第94話:ヴィオレットの過去

 …………眠れない。


 メシも食い終わり、既に周囲は暗く馬車の中で寝ようとしていたのだが、未だに寝ることが出来なかった。

 なぜだか妙に目が冴えてしまっている。

 ギンコはもう寝たようで、隣で小さい寝息を立てている。


 このまま横になっていても寝れそうにないし、少し外に出るかな。

 薄暗い中、ギンコを起こさないように静かに起き上がり、馬車の外に出ることにした。


 馬車から出ると、ヴィオレットが焚き火の側で座っているのを発見した。

 ヴィオレットは火を見つめていたが俺に気づいたようで、声をかけてきた。


「どうした? 何か用か?」

「いや、目が冴えちゃってさ。なかなか寝れないんだよ。だから少し外の空気吸おうと思ってたところなんだ」

「そういうことか。ならこっちくるか?」

「うん。じゃあそこに座るよ」


 焚き火の側まで移動し、ヴィオレットの近くに座ることにした。


「………………」

「………………」


 特に会話も無く、ずっと火を見つめていた。

 こうして火を見ていると不思議と心が落ち着く。

 これは人間の本能なんだろうか。


 なんとなくヴィオレットの方に顔を向けた。

 ヴィオレットは大変だな。こうして一人で見張りをしているんだから。

 まだ若いのにとても頼りになる。

 確か人を探して旅をしていると言ってたっけ。


 あ、そういえばヴィオレットが探している人って誰なんだろう。

 ずっと気になってはいたんだけど、なかなか聞く機会が無くて知らずにいる。

 今ならチャンスかもしれない。

 聞いてみるか。


「あのさちょっと聞いていい?」

「ん? どうした?」

「ヴィオレットが探している人ってどういう人なの?」

「……ああ。そのことか」


 少し間があった後、ヴィオレットは目を細めた。


「私はな、とある魔術師を探しているんだ。だがなかなか見つからなくてな……」

「そんなに会いたい人なの?」

「ああ。何としてでも見つけたいと思っている。何年かかろうとも諦めるつもりは無い」

「へ、へぇ~」


 思った以上に重要人物らしいな。


「だが一向に手掛かりが見つからなくてな。あらゆる場所に行って探している最中なんだ」

「なんでそこまでして会いたいの?」

「その人はな…………私の恩人だからだ」


 ヴィオレットはどこか悲しそうな表情だった。


「恩人?」

「そうだ。命の恩人だ。あの人が居なかったら、私はここに存在していないだろう」

「なるほどね……」


 命の恩人か。

 確かに会いたいと思う気持ちは分かる。

 けどそこまで必死になる必要は無いようにも思える。

 何がそこまでヴィオレットを駆り立てるんだろうか。


「何でそんなに会いたいの? 約束でもしてたの?」

「そういうわけでは無いんだ。私が一方的に思っているだけだ」

「じゃあ何で……」

「ふむ。それを説明するには……私の過去を話す必要があるな。少し長くなるが聞くか?」

「いいの?」

「構わんさ。ヤシロには世話になったからな。お礼というわけではないが、これくらいなら話すさ」


 ヴィオレットの過去か……

 気にならないといえば嘘になる。

 まだ若いし、女の身で旅を続けるには苦労はあったはずだ。

 しかしそれでもこうして旅を続けようとしている。

 そこまでして会いたいと思えるほどの人か。

 どんな人物なんだろうか。


「じゃあ聞かせてくれるかな?」

「いいぞ。とはいっても特別に面白いというわけではないからな。期待はしないでくれ」

「べ、別にそういうつもりで聞くわけでは……」

「ま、ごくありふれた話さ」


 ヴィオレットは焚き火を見つめつつ、ゆっくりと語り始めた。


「私はな、とある小さな村で生まれたんだ。特に変わったところもない平和な場所だったさ。私はその村で育ち、ずっと暮らしていくと思っていた。何も変わらず平和に過ごし、年を重ね、一生を終えるのだろう。そう思っていた」


 そう言って悲しげな表情になりつつも続ける。


「だがそんな日も長くは続かなかった。ある日のことだ。村に魔物が襲撃してきたんだ」

「そ、それでどうしたんだ?」

「どうにもしない。いや、出来なかった。当時の私はまだ小さな子供だったんでな。対抗できるほどの力は無かったんだ」


 そりゃそうだ。

 子供が立ち向かえるほうがおかしい。


「村人が総出で退治しようとした。けどまともに戦えるほどの経験を持った人は居ないくてな。次々と魔物の餌食になっていったよ……」

「………………」

「私は両親に言われてずっと物置に隠れていたんだ。何とかするからするからそれまで隠れていろと父が言っていた。それから何も出来ずにずっと震えながら隠れていたさ。きっと父なら何とかしてくれるだろう。そんな淡い期待をしつつもじっと待っていた」


 何となく結果が想像できる。


「だが現実は残酷だった。聞こえてくるのは魔物の唸る声と悲鳴、そして破壊音。どうしようもなかった。自分もそのうち魔物に殺されるのだろう。そう思っていた」

「…………」

「それからどれだけ経っただろうか。誰かが叫びながら近づくのが分かった。しかし誰の声なのかが分からなかった。聞いたことのない声だったから困惑していた。しばらく聞き耳を立てていると、生存者を探しているようだった。信じられないことに、魔物は全て退治したらしい」


 なるほど。

 ヒーローが現れたってことか。


「恐る恐る外の様子を覗いてみると、やはり知らない男の人が叫んでいるのが見えた。周囲を見てみると、あちこちで魔物らしき物体が燃えていたんだ。どうやら本当に魔物を全滅させたらしい」

「へぇ。さぞかし腕利きの人達だったんだろうな」

「いや。1人しか居なかった」

「は? 1人? 他の人は?」

「その人だけだ」


 ってことはつまり……


「まさか……たった一人で魔物を全滅させたのか?」

「そういうことになるな」

「ちなみに聞くけど、魔物ってどれだけの数が居たんだ?」

「少なくとも10や20ではなかったな」


 わーお。

 そんな強い人が来たのか。


「ということはヴィオレットが探している恩人って……」

「そうだ。その人こそ私の命の恩人であり、探し求めている人物だ」


 なるほどなー。

 予想以上に大物らしいな。


「そうだ。村はどうなったんだ?」

「………………手遅れだった。生存者はどこにも居なかったさ。私を除いてな」

「それは……つまり……」

「そういうことだ……」


 思った以上に重い話だった。

 たった1日で親と知人を全て失ったのか。


「ええと……なんというか……気軽に聞ける話じゃなかったな……」

「なーに。もう過ぎた話だ。それに村が襲われるなんて珍しくはないさ。私はただ運が無かっただけ。それだけだ」


 そう言いつつも、納得していないような表情だった。


「け、結局なんでその人に会いたいんだ?」

「当時の私は生きる気力すら無くてな。あまりにも突然なことだったから心が折れてしまったんだ」


 無理もない。

 まだ子供だったのに一瞬で親を失ったんだ。

 しかも頼れる人も居ない。

 もはや絶望しかないだろう。


「そんな状態の中で励ましてくれたのがその恩人だったんだ。これからどうするのか。どういう生き方をすればいいのか。道しるべを示してくれた。色々なことを話してくれた。話をしている内に徐々に生きる希望が湧いてきたというわけさ。今もこうして生きているのもその人のお陰なんだ」

「立派な人なんだな」

「ああ。しかし私はとんでもない失態をおかしてしまったんだ。私の人生の中で、最大の汚点と言ってもいい」

「そ、そこまでやばいことをやらかしたのか?」

「そうだ。今でも悔やまれる」


 なんだろう。

 すごい気になる。


「後から気づいたことなんだが、恩人に対して感謝の言葉を伝えていなかったんだ」

「そうなの?」

「言い訳になるかもしれないが、当時の私は心の余裕が無かった。だから感謝する暇もなかったんだろう」

「仕方ないさ。色々あったんだし」

「そうはいってられない。感謝を忘れたことに気づいてからすぐに恩人に会おうとしたが、その人は既に旅立った後だったんだ。会いに行こうにも何処に居るのかすら分からない。それ以来、再会も叶わず今に至るわけさ」


 つまりそれっきり会ってないってことか。


「私はただ感謝の言葉を伝えたい。直接会って伝えたい。目的はそれだけなんだ。その為ならどれだけかかろうとも諦めるつもりはない。だから旅を続けているんだ」


 なんというか、 壮絶な人生を送ってきたんだな。

 やっぱり気軽に聞ける話じゃなかったな。

 けどヴィオレットという人となりが知れてよかったと思う。


「あの人が私を救ってくれたように、私も誰かを救いたい。そう思って必死に修行して魔術師になったんだ。こうして護衛の仕事をするのもその為だ」

「そっか。会えるといいな。恩人に」

「ああ。必ず会ってみせるさ」


 さっきと違い、ヴィオレットは自信あり気な表情をしている。


「あ、そうだ。名前聞いてなかったな。恩人ってどんな名前なの?」

「そういや話してなかったか。その人の名は〝バルトロ〟というんだ。一部では有名な魔術師らしくてな。かなりの実力者らしい」

「まぁ何十体の魔物を1人で倒すぐらいだしね」

「何でも〝炎拳のバルトロ〟なんて呼ばれていたらしい。これも後から知ったことなんだけどな」


 炎拳ねぇ……

 ちょっとカッコいいかも。


「私が火の魔法を使うのもその人も影響なんだ。出来れば同じようにしたいと思ってな」

「憧れの存在ってわけか」

「そういうことだ」


 俺もそういう魔法使いんだけどなー。

 まだ無理なのかなー。


 ………………


 ……あれ?


「ヤシロ? どうした?」

「うーん……」


 どっかで聞いたことのある名前のような……


 う~ん……?


「いやさ。どっかで聞いた名だなーって」

「な……にゃんだと!?!?」


 どこだっけなー。

 どっかで聞いたことがあるんだよな……


「ど、どどどどど何処で聞いた!?!?」

「ちょっと待て。今思い出すから」

「本当だろうな!? 本当にその名だったんだろうな!? にゃんで知ってるんだ!? おい答えろ!!」

「お、落ち着け! そんなに揺らすな!」


 すっげぇ食いついてくる。

 勢いよく体を揺らしてくるから落ち着いて考えられん……


 んーと、そんな昔じゃないはずなんだ。

 どこで聞いたんだっけかな……

 割とインパクトがある人だった気がする。

 しかも何回か会ったことがあるような……


 う~ん…………


 ………………


 …………あ。


「……銭湯だ」

「せ、銭湯だと!? 一体何のことだ!?」


 そうだ。思い出した。

 風呂屋をやってるおっさんの名前だ。

 確かあの人もバルトロって名前だったはず。


「思い出した思い出した。銭湯やってる男の人がそんな名前だったんだよ。間違いない」

「ど、どこだ!? どこの銭湯なんだ!?」

「王都だよ。俺たちが居た王都ルーアラスだよ」

「な、な、な、な……そ、そんな所に居たのか……!」


 あれ。

 マジで知らなかったのか。

 まさに灯台もと暗しだったというわけか。


「つーか何で知らなかったんだよ。行けば普通に会える場所にあるぞ。探さなかったのか?」

「だ、だってぇ……まさかそんな場所に居るとは思わなかったし……」

「おいおい……」

「し、仕方ないだろ! 私が調べた情報だと各地を放浪していると聞いたんだぞ! 一か所に留まって、しかも銭湯を営んでいるとは思わないだろ! そういう人には見えなかったし……」

「そうかもしれないけどさ……」


 そういやあの人は、ボディビルダーみたいな体格してたっけ。

 若い頃は魔物を狩っていたとか言ってた気がする。

 ただ者ではないとは思っていたんだが……まさかヴィオレットの探し人だったとはな。


「ヤ、ヤシロ! すぐにその場所に案内してくれ!」

「ちょ、本当にいいのか? もしかしたら同姓同名の別人かもしれないんだぞ?」

「構わん! やっと見つけた手掛かりなんだ! 頼む!」

「分かったよ。王都に着いたら案内するよ」

「そ、そうか! 恩に着る!」


 さっきと違ってすごい嬉しそうだ。


「じゃあすぐに出発するぞ! ヤシロ達も急いで準備をしろ!」

「待て待て待て。こんな夜中に馬車が走れるわけないだろうが! なんの為に野営してるんだよ」

「ならどうすればいいんだ!?」

「日が昇ってから出発するしかないだろ」

「どうすれば日が昇るんだ!?」

「一晩待てば夜が明けるだろ! いい加減落ち着けよ!」

「あ……そ、そうだったな……うん。すまない。取り乱した……」


 なんというかあれだ。

 この人も意外と抜けてるところもあるんだな。


「とりあえず俺はそろそろ寝るよ。もういいよな?」

「わ、分かった。見張りは任せてくれ」


 変に疲れてしまった……

 まぁこれでようやく眠れるはずだ。

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