第92話:きびだんご

 その後は宿屋に向かい、俺とギンコは部屋の中で腰を下ろした。


「ふぅ。ひとまずこれで落ち着けるな」

「そうですね」


 結局ギンコは俺と一緒の部屋に泊まることになった。


「とはいってもまだ明るいし、寝るには早いな」

「どこか行きますか?」

「いや、今日はもう部屋から出なくてもいいかな。色々あって疲れたし」

「分かりました」


 とはいえ、やることが無くて暇である。

 かといって寝れそうにない。

 まぁこんな時は本でも読むかな。


 カタログからテキトーに選び、本を購入した。


「ギンコも本とか読むか?」

「本は全然読んだことないです……」

「そうか……」


 ふーむ。

 ギンコにも何かしらの読み物をあげたいな。

 あっ、そうだ。


 カタログのリストから目的の本を探していく。

 ……あった。これにしよう。


「ギンコ。この本読んでみないか?」

「私にですか?」

「うん。多分これならギンコでも読みやすいと思う」


 俺が選んだのは絵本だ。

 これなら読みやすくて丁度いいだろう。

 ちなみに内容は桃太郎だ。


 本をギンコに渡すと、中身をペラペラと読み始めた。


「どうだ? 悪くないだろ?」

「あの……これ……」

「ん? どうした?」

「…………文字が読めません。見たことない文字なんですけど……」

「あっ、そうか」


 しまった。

 全部日本語だったんだ。

 ギンコが読めるのはこの世界の文字だけだ。


「あー、すまん。すっかり忘れてたよ。この世界だと文字違うもんな」

「? どういう意味ですか?」

「いや、こっちの話。ってことは俺の出す本は全部駄目か……」


 さすがにこの世界に対応した本は持っていない。

 いくらカタログといえどもそこまで万能じゃない。


「んー……それじゃあ……仕方ない、俺が読んで聞かせることにするよ」

「え。いいんですか?」

「元はといえば俺が言い出したことだしな。そのくらいの責任は持つさ」

「あ、ありがとうございます!」


 ギンコも絵本を見て興味ありそうな様子だしな。

 ここで終わらせちゃうのも可哀そうだしね。


「俺が本持つから。こっちこいよ」

「はい!」


 ギンコがすぐ隣に座り、肩をくっつけてきた。


「じゃあ始めるぞ。むかしむかし、あるところにおばあさんが――」


 俺が音読していくとギンコも楽しそうに聞いてくれた。

 あまり本を読んだ経験が無いせいなのか、子供らしい反応だった。

 たまにはこういうのも悪くないかもな。


「おじいさんとおばあさんはきびだんごを持たせて――」

「きびだんご? どういう物なんですか?」

「ん? これは食い物だよ。お菓子の一種だと思うよ」

「へぇ~。美味しいんですかね?」

「多分な……ちょっと待ってろ」


 どうせなら実物を見せてやろう。

 そう思い、カタログからきびだんごを購入することにした。

 様々な種類があったが、定番なやつを選んだ。


「ほい。これがきびだんごだ。これが一番イメージしやすいと思う」

「わぁ。丸くて美味しそうですね~」

「とりあえず食ってみるか。ギンコも食ってみな」

「はい!」


 どれどれ。とりあえず一口。


「……うん。美味い美味い。こういうシンプルな味付けがいいんだよな」

「~~~!! モチモチしてて、とぉ~っても甘くて美味しいですぅ~!」

「だろ?」


 気に入ってくれたみたいだ。

 すごく幸せそうな表情だ。


「これを食ってるとお茶が欲しくなるな。えーっと……」


 再びカタログを開き、普通のお茶を購入した。


「ギンコ。これ飲んでみな」

「これは何です?」

「お茶だ。こういうお菓子にはピッタリ合うんだよ」

「そうなんですね。では貰いますね」


 だんごを食い、そこにお茶を流し込む。


「んーこれこれ。やっぱ和菓子にはお茶だな」

「ちょっと苦いと思ったけど、きびだんごを食べていると気にならなくなりますね」

「そうだろうそうだろう。これが定番の組み合わせなんだよ」


 お茶がだんごのうま味を引き出し、だんごもお茶の味を引き立てる。

 これぞ日本の風流だ。


「それ、なに?」

「うおっ。居たのかマナ」

「あ、マナさん」


 いつの間にか隣にマナが居やがった。


「これか? これはきびだんごだ。ちょっと食いたくなったんだよ」

「…………」

「…………」


 じ~………………


「……ど、どうした?」

「…………」


 マナの視線がきびだんごに集中している。


「もしかして、きびだんごが食べたいのでは……?」

「…………マナも食うか?」

「いる」

「そ、そうか。ちょい待ってな」


 マナは俺が甘い物食ってる時に、毎回姿を見せるような気がする。

 そういや初めて会ったのはプリンを食っていた時だったしな。

 こいつ、俺のことをお菓子製造機とでも思ってるんじゃないだろうな。

 まぁいいけど。


「ほら。マナの分」

「ん」


 きびだんごを渡すと、マナは小動物みたいに食べ始めた。


「どうだ?」

「…………」

「…………」


 返事はないが……多分気に入ってくれたんだろう。


 その後は手持ち分も全て食べ終わり、音読を再開することにした。


「ふー食った食った。これでどういう物なのか分かっただろ。とりあえず続きから読むぞ」

「はい!」


 本持って再会しようとするが、マナがまだ存在しているのに気づく。


「どうした? 本が気になるか?」

「…………」


 珍しいな。

 いつもなら食べ終わった後に姿を消すのにな。

 未だに姿を見せているのが気になる。


「マナは本読んだこと無いのか?」

「ない」

「そうか……ならついでに聞いていくか? 文字は読めないだろうし」

「きく」


 へぇ。

 本当に珍しいな。

 こいつは本なんて興味無さそうに見えるんだけどな。

 どういう心境の変化なんだろう。


「どうせなら最初からやるぞ。そんなに長くないし。マナは聞いてなかっただろうしな」

「いいですよ」

「ん」


 マナが左側、ギンコが右側に座り、サンドイッチ状態になりながら音読を始めた。

 時々解説などもはさみつつ進めていく。


 それから数分後。


「――こうしてみんなもよろこびました。めでたしめでたし……」

「いいお話ですね~。面白かったです」

「楽しんでくれたか」

「はい!」


 古くから伝わる童話だしな。

 やはり子供には受けがいい。


「これは俺のいた所では有名な作品なんだよ。数ある中でも人気があってほとんどの人が知ってるな」

「え? 他にもあるんですか?」

「まぁな。こういう昔話は山ほどあるぞ」

「へぇ~! ほ、他のも見てみたいです!」

「気になるのか?」

「色んな本を見てみたいんです」

「じゃあもう一つ読んでやろうか」

「お願いします!」


 興味を持ってくれた様子。

 そんなに気に入ったのか。


 それじゃあ次は……これにしよう。


「今度はこれにするか。白雪姫って言うんだ」

「白雪姫? 変わった名前なんですね~」


 女の子ならこういうのが好きそうだしな。

 きっと楽しんでくれるはず。


「じゃあ読むぞ。むかしむかしあるところに――」


 ギンコだけじゃなく、マナも魅かれたみたいで、絵本を食い入るように見つめていた。


 それからある程度読み進めた時だった。


「王子様は白雪姫にキスをして――」

「キス?」

「ん? どうしたマナ」

「キス、知らない」

「え? まさか何なのか分からないのか?」

「ん」


 ふーん。

 まぁこいつは精霊だし、知らなくても不思議ではないけど。

 意外といえば意外だな。


「んとな。キスってのはな、お互いの唇に触れ合うことをいうんだ。この場合は王子様が白雪姫に口づけをしたわけで……」

「…………」


 なぜかマナが近寄ってきた。


「こう?」

「え――」


 チュッ


「!?!?!?!?」


 ………………


 唇に伝わるこの柔らかい感触……


 まさか――


「…………」

「ななななななな何するんだよ!?」


 こいつ……


 俺にキスしてきやがった!


「ば、馬鹿っ! 何しやがるんだ!」

「キス。違う?」

「違わないけど……いきなり実践するんじゃねぇ!!」

「? ダメ?」

「駄目に決まってんだろ!」

「???」


 首をかしげるマナ。

 マジで何とも思ってないのか?

 常識知らずな奴とは思っていたが、まさかここまでとはな。

 こいつの感性はどうなってるんだ?


「何で、ダメ?」

「時と場合を考えろ!! お前は何とも思わないのかよ!?」

「???」

「……いや何でもない。とにかく! 駄目なもんは駄目だ! いいな!?」

「分かった」


 本当に分かったんだろうな?

 けどこれ以上説明しても納得してくれない気がする。


 しかしビックリしたな。まだドキドキする。

 マナは見た目だけなら結構な美少女だしな。

 そんなやつからキスされたらさすがに動揺する。


 いかんいかん。

 今は絵本に集中しないと……


「あぅあぅあぅ……」

「……どうしたギンコ。そんな泣きそうな顔をして」

「私が……一番先ですよね……?」


 …………何がだ。

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