと血の赤さがよりいっそう強くイメージできたんです。まるでその場にNの亡骸があるかの様に、リアルに想像できました。


 ……それでね、だんだんその景色を……綺麗だと思う様になったんです。死体の肌の不自然なまでの白さや土気色も、死んでもなお赤い血も、全部鮮やかに見えて僕の心を奪っていきました。今考えると、僕はおかしかったんです。


 こんな綺麗なものを食べないなんて有り得ない。大好きだった者と一緒にならずにただ灰にさせてしまうなんて……、って思うようになったんです。その時俺は理解してしまったんです、親父や叔父が言っていた言葉の意味を。


 ああ、愛しているから食べられるんだ。例えそのルーツは食料であっても、今行おうとしているのはなんだ……と、その時僕は思いましたよ。その時は正直、天啓だと思いました。今までどうして、俺はこんな簡単な事に気が付かなかったのかと本気で考えました。


 だって、本当に嫌いな物なら食べられないでしょう? 好きでなければ、一つになることはできないんです。人間は本当は人間の事が大好きだから、その事を知ってはいけないから、遥か昔の人々は食人を禁じたんじゃないか、とその時思ったんです。


 そして朝が来て蔵の扉が開いて、親父から出ろと言われました。空腹と渇きと久しぶりの陽光ひかりの眩しさで倒れそうになりましたが、何とか親父に支えられて座敷に連れていかれたんです。


 座敷には大きな机が置かれて、親族が全員その場に揃っていました。当然と言えば当然なんですけどNの亡骸はそこにはなくて、ああ、本当にNを今から食べるんだなって何か他人事みたいに考えていました。


 上座には本家の爺さんが座っていて、俺が据わったのを確認すると一言だけ「こちらへ」と力強く言ったんです。そしたら台所にあった俺の母や叔母が小皿が幾つも入った盆を机の方へと持ってきて並べ始めました。中に入っていたのは……分かりますよね? Nです。かつてNだった肉片が、皿には盛られていました。


 全員のところへと皿が行き渡って、母と叔母が据わったのを確認した後で、爺さんが何か呪文……というか祝詞のりとに近いもの(※祝詞の長さ、内容などはA氏が記憶していない為不明)を唱え始めて、俺以外の皆が手を合わせて黙祷を始めたんで俺も慌ててそれに倣いました。


 それで黙祷が終わって……いざ、Nを食べる段になったんです。でも、あれだけ食べたいと思っていた筈なのに……いざ本番となるとNと過ごした思い出が蘇って、どうしても箸を取る事ができなかったんですよ。


 俺はNの事が好きだ。Nの事が好きだから、Nを食べなくちゃいけない。でも……でも食べてしまうと、Nが本当に死んでしまった事を認めるみたいで、Nがこの世界から本当にいなくなってしまう様に感じられて……情けないですけど、最期の最期で心が折れそうになったんです。


 そしたら爺さんが「A、早く一つになりなさい」とだけ静かに言いました。食べなさい、ではなく一つになりなさい、でした。それから叔父が俺の身体を取り押さえて、親父が俺の分の箸を使ってNの肉片をつまんで、俺の口の中に押し込みました。


 吐き出してもまた押し込まれるに決まっているし、何より大好きなNを拒む事ができない。そして意を決して肉の欠片を咀嚼し、嚥下した瞬間……僕は確かに、Nを自分の中に感じたんです。


 死んだ筈のNが、僕の中にいるんです。今でも感じるんですよ? 今こうして話している間も、ずっと彼女はここにいるんです。あの時叔父が「食べないなんて考えられない」と言ったのはこういう事だったんだろうな、とその時思いました。


 そして朝の食人の儀式が終わった後で、夜にNの脂を蝋に溶かし込んで作った蝋燭を燃やす段になったんです。これは肉に宿った『魂』を我々の中に取り入れて、後の身体は山へと還す為だと本家の爺さんがこの時話していました。


 その蝋燭は一見すると普通のサイズの二・五倍くらいの蝋燭で、それが十本前後くらいあるんです。でもね、それが何とも言えないくらい……綺麗なんです。透けてるみたいな白で、手触りが蕩ける様だったんですよ。


 あとはそれ全部に同時に火を着けて、闇夜の中で蝋燭が燃え尽きるまで親族全員で見守るんです。パッと見た感じ、どこにでもありそうな供養ですね。……蝋燭の中に人の脂が入っていなければ、ですけどね(A氏が苦笑する)。


 爺さんが蝋燭に火を着けると、どこか肉を焼く様な、明らかに蝋燭の匂いではない香りが漂ってきたんです。それがまた何とも言えず良い香りで、頭がぼぅっとしてくるんですよ。蝋燭の匂いの筈なのに、Nの匂いの様にも思えてきて、ああ……Nの身体が燃えているんだな、と感じました。


 俺はNを感じる事ができるけど、Nはもういないんだ。そう考えると、涙が一筋流れ落ちました。


 それから村に子どもがいなくなったのと、関東の大学に進学が決まった事で、俺はその村から出て行きました。もうその村にいたくなかたんですよね。最初儀式を否定した事で村の人間から変な目で見られる様になってしまいましたしね。終いには村から出て行けとまで言われてしまいました。


 ……きっと俺は報いを受けますよ。村の人間は皆短命なんです。人を喰った呪いなのか、人を食ったことで病気に罹ったかは分かりませんが、皆五十や六十までに死んでしまうんです。僕もNを食べてしまった以上、長くは生きれません。


 これで取材は終わり、ですか。長い間変な話を聞かせてしまってすみませんでしたね。記者さんもお忙しいでしょうに。


 え? 興味を持ったから他の親族の話を聞きたい? ……それは難しいんじゃないかなあ。Nの儀式をやった後、皆バタバタ死んじゃったんで。


 きっと俺が蔵の中で呪った所為じゃないでしょうかねぇ。最初に叔母が死んで、次に親父と母が死んで、その次に叔父が死んで……本家の爺さんは今どこに住んでいるのか知りませんし、他の親戚も近くに住んでいる人は皆いなくなってしまいました。


 今日はもう帰りますよ。また何か話したくなったら、取材の前に渡した名刺に書いてある電話番号に連絡をください。いつでも待っています。


 それでは、お元気で。今日はずっと隠していた事を打ち明けられてすっきりしました。にしても記者さん聞き上手ですよね、ついつい話すのに熱が入りました。


 ああ、そうそう。話ついでに最後に一つだけ、言っておきますね。


 俺、最初に「忘れられない」って言ったじゃないですか。あれ、この儀式の事じやないんですよ。


 あはは、驚いた驚いた(A氏が大声で笑う)。いやいや、思っていた通りのリアクションで良かったですよ。これにまで驚かなかったらどうしようかと。


 俺が忘れられないのは、思い出じゃないんです。俺が忘れられないのは――


 あの時食べた、人間の肉の味……なんですよ。




(※それ以降、A氏と連絡は取れていない。尚、その村の付近では一家の失踪事件が多発しており、まもなく時効を迎えようとしている)

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