第102話:ギンコと添い寝

 夜になり俺達も寝ることになった。

 ヴィオレットもしばらくこの屋敷に住むことになっているので、2階の空いている部屋に案内することにした。


「改めて見ても広いな。よくこんな立派な屋敷が手に入ったな」

「ま、まぁ色々あってね……」


 運よくタダ同然で手に入っただけだしな。あまり自慢できるようなものじゃない。

 でも悪い気はしない。


「えーと。奥の部屋はフレイヤが使ってるから、その隣の部屋でいいかな?」

「どこでも構わないさ。野宿を覚悟していたわけだし、屋根のある場所で寝られるだけで十分ありがたい」

「そ、そうか……」


 そういや金欠とか言ってたな。

 野宿に慣れていそうではあるが、やはり可能なら安心して寝られる場所がいいはずだ。

 ヴィオレットには色々と世話になっているし、本人が希望する限りは何日でも泊めてあげるつもりだ。


「それでは私は寝ることにするよ。ここまでしてくれて本当に感謝している。ありがとう」

「こっちも助けてもらったし、気にしなくてもいいよ」

「ヤシロは優しいな。ここまで親切にしてくれる人と出会ったのは初めてかもしれん。惚れてしまいそうだ」

「……!?」

「……えっ!?」


 ヴィオレットがじっと見つめてくる。その目は真っすぐ俺を見ていて、真剣な表情だった。

 惚れてしまいそうって……本気なのか……?


 いやいや落ち着け。早とちりするんじゃない。

 俺を喜ばせるためのお世辞みたいなものなんだ。

 きっとそうに違いない。


 ……そうだと分かっていても心臓の鼓動が早くなってしまう。


「あの……それって……」

「もう眠いし、先に寝させてもらうよ。では2人ともおやすみ」

「あっ……」


 言い出す前に部屋に入ってすぐにドアを閉めてしまった。

 今のは何だったんだろう。ヴィオレットってあんな冗談を言うような人だったっけか。


 だが冗談だと分かっていても嬉しくなる。ヴィオレットは見た目は結構な美人だしな。そんな人から好意を持たれるような言動を聞いたら嬉しいに決まっている。

 お世辞だと分かっていても舞い上がりそうだ。

 今日は良い夢が見れそうだ。


「さて。俺ももう寝るよ。それじゃあおやすみ――」


 その場から離れようとした時、ギンコが俺の服を掴んでいたことに気づいた。


「ギンコ? どうした?」

「私も……ご主人様と一緒の部屋がいいです……」

「え……それって……」

「ダメですか……?」


 ギンコが悲しそうな表情で見上げてくる。


「いや、でもなぁ。せっかく部屋があるんだから、わざわざ俺の所に来なくてもいいんだぞ」

「…………」


 寝室は4部屋あるので、丁度全部埋まる。

 なるべく無駄が無いように使ってもらいたいんだよな。


「どうしたんだ。せっかくギンコにも部屋があるんだからそこで寝ればいいじゃないか。1人でゆっくり寝ればいいだろ」

「…………」


 どんどん泣きそうな表情になっていく。

 そんなに俺と一緒がいいのかな。


「…………分かったよ。そこまで言うならいいよ」

「!! や、やったぁ! じゃあ一緒に寝ましょう!」

「お、おう……」


 途端に元気になりやがった。そこまで嬉しかったのか。

 ギンコも年頃の女の子なんだし、1人で寝たいと思ったんだけどな。

 まぁいいや。ギンコの耳と尻尾は触り心地がいいし、それを堪能しながら寝ることにしよう。


 自分の部屋に入り、ベッドに寝転がる。するとギンコも俺の隣に寄り添ってきた。

 その上に布団をかぶせると、ギンコは俺に密着してきた。


「んじゃおやすみ」

「おやすみなさい……」


 ギンコが密着しているから温かい。これはちょっとした湯たんぽ代わりになりそうだ。

 寒い季節になったらこうやって一緒になるのも悪くないかもな。

 そんなどうでもいいことを考えていると……


「……クンクン」


 ギンコが俺の腹辺りに顔を埋めてにおいを嗅ぎ始めたのだ。


「ギンコ? どうしたんだ?」

「……ご主人様の……においを……嗅いでただけです……」

「えっ。俺ってそんなに臭いのか?」

「そうじゃないですよぉ~。と~ってもいいにおいがするんですぅ~……」

「そ、そうか……」


 前々からそうだったけど、ギンコはやたら俺のにおいを嗅いでくるんだよな。

 犬や猫がよくにおいを嗅ぐ習性みたいなもので、獣人にもそういうのがあると思っていたんだけど……


「クンクン……すぅ~~~~はぁぁぁぁぁぁ~……すぅぅぅぅぅぅぅぅはぁぁぁぁぁぁ~……スンスン……はふぅ…………すぅ~はぁぁ~……すぅぅぅぅぅ…………はぁ~………………スンスン……はぁ~…………えへへ……」


 ギンコの場合は何か違う気がする。ちょっと嗅ぐってレベルじゃない。全力で嗅いでくるんだよな。

 一緒に寝たいと言い出したのはこれが目的だったりするのかな。

 嗅がれてる部分が涼しくなってきた気がする。


「はふぅ~………………幸せ…………」


 俺の体って危ない成分で出来てるんだろうか……?

 明日からは念入りに体を洗った方がいいかもしれない。そうしよう。

 いっそのこと朝から銭湯に行くのもありかな――


 ………………


 ………………あれ?


 何か忘れているような気がする。

 大事な何かを忘れている……そんな感じがする。

 今すぐにでも思い出さないと大変なことになる……そんな気がする。

 しかし何も思い出せない。


 う~ん……何だっけか…………


 ………………ダメだ。思い出せん。


 まぁいいか。その内思い出すだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る