第98話:寒い日にはおでん

 フレイヤは俺達に護衛としてついてくることになった。行先も同じ王都だったから丁度いい。

 ずっと隠れていた御者のおっさんの承諾も得たので特に問題なく話が進んだ。

 それはさて置き、これから出発しようと思ったのだが……


「腹減ったな……」

「まだ何も食べてませんでしたね……」


 そういやそうだった。

 朝食の準備しようとした時にフレイヤ達がやってきたからな。

 さすがに食う暇が無かった。


「今からメシの支度するから待っててくれ。食ってから出発しよう」

「そうだな。何でもいいから口に入れたい」


 みんなも腹を空かせていた様子。


「えーと、5人分になるのか。何にしようかな……」

「あら? わたくしの分もあるのですか?」

「そりゃそうよ。しばらくは一緒に行動するんだから全員分は用意するぞ。それとも腹減ってなかったか?」

「いえ、そういうことではないのですが……」

「ならついでに食っていけ。腹が減っては戦もできぬ……だ」

「そういうことなら頂きますわ」


 というわけで5人分の量を用意することにした。

 とはいってもまだ朝だし、そこまで多くなくていいかな。

 さーて何にするかな……


 …………


 そういやさっきから寒いんだよな。

 フレイヤが魔法で吹雪を呼ぶようなことをしてたからな。だから周囲がまだヒンヤリしている気がする。

 そのせいで体が冷え切ってしまった。

 ……そうだ。あれにしよう。


 さっそく用意し始めることにした。

 大き目の鍋の中にダシの聞いたつゆを入れ、調理済みの具材を次々と投入。

 あとはフタをして煮えるのを待つだけだ。


「見たことのない具ばかりだったな。これは何の料理なんだ?」

「ちと寒いからな。だから体が温まりそうなものにしたんだ」

「ほう。それはいいな」

「そろそろ煮えたかな。フタを開けるぞ」


 フタを開けると同時に湯気が立ち上がる。

 美味しそうなにおいだ。


「さーて出来たぞ。これはな――『おでん』っていうんだ」

「おでん? 聞いたことが無いな……」

「わたくしも初めて見ましたわ」

「とっても美味しそうです!」


 ぐつぐつと煮えた具が実に食欲をそそる。

 やはり寒い日といえばおでんだ。


「んじゃ食おうぜ。熱いから皿で冷やしてから食うといいぞ。はいギンコの分」

「これは何ですか? 白い塊……?」

「それはハンペンだ。柔らかくて美味しいぞ」

「食べてみますね」


 ギンコはハンペンの切り端を口の中に入れる。熱いからかハフハフしながら噛んでいく。


「どうだ?」

「……! ちょっと熱いけど食べやすくて美味しいです!」

「だろ?」


 まだ熱を持っているはずのに次々と食べている。

 そんなに美味かったのか。


「なぁヤシロ。このプルプルしたのは何だ……?」

「それはコンニャクだな。弾力があって噛み応えあると思うぞ」

「この細長いのは何ですの? 中に穴が開いているんですが……」

「そっちのはちくわだ。食感が良くて美味いぞ」

「この大きい塊はなんだべ?」

「お、それは大根だな。味が染みててオススメの一品」


 それぞれ不思議そうに眺めた後、ゆっくりと食べ始めた。

 すると……


「……ほう! なんだこの食感は……? 今まで味わったことない不思議な味だ……」

「このちくわというの美味しいですわ。初めて食べましたけど気に入りましたわ!」

「! すげぇうめぇだ! まるで貴族様が食べているような味だべ!」


 みんなも美味しそうに食べている。やはりおでんは色々な具を選べていいな。

 さて俺も食おう。


「いきなり大根からいっちゃうか」


 俺は大根を残しておくタイプだったが、あまりに美味そうにしていたので食いたくなってしまった。

 一口サイズに切って少し冷やしてから頬張ることに。


 …………


「~~~! これだよこれ!」


 めっちゃ美味い! 

 味が染みてて口の中に広がっていくこの感じ。期待を裏切らない味。最高だな!

 今回は柔らかく煮たが、あえて固めにして食感を味わうってのも悪くないんだよな。


 おでんは大好評だったようで、汁含めて見事に平らげてしまった。

 また今度もやろうかな。




 その日の夜のことである。既に日は落ちていて辺りは暗い。今日も道中で野営することなった。

 俺は馬車から外に出ると、焚き火の近くにフレイヤが座っていた。

 今日の見張りはフレイヤがやるということなったので頼むことにした。

 いつもならヴィオレット1人に任せていたからな。でも今はフレイヤがいる。だから交代で見張りが出来ることが可能になったのだ。

 こういうメリットがあるなら護衛2人にするのもありかと思った。


 そんなことを考えながらフレイヤに近づく。


「あら? どうかしましたか?」

「ちょっと喉が渇いてな。一杯飲んでから寝ようと思ったんだ。フレイヤも飲むか?」

「そうですね、わたくしにも頂けるかしら?」

「あいよ」


 ということでコップを2個置き、用意していたやつを温めてからフレイヤに渡すことにした。


「はい。フレイヤの分」

「感謝しますわ」


 フレイヤは受け取ったコップを覗き込むと、眉をひそめ始めた。


「こ、これはなんですの? 泥水みたいな色をしていますが……」

「飲んでみな。甘くて美味しいから」

「そ、そうなんですの?」

「大丈夫だって。ちゃんとした飲み物だから」


 不安そうにしているフレイヤをよそに一杯飲むことにした。

 俺が用意した飲み物は『ココア』だ。正確に言えばホットココアだけど。


「あーうまい。温まるなぁ~」

「…………」


 飲んでる俺の姿を見て決心したのか、フレイヤも恐る恐る飲み始めた。

 すると……


「……こ、これは! 美味しいですわ……」

「だろ? なかなかイケるっしょ」


 最初警戒してたのが嘘のようにグイグイと飲むフレイヤ。

 一気飲みするようなものじゃないと思うけど……まぁいいか。

 俺も味わって飲むことにする。

 やはりココアはいいな。ガキの頃は寝る前によく飲んだっけな。


 俺はまだ半分も飲んでいないのに、フレイヤはもう飲み干してしまったらしい。


「こ、これは何という飲み物なんですの!?」

「それはココアというんだよ。美味いだろ?」

「ええ! 大変素晴らしい飲み物でしたわ! こんなにまろやかで優しい味は初めてですわ!」

「それはよかった」


 気に入ってくれたようだ。

 明日にはギンコ達にも飲ませてあげようかな。


「そ、それで。これは何処で手に入りますの!?」

「え……いや……その……ひ、秘密」

「そ、そんな……! もったいぶらないで教えてくださいまし!!」

「だ、だから……企業秘密ってことで……」

「う~……」


 すげぇ恨めしそうに睨んでくる。

 そんなに気に入ったのか。


「貴方はこれをまだ持っていますの?」

「まぁね。おかわりが欲しいの?」

「…………」


 急に視線を反らして黙ってしまった。何か考えているみたいだ。

 しばらくしてからポツリと話し始めた。


「……そういえば護衛料のことは話していませんでしたね」

「あ、そういやそうだったな。王都につくまでにいくら払えば――」

「でしたら! 王都につくまでこのココアとやらをわたくしに飲ませてくださいませんか!? それで護衛料代わりとします!!」

「え、ええええ!?」


 それってつまり……タダってことか?


「い、いいのか? こんな飲み物ぐらいでチャラにしてくれるなんて……」

「貴方は分かっていません! このココアとやらはそれほど価値があるんです! はした金貰うよりよっぽど価値がありますわ!」

「そ、そうなのか?」

「間違いないです!」

「近い近い……」


 すごーく個人的な主観が入っている気がする。大げさすぎる。

 そんな興奮するほど気に入ったのか。


「フレイヤが言うならそれでもいいけど……本当にいいんだな?」

「ええ! こんな素晴らしいものが存在したなんて感激ですわ!」

「そ、それはよかったな……」


 本当にいいのかなぁ……

 でも本人がタダでいいって言ってるし……


「ただし! 毎日用意することです! いいですね!?」

「わ、分かったよ。それぐらいでいいのなら……」

「毎日ですからね! 必ずですよ!? 約束ですよ!? 今さら断っても遅いですからね!?」

「分かっての! だから近い近い……」

「ふふふ。交渉成立ですわ!」


 まぁいいか。ココア程度なら毎日出せるし。

 これからは毎日ココアを飲むことになりそうだ。


 残っていた分を飲み干し、馬車に戻ることした。

 その間、コップを見つめながらずっとウットリしていたフレイヤだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る