第87話:再会
九尾との会話が終わるとほぼ同時にヴィオレットが起きてきた。
「あれ……ここは……」
「起きたか。ついでにギンコも起こしてくれ」
「……ああ。そうだった。ついうっかり寝てしまったんだな。すまない」
「いいって。モフモフのベッドは最高だったろ?」
「うむ。柔らかくて素晴らしい感触だった。ここまで深い眠りにつけたのは久しぶりかもしれない。寝具が違うとこうも差が出るんだな。寝るときはこういうのが欲し――って違う!」
顔を赤くしながら慌てるヴィオレット。
「い、今のは違うんだ! その、なんというか、寝てしまったのは私の失態で――」
「気にしないっての。それよりもギンコも起こしてくれないか。言いたい事があるんだ」
「わ、分かった」
ギンコも起きてきたので落ち着いた後、二人に伝えることにした。
「それで? 言いたい事とは何だ?」
「どうしたんですか?」
「実はな……もう一回フォルグの里に行こうと思うんだ」
「…………なに?」
「……!!」
さすがに驚くか。
無理もない。昨日はあんなことがあったんだから。
「正気か? またあそこに向かうと言うのか?」
「そうだ。本当ならこのまま帰ろうと思ってたんだけどな。けど気が変わった」
「何があった。話してみろ」
「それを伝える前に……ギンコ」
「はい?」
「改めてお前の気持ちを知りたい」
ギンコに向き、近づいた後に同じ目線まで腰を下ろした。
「ギンコは今でも母親に会いたいか?」
「………………ッ」
「別に怒ったりしないから。正直に話してみろ」
「……会いたい…………です」
「よし。それが聞きたかった」
「で、でも……やっぱり無理ですよね……。昨日は追い返されましたし……」
「もしかしたら会わせてやれるかもしれん。けど成功する保証はない。再び無駄に期待をさせるだけかもしれん。それでも会いたいか?」
「…………」
ギンコは少しうつむき、しばらくしてから話し始めた。
「一回だけ……一目でもいいから……お母さんの姿を見たいです……」
「ならば行こう。もしかしたら会えるかもしれんぞ」
「……え? ど、どういうことなんです?」
「事情は後で話す。とりあえず今は里に向かおう。日が暮れる前に済ませたい」
こうして再びフォルグの里へ向か事にした。
道中は九尾の案内もあり、スムーズに進むことができた。
しばらく歩いていると、遠くに獣人の大男が門番のように立っていた。
昨日も見たことのある人だ。
「待たれよ」
俺たちが近づくと大男もいかつい顔でこっちを睨む。
「またお前らか。何の用だ」
「この子の母親を探しているんだ。会わせてやってくれないか」
「何度言われても返答は変わらぬ。諦めることだ」
やっぱり普通に頼み込んでも駄目か。
「それは、試練を乗り越えられなかったから駄目ってことなのか?」
「そうだ。それが掟だからな」
「でもよ。ギンコもこうして生きてるじゃんか。これで試練をクリアしたってことにしてくれないのか?」
「駄目だ。あくまで里まで戻ってくるまでが試練だ。部外者の手を借りた時点で資格を失ったのも同然だ」
本当に頭の固いやつだな。
「それにその首輪。奴隷落ちした証であろう? ならば弱き者には変わりはない。どちらにしろ認めるわけにはいかぬ」
ギンコに付いている首輪を見下した感じでそう言ってきた。
あの首輪はどうやっても外れなかったんだよな。
まさかこんな場所で弊害が出るとはな。
「理解したか? ならば即刻立ち去れ」
どうやっても俺だけじゃ無理か。
仕方ない。
「だったら……お願いします」
そう言った瞬間、背後から九尾の声が聞こえてきた。
『ふむ。妾の出番かのぅ』
「なっ……!」
大男は九尾の姿を見た瞬間に武器を取って構えた。
「ま、魔物か! そんな馬鹿な……全く気配を感じなかったぞ!」
『懐かしいなその反応。初めて遭遇した時を思い出すのぅ』
「!! 喋る魔物だと……!? ありえん! お前は一体……!」
『たわけ。魔物などという低俗な物と一緒にするでないわ』
さすがに九尾の姿はインパクトがあったようだ。
さっきまで威圧した態度だった大男は、今や落ち着きを無くしている。
そう。これが九尾に頼んだことだ。
今回のことで交渉に付き添ってほしいと頼んだわけだ。
少しは有利になるんじゃないかと思っていたが、予想以上に効果があるみたいだ。
「くっ……お前らなんてものを……いや待て。その姿。その巨体。尻尾の数。まさか……もしやあなたは……いやそんな馬鹿な」
『なんじゃ。妾のことは知らんのか?』
「我らの祖先は神のような存在に助けられたと聞く。その存在に力を授けてくれたという言い伝えがあるが……」
『しっかり伝わっているではないか。まぁどうでもいいがな』
「ということは……あなたが……九尾様なんですか……?」
『いかにも。妾がその九尾じゃ。久しぶりじゃのう。いや、妾が会ったのはお主の祖先だったな。お主と会うのは初めてというわけか』
そういや200年ぶりの再会ということになるのか。
さすがにフォルグ族に当時の生き残りが居るわけがないし。
今居るのは子孫たちということになる。
「お、お前ら……まさか聖域に入ったのか!?」
「べ、別に行きたくて行ったわけじゃないんだけどね……。偶然辿り着いたってだけで」
「な、なんてことをしてくれたんだ! あそこは神聖なる場所なんだぞ! 例え誰であろうとも近づくことすら許されぬ! そもそも辿り着くことすら――」
『もうよい。その辺にしておけ。その件については気にしておらぬ』
「は、はい! 分かりました!」
俺とは態度が違いすぎる……
『それより頼みがある。そこにいる小娘の親をつれてきてくれぬか。まだ居るのであろう?』
「え!? し、しかしそれは掟に反することで、こちらとしては認めるわけにはいかないというか……」
『なんじゃ。それぐらいのことも許されぬのか?』
「で、ですが……こんなことは自分だけでは判断できないというか……」
『ならば他の仲間と相談すればよいではないか』
「こ、こんなことは初めてですぐに決まるとは思えなくて……」
『それなら妾が直接話をつける。族長を連れてきてくれぬか』
「わ、分かりました。少しお待ちを!」
そういって急いで里の中へ入っていった。
さすがにあの人だけだとキャパオーバーだろうし、一番地位のある人を呼び出してもらうが手っ取り早いだろう。
しばらく待っていると、奥から老いた獣人がやってきた。
その後ろでは何人のも獣人が離れた場所でこっちを見ていた。
あの人達も全員フォルグ族だろう。ギンコと同じ耳と尻尾がついているし。
こうして見ると本当にギンコが住んでいた場所なんだと思うほどの光景だ。
「お、おお……貴方が伝承に聞く守り神様なのですね?」
族長と思わしき老人が感動しながら九尾を見つめる。
『守り神になった覚えは無いのじゃが……まぁ似たようなものじゃ』
「やはり! 言い伝えによるとはるか昔、ワシらフォルグ族を救ってくれたと聞いております。まさか生きている内に姿を拝める日がこようとは……。ワシらがこうして生活できるのも貴方のお陰でございます。里を代表して感謝の言葉を――」
『それはもうよい。既に話は聞いているとは思うが、その子の母親と会わせてほしいのじゃ』
「は、はぁ。するとあの子が例の……」
族長はギンコを見つめ、少し考え始めた。
「ふむ。見たことのある顔じゃのう。確か……そうだ、セリシャの子だったかな? 間違いないか?」
「は、はい。そうです」
「……今回は特別じゃぞ。おい! セリシャを呼べ!」
そう叫ぶと、後方に居た人が奥へと走っていった。
しばらく待っていると、さっきの人が女性を連れて戻ってきた。
「……!! お母さん!!」
「! ああ……間違いないわ……私の子よ……!」
あの人がギンコの母親か。確かに雰囲気は似ている。
言うなればギンコ大人Verという感じだ。
成長したらあんな感じになるんだろうか。
ギンコはすぐに飛び出し、母親に飛びついて抱き着いた。
「お母さん……お母さん……!」
「よく戻ってこれたわね……もう会えないかと思ってたわ……ごめんね……ごめんね……」
二人はしばらく泣きながら抱き合ったままだった。
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