第96話:氷の魔女②

「勝負……ですか?」

「ああそうだ。俺と勝負しようぜ」


 カタログから手に入れたこれ・・を使えば勝機はある。

 あとは相手も俺の提案に乗ってくれれば……


「ば、馬鹿を言うな! 何を考えているんだ!?」

「そうですよ! いくらなんでも無茶ですよ! 私たちがなんとかしますからご主人様は安全な場所に居てください!」


 ヴィオレットとギンコがすごい剣幕で寄ってきた。

 心配しれくれるのは嬉しいけど……


「落ち着け。二人の気持ちはよく分かるけど、俺だってお前らが心配なんだよ」

「しかしだな。私は護衛としてここに居るんだ。ならば今こそ、その役目を果たす時なんだ。心配は要らないさ」

「私だってそうです。ご主人様のお役に立ちたいんです。信じてもらえませんか……?」

「そりゃあ二人の事は信じてるさ。でも無用な争いは出来るだけ避けた方がいいだろ?」

「そうですけど……」


 ふーむ困ったな。

 引いてくれそうにない。


「とりあえずさ。ここは俺に任せてくれないか?」

「ヤシロ一人でか?」

「ああ。ちょっと考えがあるんだよ。もし駄目だったときはその時に二人を頼るから」

「でも……」

「お前らだってなるべく穏便に済ませたいだろ? あのフレイヤという人も悪い人には見えないし。もしかしたらあっさり引いてくれるかもしれないぞ?」


 見た感じ、性悪貴族に仕方なく雇われただけという関係って感じがするし。

 話が通じる相手な気がする。


「そこまで言うなら……」

「分かりました……。でも無茶はしないでくださいね?」

「おう」


 二人は渋々と道を開けてくれた。

 その先に居るフレイヤに近づく。


「待たせたな」

「構いませんわ。それで貴方一人がお相手するということでよろしいのですの?」

「その通りだ。俺と勝負してもらう。だから他の人には手を出すな」

「……いいでしょう。貴方と決着付けるまで手出しはしないと約束しましょう」


 よし。これでタイマン勝負に持ち込めた。

 あとは俺の提案に乗ってくれるかどうか。


「ではいきますわよ――」

「まぁ待て。そう焦るなって。何か勘違いしてないか?」

「はい? 何がですの?」

「勝負ってのは暴力だけが全てじゃないだろ? だから俺が言う条件で勝負してもらう。それでいいか?」

「やけに自信があると思えば……そういうことでしたか。つまり貴方の得意分野で決着をつける……ということですね?」

「そんな感じ」

「…………」


 お。これはいけそうかな?


「安心しろって。一方的に不利な条件をつけたりしないから。むしろそっちのが有利なぐらいだ」

「それは……本当ですの?」

「ああ。なんせそっちは魔法が使えるんだろ? 自由に使えばいいさ。俺は使わないからさ。つーか使えないし」

「…………」

「どうだ? 受けてくれるか?」

「……いいでしょう。受けて立ちましょう。それ程の自信がどこからくるのか興味が湧いてきましたわ」


 おっしゃ。上手くいった。

 後は……


「それじゃあ取り決めついて話そうか。とりあえず勝者が、敗者に何でも命令できる。敗者それに逆らわない。こんな感じでいいか?」

「いいですわ」


 とっさに思いついた内容だがこれでいいだろう。


「おいフレイヤ! 何を勝手に決めてるんだニ! とっととそいつらを始末するんだニ!」

「お黙りなさい。これはわたくしが引き受けた勝負です。元よりあの方が狙いなんでしょう? ならば勝てばいいだけです」

「しかし……勝てるんだろうな……?」

「負けるつもりは毛頭ありませんわ。それともわたくしを信用できないと?」

「……ふんっ! 勝てるならそれでいいニ。さっさと終わらせるんだニ!」

「そのつもりですわ」


 話はついたかな。


「それで? 勝負内容はどうするんですの?」

「これだよ」


 用意していた透明なグラスを見せた。

 グラスには液体が入っていて、それ以外は特に何も無く普通だ。


「それがどうかしまして?」

「この中に入っている液体をあんたが凍らせることが出来ればそっちの勝ち。出来なければ俺の勝ち。どうだ?」

「…………それだけですか?」

「そうだ。シンプルで分かりやすいだろ?」

「………………馬鹿にしてますの? わたくしにかかれば一瞬で凍らせることが出来ますよ? それともわたくしの実力を知らないのですか?」

「いやいやそういうわけじゃないさ。でもあんたは氷の魔女とも呼ばれるほどすごいんだろ? だったらこれくらい朝飯前なんじゃないか?」

「それは……そうですが……。けどあまりにも貴方が不利でなくて?」


 ふむ。もう一押しか。


「さっき何でも凍らせれるって聞いたんだけど、あれは本当なのか?」

「ええ。事実ですわ。凍らせられない物なんて存在しませんわ」

「ならそれを見てみたいなーって思ってさ。それとも嘘だったりするのかなー? まぁ出来ないなら俺の勝ちってことになるけどそれでいいのか?」

「…………ッ! そこまで言うのなら仕方ありません。ならばわたくしの実力を見せてさしあげますわ」


 持っていたグラスをフレイヤが奪った。


「その目によく刻むことですわ。わたくしの魔法の力を――!」


 そう言った瞬間、手に持っているグラスの周辺が凍り始めた。


「おお。マジで凍った」

「見まして? これくらいなら一瞬で凍らせることが出来ますわ。わたくしの力を侮ったことを後悔なさい。これで勝負は決まりましたわね」

「何を言っているんだ。そのグラスの中身をよく見ろ」

「? それがどうかして………………ッ!?」


 中の液体はまだ揺れている。

 つまり凍ってない証拠。


「これで俺の勝ちだな」

「あ、ありえませんわ!? 確かに凍らせたはずです! なぜ変わってないんですの!?」


 さすがに予想外だったのか、すごく動揺しているな。


「決着はついたし、もういいよな?」

「お、お待ちなさい! もう一度やりますわ! 今のはすこーしだけ油断していただけ……そう、手加減していただけですわ! 本来の力はこんなものではありません!」

「へぇ?」

「次こそは本気でいきますわ。ですからもう一度チャンスをくださいまし!」

「まぁいいけど」

「同じは失敗は繰り返しません……これならっ!」


 フレイヤの足元から氷が現れ、徐々に大きくなっていく。

 腰の高さまで成長した氷はテーブルのような形となっていた。

 フレイヤはそのテーブルにグラスを置いた。


 わぁ便利。氷のテーブルとかオシャレでいいな。


「これが……わたくしの……全力……ですわーーー!!」


 そう叫ぶと、急に周囲の気温が下がっていった。


「ギンコちゃん。少し離れていたほうがいい」

「は、はい!」


 なんかやばそうだ。

 俺も離れとこ。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 次の瞬間、急に吹雪がやってきた。

 テーブルの周りだけ激しい猛吹雪となっている。

 これが氷の魔女と呼ばれた実力か。

 あの性悪貴族が信頼するだけあるな……


 ってか寒い。

 寒い寒い寒い!

 南極にでも居る気分だ。


「おーい! 少しは手加減してくれよぉぉぉ!」

「まだまだ……こんなものではありませんわー!」


 駄目だ全然聞いてねぇ。

 もう少し離れよう。


 超局所的な猛吹雪はしばらく続き、収まったのは数分後だった。

 収まった後に様子を見てみると……


「……でっけぇ岩だな」


 さっきグラスが置かれてた場所には巨大な氷の岩が存在していた。

 あんなデカい氷はテレビでしか見たことないや。


「はぁ……はぁ……こ、これで……どうですか……?」

「つーかこんなにデカいと中身確認できないじゃん……」

「ご安心なさい。すぐ取り出しますわ」


 そう言って指を鳴らすと、氷が次々と砕けちった。

 本当に便利な魔法だな。

 あとはグラスの中身を確認するだけだ。


「んーと………………うん。凍ってないね。んじゃ俺の勝ちね」

「!?!?!? そ、そんな……う、嘘ですわ……」

「ほら。見てみろ」


 グラスを傾けると、入っていた液体が地面に滴り落ちた。


「あ、ありえませんわ……このわたくしの魔法でも凍らないなんて……」


 中に入っていた液体はもちろん普通のものじゃない。

 あれは不凍液と呼ばれる液体なのだ。その中でも特殊なもので、-100℃ぐらいなら耐えられるとの代物だ。

 まぁ水とは一言も言ってないし、確認しない方が悪い。


 実は途中から気づいたことだが、魔法の力なら不凍液なんて関係なく凍らせてしまうんじゃないかと思ったりした。

 だがどうやら科学の力が勝利したみたいだ。

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