第95話:氷の魔女①
朝起きると、すぐにヴィオレットが謝って来た。
「昨日はすまなかった。見苦しい姿を見せてしまったな……」
「あーうん。気にしてないから大丈夫だよ」
あんなに取り乱した姿を見るのは初めてだったからな。
まぁずっと探していた人の情報が出てきたから無理もないか。
「? 昨日に何かあったんですか?」
「何でもないよ。ちょっと世間話をしていただけさ」
「……?」
ギンコはぐっすり寝ていたもんな。
まぁあえて全部話す必要もあるまい。
「それでだ。ヤシロ」
「ん?」
「昨日言っていたことは本当なのか? バルトロさんと会ったことがあるというのは」
「本当だよ。けど昨日も言ったけどそう名乗っていただけで、ヴィオレットが探している人とは違うかもよ? それでもいいの?」
「それでもだ。私は会いたいんだ。この為に旅を続けていたんだからな。どんな結果になろうとも受け入れる覚悟はあるさ」
ヴィオレットの目は真剣だった。
念願の恩人と会える可能があるんだ。
さすがに会わないという選択肢はないか。
「大丈夫だって。王都についたら案内するから。それだけは約束する」
「そうか……! ありがとう。本当にありがとう。ヤシロに会えてよかったよ」
「これも何かの縁だしね」
とりあえずこれからやることは決まったな。
あとは王都に目指すだけだ。
「腹減ったし、軽く食ってから出発しようか」
「はい!」
「そうだな」
「助かるべ」
さて何を食おうか。
あれこれメニューを考えていると、馬車が近づく音が聞こえてきた。
音がする方向に向くと、複数の馬車が列になって移動していた。
どうやら団体でくるらしいな。
なんとなーくその光景を眺めていると、一つだけやたら豪華な馬車が存在していた。
たぶんあれには金持ちが乗っているんだろうな。
中には貴族でも居るんだろうか。
そんなどーでもいいことを考えつつ、少し離れた先で団体が通りすがるのを眺めていた。
そろそろ見るのをやめようかと思った時だった。
「……! あ、あいつは……! お、おい! すぐに馬車を停めるニ!」
なんだなんだ。
急に馬車が次々と止まり出したぞ?
それにどっかで聞いたことのある声が聞こえたような……?
「間違いない二……! まさかこんな場所に居たとは……!」
すると突然、豪華な馬車から小太りのおっさんが出てきた。
身なりがやたらよく、いかにも成金な感じの恰好だ。
「おい! 貴様! こんな所で何してるんだニ!?」
「え? まさか俺のこと?」
「他に誰が居るんだニ!?」
いきなり変なおっさんにガンつけられたぞ。
やたら偉そうだ。
……いや待て。
こいつどっかで見たような……?
「探しても見つからないから諦めるところだったニ。だがまさかこんな所で見つけるとはな。幸運だったニ」
「…………」
………………あ。
まさかこいつ……
「ふんっ! けどようやく見つけることが出来たニ! ジュゲムジュゲム!」
思い出した!
こいつ奴隷屋で遭遇した性悪貴族だ!
あの時は倍額でギンコを買う羽目になったんだよな。
二度と会いたくなかったから記憶を封印してたんだ。
「お前はあの時の……………………名前なんだっけ?」
「ぐぎぎ……こ、この……! 余の名前を忘れるとはいい度胸だニ!」
だって関わりたくなかったし、覚えたくも無かったんだもん。
「ならば教えてやるニ! よーく覚えておくがいいニ!」
「ご主人様の知り合いですか?」
「んーなんというか、知り合いたくも無かったというか……」
「おい! ジュゲムジュゲム! 聞いてるのか!?」
面倒くさいなぁ。
もう相手するのも嫌だ。
「あいつはまさか……ミルトンじゃないか?」
「ヴィオレットは知ってるの?」
「まぁな。前にちょっとな」
意外だな。
ヴィオレットも知っていたなんて。
「無視するんじゃない! ジュゲムジュゲム!」
「さっきからじゅげむじゅげむ?とか叫んでいるが何のことだ?」
そういやあの性悪貴族には偽名を伝えていたんだっけ。
つーか未だに信じているんかい。
「二人ともちょっとこっちに」
「はい?」
「?」
ギンコとヴィオレットを連れて少し離れた場所に移動した。
ここなら会話は聞こえまい。
「あいつの前で俺の本名を言わないでほしいだ」
「何故だ? というかヤシロはミルトンとどういう関係なんだ?」
「まー色々あってな。面倒事は避けたいんだ。つーかヴィオレットはあいつのこと知っていたんだな」
「前にちょっとな。あまりいい思い出ではないが」
ヴィオレットですらそういう評価なのか。
余程嫌われているんだなあいつ。
「とりあえずだ。俺の名前は出さないでほしい。頼む」
「分かりました」
「よく分からんが承知した」
これで名前がバレることはあるまい。
「貴様ら! なにコソコソしているんだニ! このミルトン様を無視するとはいい度胸じゃないかニ!」
ああもう本当に面倒だ。
相手したくない。
「で? 俺に何の用なんだよ。こっちも急いでいるんだ。手早く終わらせてくれよ」
「ふんっ! 随分と余裕じゃないかニ。その態度がいつまで持つかニ?」
「は?」
「ここで会ったのが運の尽き。貴様には地獄を見せてやるニ……!」
「…………」
「余を侮辱したことを後悔するがいいニ! おい! フレイヤ! 出番だニ!」
ミルトンがそう叫んだ後、豪華の馬車から一人の女の子が降りてきた。
「なんですの? さっきから騒がしいですわよ?」
女の子は淡い蒼色の長い髪で、大き目なローブを纏っていた。
どこか気品がありそうな雰囲気だった。
「彼女は……! 氷の魔女!」
「え? ヴィオレットは知ってるの?」
「まぁな。なかなか優秀な魔術師らしい。氷の魔法を操り、どんな強力な魔物も氷漬けにしてしまうと聞く。それで氷の魔女と呼ばれているらしい」
「へぇ~」
氷の魔女……ねぇ……
大胆な名が付けれたもんだ。
「ニッシッシ……よく知っているな。その通りだニ。こいつは余の雇った腕利きの護衛なんだニ」
「ふーん。それで、その人が何の関係が?」
「ふんっ! 決まっているじゃないか! 貴様を始末するためだニ!!」
「……は?」
おいおいおい。
今こいつなんっつった?
俺らを始末するだと……?
「どうだ恐れ入ったか? 氷の魔女とも言われたフレイヤにかかれば貴様ごときでは敵う相手じゃないニ!」
「つまり……わざわざ探していたのはこういう目的だったわけか……?」
「やっと気づいたか! でももう手遅れだニ! 貴様は今ここで終わるんだニ!!」
なんてしつこい野郎だ。
気に入らなけりゃ消すってか。
とことん腐ってやがるな。
「……お待ちなさい」
フレイヤと呼ばれた女の子がそんなことを言ってきた。
「何だニ?」
「話が違いますわよ。わたくしは貴方の護衛で雇われた身です。襲い掛かってきた山賊ならともかく、何もしていない相手に危害を加えるつもりはありませんわ」
「黙れ! 偉そうな口を利くんじゃないニ! こっちは金を払っている雇い主なんだぞ! お前は黙って従っていればいいんだニ!」
「ですが……」
「それとも何だ? このミルトン様に逆らおうとでもいうのかニ?」
「…………」
なんだなんだ。
仲間割れか?
「……分かりましたわ。今回だけですわよ」
「ふんっ! 最初からそうしていればいいんだニ!」
フレイヤがこっちを向く。
「貴方には恨みはありませんが……ここでお相手してもらいます」
困惑した表情のままそう言ってきた。
「ま、待てよ。マジで俺を殺す気か……?」
「ご安心なさい。命までは取るつもりはありませんわ。あくまで動けなくするだけ。その後は知りませんわ」
どのみち一緒じゃねーか!
「さすがに聞き捨てならないな。彼に危害を加えるつもりなら私が相手になろう」
「ヴィオレット……」
ヴィオレットが俺を庇うように前に立った。
「あら、貴方は、もしかしてヴィオレット……でしたか?」
「ほう。私のことを知っているのか」
「勿論ですわ。優秀な魔術師だという噂でしたから。まさかこんな形で出会うとは思ってもいませんでしたが……」
「それは光栄だな。私も一度会ってみたいと思っていたところだ」
「ええ、でも残念ですわ……本当に……」
二人は複雑な表情のままにらみ合う。
「二人とも下がっているんだ。私がフレイヤを食い止める」
「でしたら……私も戦います!」
「ちょ……ギンコ!?」
待って待って。
なんでギンコも出てくるんだ。
「ギンコちゃんも下がっているんだ。君までケガをさせたくない」
「そうだよ。ギンコまで出ていく必要はないだろ!」
「私だって戦えるんです! 前にも言いましたよね? ご主人様を護るって」
「そうだけど……」
「私はこういう時でしか役に立てませんから……だから、私だってご主人様のためにがんばりたいんです!」
「ギンコ……」
確かに俺を護るとか言っていたが……
まさかこんなに早くその機会がくるとは思っていなかった。
「ギンコちゃんも一緒に下がっているんだ。フレイヤは私がなんとかするから」
「いいえ。私も協力します! それに、許せないんです」
「な、何がだ?」
「あの人、ご主人様を傷つけようとしています。それが許せないんです。何があったか知りませんが、すごく悪意を感じます。このままだと何をしてくるのか分かりません。ですから私にも手伝わせてください!」
ヴィオレットは少し悩んだ後、ギンコを見つめた。
「………………そこまで言うなら仕方ない。だが決して無理をするなよ?」
「はい! 任せてください! 私だってやれるんです!」
ギンコもヴィオレットと同じように前に出た。
「2対1ですか……いいでしょう。ならばお相手いたします。大けがをしても恨まないでくださいね?」
「ニッシッシ! 馬鹿な奴らめ! 貴様らが束になってかかろうがフレイヤに敵うはずがないニ!」
「………………」
まずいまずいまずい。
このままだと二人とも無事では済まない。
不本意ではあるが巻き込んだしまった俺に責任がある。
さすがに見ているだけとはいかない。
一体どうすれば……
「さぁフレイヤよ! 奴らに目に物を見せてやるんだニ!」
「…………」
「これで貴様らもお終いだニ。フレイヤは何でも凍らすことが出来るニ。まとめて凍り漬けにして魔物の餌にしてやるニ!」
なんつー悪趣味な奴だ。
だが自信たっぷりだ。
それだけフレイヤという人の実力を買っているんだろう。
このままだとギンコ達が危険な目に……
何か手は無いのか……?
……………………
……ん? 待てよ?
確かカタログの中に…………あった。
………………
よし!
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!」
俺の掛け声で全員が振り返る。
「どうした?」
「何ですか?」
「いや二人にじゃない。そこの人。フレイヤとか言ってたな」
「わたくしに何か?」
その場に居る皆が俺に注目した。
「俺と勝負しないか」
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