第90話:ネ〇バス
そろそろ帰ろうとした時だった。
ヴィオレットの姿が見えないことに気づく。
「あれ? ヴィオレットはどこに行ったんだ?」
「えっと……あ、向こうに居ました」
離れた所に居るのを発見。
なにやら他のフォルグ族と話をしているみたいだ。
しばらく待っていると、少し残念そうな顔をしたヴィオレットが戻ってきた。
「すまない。待たせたな」
「別に気にしてないよ。でも何を話してたの?」
「いやな。私が探している人がここに来てないか尋ねていたんだ」
「なるほど」
そういやヴィオレットは人を探していたんだっけか。
ここまで同行してくれたのも、ついでに探せるからと言ってたし。
「それで……どうだったの?」
ヴィオレットは静かに顔を横に振った。
「そっか……」
「まぁここに訪れていなかったということが判明しただけでも収穫さ。また別の場所を探してみるさ」
「見つかるといいな」
「ああ……」
ここまでして会いたい人ってどんな人なんだろうか。
気にはなるが……今は詮索しないほうがいいだろう。
「それよりヤシロ達はもういいのか?」
「うん。そろそろ帰ろうとしたところだよ」
「では戻るとしようか」
……あ、そっか。
また森の中を歩き続けないとならないのか……
「ご主人様? どうかしましたか?」
「森を抜けるまでずっと歩かなきゃならんと思うとちょっとな……」
「そ、そうでしたか……ごめんなさい。私のせいで……」
「いやいや。ギンコが悪いわけじゃないさ。道中が楽じゃないってのは分かってたことだし」
いかんな。
余計な心配をかけてしまった。
「今度からは私一人で来ようと思います」
「ひ、一人でか?」
「はい。また迷惑かけたくないですから……」
そういやまた来る約束してたもんな。
となると、ギンコは一人で森の中に入るつもりなのか。
「さすがに危険じゃないか? 俺もついていくよ」
「でも……」
どうするべきか考えていると、九尾が話しかけてきた。
『なんじゃ。お主ら歩いて帰るつもりなのか?』
「馬車だと森の中は通れないし、歩くしか方法が無いしね……」
『なら妾が運んでやろうか?』
「え!? い、いいんですか!?」
『これくらい造作もないわ。それに退屈しておったしのう』
これは予想外だ。
まさか徒歩以外に移動手段が確保できるとはな。
「で、でもどうやって……」
『背中に乗れ。森の入り口までなら運んでやろうぞ』
そういって俺たちの前で座った。
「あ、ありがとうございます!」
「帰りはこんなにも楽になるなんて思わなかったな」
俺とギンコが九尾の体に登ろうとするが……
「本当にいいのだろうか……」
ヴィオレットだけがやけに微妙な表情をして眺めていた。
「ヴィオレット? どうしたんだ急に」
「よく考えたら神獣に乗るなんて恐れ多いというか、とんでもないことをしているような……」
「何言ってるんだ。体の上で寝てたのに今更じゃない?」
「そ、そうかもしれんが……」
『なんじゃ。そんなことを気にしておるのか。妾はそこまで細かいことは気にせんぞ』
「ほら。本人もこう言ってるし」
「そ、そうか……私が気にしすぎなだけか……」
なにやら吹っ切れたのか、ヴィオレットも登ってきた。
「ヤシロと一緒にいると、色々と感覚がマヒしてくるような気がしてきた……」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何でもない……」
ぶつぶつ言いながら俺の後ろに座るヴィオレット。
「よし。これで全員だな。ギンコも平気か?」
「はい。もう大丈夫です」
俺の前に居るギンコが笑顔で答えた。
「お母さ~ん! 行ってくるね~!」
「はい。いってらっしゃい。私はずっとここで待ってるから楽しんでくるといいわ」
まるでお出かけするかのようなやりとりだった。
そうこうしていると九尾が立ち上がった。
『ふむ。ではしっかりと捕まっておれ。落ちぬようにな』
九尾は立ち上がると少し屈み……
「え――」
ジャンプして
「ちょ……なんで木の上なんかに――うおっ」
次の瞬間、木の上から再びジャンプし、別の木の上に飛び乗った。
「す、すげぇ……」
何度も木の上を飛び乗っては繰り返し、どんどん進んでいく。
まるで某ジブリ映画に出てくるネ〇バスのような移動の仕方だ。
これは楽しい。
それなり揺れて落ちないように必死だからあまり余裕が無いが、こんな光景が見れて感動……なはずなんだが……
今はそれを楽しむどころではなかった。
なぜなら――
「きゃあああああああああああああああああああああああああああ!」
俺の後ろでヴィオレットが叫んでいたからだ。
というか力入れて俺を抱きしめているせいで苦しい。
「あわわわわわわわわ……」
前に居るギンコも余裕が無いらしく、俺の腕をガッチリと抱くように掴んでいる。
そんなサンドイッチ状態だもんで、苦しさに耐えつつ進んでいった。
そして数分後。
森の入り口まで無事辿り着き、俺たちはその場で降りた。
「いやぁ助かりました。まさかこんなに早く到着するとは」
『ふふん。これくらい朝飯前じゃ。お主らが乗っておらんかったらもっと速くできるぞ?』
「あれ以上のスピードが出るのか……」
何時間も掛かって森の中を移動したってのに、帰りはわずか数分で到着したもんな。
あの苦労はなんだったんだろうか。
少し複雑な気持ちである。
まぁいい。
それはそれとして……
「お前ら大丈夫か?」
ギンコとヴィオレットは降りてからグロッキー状態だった。
「ま、まさかあんなことになるなんて……うぷっ……」
「あうぅぅぅ……」
二人とも地面に倒れこむように座っている。
「つーかヴィオレットはすげぇ悲鳴上げてたな。そんなに怖かったのか?」
「う、うるさい! ひ、人は空を飛ぶように出来ていないだぞぉ! あ、あんなの誰だって怖いに決まってる!」
「そうか?」
まぁ確かに木の上を移動してたからな。
ある意味飛んでるようなもんか。
「そ、それよりも何でヤシロは平気なんだ!?」
「そうですよ!」
「んー。何となくジェットコースターみたいな感じだったから楽しかったけど」
「じぇっとこぉすたぁ?」
「何ですかそれ?」
「……いや、何でもない」
何度かジェットコースターには乗ったことあるしな。
それ以外にも絶叫系を経験してるし、だからあまり怖くは無かった。
「す、すまない……少し一人にさせてくれ……うぷっ……」
「お、おい。顔色悪いけど大丈夫か?」
「す、少し休めば治るはずだ……しばらく向こうで休ませてくれ……」
「お、おう……」
ヴィオレットはフラフラと歩き、森の中へと入っていった。
本当に大丈夫だろうか。
「ギンコは平気か?」
「す、少し休ませてくださいぃぃ……」
こっちもダメか。
仕方ない。しばらくここで休むか。
とりあえず飲み物でも用意しとくか。
そう思いカタログを広げ――
「ぷりん」
「うおおおおおおおっ!!」
び、びっくりした……
この感じ……前にも経験したことあるな。
後ろに振り向くと……
「やっぱりマナか……」
「ぷりん」
「あのな……頼むからいきなり背後から声をかけるの止めてくれないか?」
「?」
首を傾げるマナ。
「だから。気配無く背後に立たれると心臓に悪いんだよ」
「…………」
「これからは普通に話しかけてくれ。分かったな?」
「ん」
本当に分かったんだろうか……
これからは慣れるしかないだろうか。
「ってそうだ。お前今までどこに行ってたんだよ!? 急に居なくなりやがって。何かあったのか?」
「寝てた」
「はぁ? 寝てた?」
「ん」
「…………」
「…………」
……ああ、うん。
なるほどな。寝てた……か……そうだよな。
精霊とはいえ物は食べるし、三大欲求ぐらいあるよな。
つまり俺たちを案内する途中で眠くなったから、姿が見えなくなったわけか。
なるほどなるほど。そういうことだったのか。
「そっかそっか。眠くなったのなら仕方ないよな。うん」
「…………?」
「ああいや。気にしないでくれ。プリンだったよな。ちょっと待っててくれ」
「ん」
こいつには世話になったし。
たらふくプリンを食わせてやるか。
『…………お、おい。お主、その者がどんな存在なのか知っておるのか?』
「え? まぁ一応知ってはいますけど……」
『ならどうしてここに居る!? なぜお主の前に姿を現すのだ!?』
「さぁ……?」
『知らぬというのか?』
俺もよく分かんないんだよな。
ある日から突然関わってくるようになったしな。
「プリンが欲しいからじゃないかな……?」
『ぷりん? なんじゃそれは』
「甘くて美味しい食べ物ですよ。たぶんそれ目当てだと思うんだけど……」
というかこれ以外に思いつかない。
『馬鹿な……。物に釣られて
マジで俺もよく分からないんだよな。
精霊とはいえ外見は普通の女の子だし。
俺にとっては「プリンが大好きな少女」にしか思えない。
……色々と常識が欠けてはいるが。
『……お主、ヤシロと言ったな』
「そうですけど」
『お主に興味が湧いた。今まで生きてきた中でヤシロみたいなのは初めてじゃ』
「はぁ……」
『これで別れというのも、妾にとっても惜しい。そこでじゃ。お主にこれを授けようと思う』
そういった後、九尾の尻尾の1本が光りだし……
「んなっ……浮いた!?」
光った1本の尻尾が千切れ、宙に浮いた。
そのままフヨフヨと動き、俺の元へとやってきた。
「え? え? え? ……こ、これは何!?」
『妾の一部じゃ。それをヤシロにやろう』
「い、いやいや! こんなの貰っても困るというか……というか痛くないの!?」
『安心せい。またすぐ生えてくる』
「そ、そうなんですか……」
狐ってそういうもんだっけ?
「で、でも何でこれを俺に……?」
『それに触れてみよ』
言われた通りに尻尾に触れてみる。
すると、尻尾は俺の体に近づいてきた。
「……あれ? 消えた……?」
まるで体に吸い込まれるようにして消えてしまった。
「これは一体……?」
『それでヤシロと繋がりが持てたわけじゃ。これでお主がどこに居ようが位置が分かる』
「へぇ。そんな機能が……」
つまりGPSみたいなもんか。
『他にも可能になった事もあるが……まぁその時に話そう』
「追加されたのは一つだけじゃないのね……」
『もし何か困り事があれば妾を呼ぶがよい。すぐに駆け付けよう』
「ほ、本当ですか?」
『これも何かの縁じゃ。いつでも力を貸そう』
おお。
まさかいつでも呼び出せるようにしてくれるとは。
本当に来てよかった。
『ではそろそろ帰るとしよう。さらばじゃ』
「色々とありがとうございました!」
九尾は大きくジャンプし、あっと言う間に森の中と消えていった。
「ぷりん……」
「ああそうだった。悪い悪い。すぐに用意するからな」
ヴィオレットはまだ帰ってこないし。
もうしばらくここで休むとするか。
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