第101話:すり減った心身
あれから街中を歩き、俺の家まで案内した。
「ここが今住んでる家だよ」
「……な、なんと! 思っていた以上に立派ですわ!」
フレイヤがやたら反応してくる。
確かに普通の一軒家に比べたら大きい家かもな。
「だろう? 私も最初は驚いたもんさ。このクラスの屋敷は王族を除くなら、貴族か名のある商人ぐらいしか住めないだろうからな」
「ですわね。このような屋敷を所有しているのなら、さぞかし名のある貴族なんでしょうね」
「えっ」
フレイヤが興味ありそうな目でこっちを見てきた。
「貴方は何処の出身ですの? わたくしの記憶にある限りでは聞いたことのない名前でしたけど」
「えっと……その……」
実は異世界から来ました!
……なんて言えるわけもない。
どうしようか……
「まぁいいじゃないか。ヤシロにだって事情があるんだろう。我々は有難く泊めさせて貰おうじゃないか」
「……そうでしたわね。詮索するような真似は失礼ですね」
よかった。ヴィオレットが助け舟を出してくれたお陰で助かった。
後で礼を言っておかないとな。
「とりあえず中に入ろうよ」
「そうだな」
「分かました」
「はい!」
そして皆で家の中へと入った。
中は広く俺達だけでは持て余しそうだった。
「さて。では掃除から始めますわ。道具は何処にあるのですか?」
フレイヤが急にこんなことを言ってきた。
「今日は時間が無いので全部は出来ませんが、寝室ぐらいは綺麗にしますわ」
「あ、あの……フレイヤ……?」
「ご安心なさい。明日からは屋敷の隅々まで掃除いたしますわ」
「いやそうじゃなくて……」
「それから食事は何時がいいですか? 出来れば早めにして頂けたら、わたくしも動きやすいのですが」
「おーい……フレイヤ?」
何だ何だ。フレイヤは急にどうしたんだろう?
いきなり掃除だの食事だの言い始めたぞ。
「何か? 早くしませんと日が暮れてしまいますわよ?」
「あのさ。いきなり掃除だの言い出してどうしたの? そこまで汚れてないと思うんだけど……」
「それでもやれと命令したのはそちらでしょう? 汚れがあったら減給すると言い出したのはそちらじゃないですか」
「……は?」
どういうことだ?
フレイヤが言ってることがサッパリわからん……
「な、なぁヴィオレット。フレイヤが言ってることが理解できないんだけど……」
「わ、私に聞かないでくれ。私だって困惑しているんだ……」
「フレイヤってああいう性格の人なの? 綺麗好きなのかな?」
「どうだろうな。出会ってから日も浅いからそこまで知らないんだが……」
「あ……そ、そうだったな……」
命令だの減給なの意味不明なことを言ってくるのは何なんだろう。
俺はそんなこと言ったつもりは無いんだけどな。
「ご主人様……直接聞いてみたらどうですか?」
「それしかないな」
キョロキョロと何かを探している様子のフレイヤに近づいてみる。
「なぁフレイヤ。さっきから言ってることがサッパリ分からないんだけど。何があったんだ?」
「はい? ですから全部命令したじゃないですか。雇ったんだからこれぐらい出来て当然だ……と……………………」
「? フレイヤ?」
「…………」
今度は動きが止まった。完全にフリーズしてやがる。
さっきから何なんだろう……?
「フレイヤ? どうしたの?」
「…………」
「おーい? 聞いてるかー?」
「…………そうでしたわね。もうこんなことする必要無かったんですわ……」
「……?」
今度は落ち込むようなテンションになった。
フレイヤの行動がさっぱり分からん。
「あのさ。何があったのか話してくれないか。俺は命令だの減給だの言った記憶はないぞ?」
「…………ごめんなさい。人違いですわ。毎日のようにミルトンに命令されていたのでつい……」
「ミルトンって……確かフレイヤの雇い主だったな」
「ええ……」
まさかあの性悪貴族の名前が出てくるとはな。
野郎のことは思い出したくもないが、フレイヤのことを雇っていたからな。
そういやミルトンが嫌になって辞めてきたんだっけか。
何となく事情が読めてきたぞ。
「なぁヤシロ……もしかしてだけど……」
「ああ。俺も丁度そう思っていたところだ」
「フレイヤさん……」
どうやら2人とも察した模様。
「なぁフレイヤ。言いにくかったら言わなくてもいいんだけど、何があったんだ?」
「……最初は護衛として雇われましたわ。でも次第に護衛以外の仕事を押し付けるようになっていきましたの」
「そうか……」
「掃除やら食事やら馬車の手配やら……全部わたくし1人でやっていました。少しでも粗相があると、すぐ怒鳴り散らしてきますの」
「…………」
「それでも給金だけはしっかり頂けていましたし、他よりも収入が多かったので我慢して続けていましたわ。でも次第に様々な命令をしてくるようになりました……」
「へ、へぇ……」
何だかブラック企業みたいな雰囲気が感じる。
フレイヤ一人にどんだけ仕事押し付けてたんだよ……
「というかさ、他の人は居なかったの? あのミルトンとかいう奴は金は持っていたはずだよね?」
「基本的にはわたくしだけでしたわね。他の方も居ましたけど、わたくしばかりに命令していましたわ」
高い金払ってるからその分働けってことだろうか。
「なんでフレイヤばかりに命令してたんだろうな……」
「人を囲うようなことは落ち着かなくて嫌だと話していましたわ」
「人混みを嫌うタイプか」
「もしくは……わたくしが苦しんでいる姿を見て楽しんでいただけかもしれません……」
「……なるほどね」
あの性悪貴族のことだ。その可能性は十分あるな。
それだけ嫌がらせされたんだ。相当なストレスだっただろうな。
んで俺と出会った時に我慢の限界を超えた……ってところか。
「ふふっ……ようやく解放されましたのに、体が勝手に動いてしまいましたわ……」
「…………」
自嘲気味に笑う表情が痛々しい……
毎日ように働いてたから体が覚えていたんだな。それでさっきのように無意識の内に日課をこなそうとしていたんだろう。
ブラック企業を辞めても癖で仕事をしようとしてしまうようなものだろうか。
何だか親近感湧いてきたな……
「あのさ、今日はもう休んだらどうだ? 2階の部屋は自由に使っていいからさ」
「そうだな。ヤシロの言う通りだ。まだ疲れが取れないはずだからゆっくり休むといい」
「その……元気出してください!」
「……ありがとうございます。ではお言葉に甘えますわ……」
そしてフレイヤは2階へと向かっていった。フレイヤの背中から悲壮感が漂っているようにも見えた。
しばらくは優しくしてやろう……
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