第85話:願い事
……目の前にいる巨大狐は本物なんだろうか?
もしかしたら幻覚なのかもしれない。
さっきも幻聴が聞こえたし、疲れているのかもな。
そうだ。今日はさっさと寝よう。
…………
『どうした? はよせい。まさかもう肉は余っておらんのか?』
……現実逃避はやめようか。
ギンコもヴィオレットも見えているんだし、幻覚なはずがないもんな。
とりあえずこの喋る狐は何なのか。恐る恐る聞いてみることに。
「えっと……あの……どちら様?」
『なんじゃ。妾のことを知らずにここに来たのか?』
「すいません……全然知らないです……」
こんなのが存在するなんて聞いたことないからな。
「まさか……あなたは……神獣様……?」
「ヴィオレット? 何か知ってるの?」
「噂で聞いたことがある。魔物とは違い高い知性があり、桁違いの力を持つという。一説には、万の軍隊を一瞬で葬るだけの実力があるとか……」
『神獣か。懐かしいな。そう呼ばれていた時期もあったのう』
おいおいおい。なんだよそりゃ。
そんなやばい存在なのかよ。
「その、なんというか、神獣さん?が何でこんな場所に?」
『何を言う。元からここは妾が居た場所じゃ。お主らが勝手にやってきたのではないか』
「え。そうなの?」
『ここらは妾が休む目的として用意した場所なのじゃ。滅多なことでは近づかれないようにしていたんじゃが』
「な、なるほど……」
『しかし最近は客が多いのう。ゆっくり休むこともできん』
あっ。思い出した。
たしか里にいた大男が聖域とか言ってた気がする。
ここがその聖域に違いない。
「ここってもしかして、聖域とやらだったり?」
『フォルグの皆はそう呼んでいたのう。だからまず近づいてきたりはせん』
やっぱり。
ってことは、ギンコもこのことを知っているんだろうか。
「ギンコはこういうこと知っていたのか?」
「い、いえ。初めて知りました。なので驚きました……」
「え? そうなの?」
ギンコには教えてなかったか。
というより、里の連中は神獣の存在を隠していたようにも思える。
一体なぜそんなことを……?
「はい。でも……初めて見たのに、不思議と安心できます。まるで、生まれた時からずっと見守られていたような感じで……」
警戒しているヴィオレットに対し、ギンコは落ち着いている。
里からそこまで遠くない場所に居るんだ。フォルグ族とも無関係ではないはずだ。
『それよりも肉はまだか? さっきから美味しそうな匂いが漂ってきたせいで待ちきれぬぞ』
「ちょ、ちょっと待ってて」
そんなに肉がほしいのか。
まるでギンコみたいなやつだ。
すぐに肉を焼き、タレをつけてから皿ごと差し出した。
「こ、これでいい?」
『小さいのう。もう少し食べ応えがある大きさがいいのじゃが……』
そりゃそっちが大きいからでしょうが。
『まぁよい。では頂くとしよう』
そういって肉をペロリと平らげた。
すると……
『……ほう。ほうほう! これはかなり美味じゃ! ここまで味わいがある肉は初めて食したわ!』
「そ、それはよかった……」
『ほれ。何をしている。もっと用意せんか!』
「え……ま、まだ食べるの?」
『この程度では全然足りぬわ! はようせんか!』
マジかよ。
高級肉なのに一口で飲み込みやがった。
このままだとあっという間に無くなってしまう。
「さすがに今のやつは大量に出せないからさ、もっと安い肉でもいい?」
『なんでもよい! 急がぬか!』
これなら何とかなりそうだ。
カタログからなるべく値段の安く大きめの肉を選び、購入していった。
それらを焼いてから差し出すと、一口で食べられてしまった。
「こ、こういうのならもっと多く出せるんだけど」
『なかなか美味ではないか。ほれ。次の分も用意せんか』
まだ食べるのか。
これはかなりの量が必要になるかもしれん。
「で、でもさ。焼くのに時間がかかるんだけど……」
『そのままでもかまわぬ。どちらにせよ食べてしまえば一緒じゃ』
「そういうことなら……」
それからは肉はそのまま状態で簡単に味付けをしてから出すことにした。
どれだけ肉を足そうとしても片っ端から食べてしまうので、勢いよくカタログの所持金が減っていった。
そんな状況が続いていくと当然……
「も、もう無理! これ以上は増やせないよ! 売り切れ!」
『なんじゃ。残念じゃのう』
カタログの所持金は底をつき、今日はなにも購入できなくなってしまった。
「あ、あのぅ。もうお肉は無いんですか……?」
「今日は何も出せないからな。これで晩飯は終わりだ」
「そ、そんなぁ……せっかくのわぎゅーが……」
「また今度食わせてやるから。泣くなギンコ」
「うぅ……」
まさかここまで食ってしまうとはな。
100人前ぐらいあったのに全部無くなってしまった。
「し、しかしこんな場所に神獣様がいるとはな。私も驚いた」
「ヴィオレットは何か知ってるの?」
「いや。噂程度のことしか知らん。正直言って、存在自体疑ってたぐらいだからな。今でも信じられん……」
そこまでレアな存在なのか。
「土地によっては、神と同等の扱いをしているみたいだしな。姿を見ることすらできん」
「なるほど……」
まぁ神獣なんて呼ばれているぐらいだしな。
伝説の生物だと思われても不思議じゃない。
『さて。人の子よ』
「な、なんでしょう?」
『お主の名は何という?』
「俺は……ヤシロっていいます」
『そうか。ではヤシロよ。此度は馳走になった。このような美味な物は久しぶりに食したわ。礼を言うぞ』
「ど、どうも……」
俺よりもはるかにデカいやつから要求されたからな。
さすがに断れるような雰囲気じゃなかった。
『このまま何もせず引き下がるほど妾は恥知らずではない。そこでじゃ。ヤシロが今の望むものを答えてほしい』
「……!? そ、それって一体……」
『お主が望むものを一つだけ与えようと思う。それで礼とさせてもらおう』
「なっ……」
おいおい。マジかよ。
つまり願いを叶えてくれるってことか?
そんなことまでしてくれるのか。
あっ。思い出した。
この森に来る前に寄った村で、守り神が願いを叶えてくれるという話を聞いたっけ。
あれはこいつのことを言ってたんだ。
というか本当に願いを叶えてくれるのか。
「よかったじゃないか! こんなチャンス二度とないぞ!」
「すごいですよ! ご主人様は何を望むんですか?」
「そ、そうだな……」
いきなり言われてもな。
すぐには思いつかない。
『何を望む? 金か? 宝石か? 力か? 美貌か? 妾が出来る範囲でなら何でもよいぞ』
「…………」
『さぁどうする?』
俺が望むものはなんだろう。
何が欲しいんだろう。
今一番に欲しいのは……
………………
いや、アレしかない。
もはやアレしか考えられない。
「決まりました」
『ほう。では聞くぞ。何を望む?』
俺が欲しいもの。
それは最初から決まっていたのかもしれない。
この神獣を見てからずっとそうだった。
それをやってみたい。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
だからこれしかない。
俺が望むもの。
それは――
「その体をモフモフさせて下さい!!!!」
『よかろう。その程度の願いなら妾なら容易く――は?』
すっげぇ間抜けな声が聞こえた。
『…………』
「…………」
あれ。どうしたんだろう。
『す、すまぬ。もう一度言ってくれんか?』
「モフモフさせて下さい!!」
『…………』
「…………」
また黙ってしまった。
『ひ、一つ聞くが……もふもふとは何ぞや?』
「その毛並みを思いっきり触って堪能することです!」
『…………』
駄目だったかな?
でもこれ以外に考えられなかった。
「ヤ、ヤシロ! 何を言っているんだ!? 考え直せ!」
「そ、そうですよ! もうこんな機会無いかもしれないんですよ!? それにモフモフなら私が……」
「えー。だってすごく柔らかそうなんだもん」
昔から夢だったんだよな。ああいう大きな動物をモフるの。
でも残念ながらそういうチャンスは一度も無かった。
動物園に行ってもそこまでさせてくれないだろう。
だから今こそ夢を叶えたいと思ったのだ。
『……くくく』
「……?」
『あっはっはっはっはっはっはっはっ!』
おいおい。
いきなり笑い出したぞ。
『こういうことか? 単に妾の体を触りたいと?』
「まぁそんな感じ……」
『金でもなく、宝石でもなく、力でもなく、美貌でもなく、それらには目もくれずに叶えたいと? 触れることすら恐れ多いといわれた妾を触りたいと? そういうことか!?』
「は、はい……」
ぶっちゃけ金だの力だの、あまり興味ないしな。
もうこんな機会は二度とないかもしれない。だったらもっとやってみたかったことを実現したい。
『愉快じゃ。実に愉快じゃ。こんな気分になったのは久しぶりじゃのう』
「えっと……」
『ヤシロよ。お主のこと気に入ったぞ』
「ど、どうも」
よくわからんけど気に入られた様子。
『……よかろう。お主の願い、叶えてやろうぞ』
「! それじゃあ……」
『特別に妾の体に触れることを許そう』
や、やった!
本当にさせてくれるなんてマジで嬉しい。
『しかし、お主は変わっておるのう』
「そ、そうですか?」
『妾に何かしら求めてくる者は数多くいたが、お主みたいな変わり者は初めてじゃ』
そこまで変かな?
「確かに変わってはいるな。今まで会ったことのないタイプだ」
「ヴィオレットまで……。そ、そうだ。ギンコはどう思う? 俺はそこまで変じゃないよな!?」
「えっと……そのぅ……だ、大丈夫ですよ! 私はずっとご主人様の味方ですから!」
仲間からの評価が酷い気がする。
「そ、それよりも! 神獣さんに触ってもいいんですよね!?」
『そのことなんじゃが、妾を神獣と呼ぶのはやめてほしいのじゃ』
「え? ど、どうして?」
『どうにもそう呼ばれるのが落ち着かなくてのう。嫌ではないのじゃが、出来れば他の名にしてほしいのじゃ』
「じゃあどう呼べば……?」
『そうじゃな……フォルグの一族は〝九尾〟と呼んでいるのう』
なるほど。
よくみたら尻尾がたくさんある。
なかなかモフりがいがありそうだ。
「なら九尾さん。そろそろ触ってみてもいいですか?」
『好きにせい』
そういってゴロンと寝転がった。
近づいて胴体付近を触ってみる。
…………
……お、お、おおおおおお。こりゃすげぇ。
予想上にモフモフでフカフカじゃないか!
なんという触り心地の良さ。羽毛布団に負けないぐらいに柔らかい。
やっぱり俺の判断は間違っていなかった。
こんな快感を独り占めするのはもったいないな。
「お前らもこいよ! すげぇモフモフだぞ!」
「え!? いや、私は……」
「い、いいんでしょうか……?」
『かまわぬ。今回は特別じゃ。好きにしてよい』
「ほら! こう言ってるぞ!」
「そ、そういうことなら……」
「じゃあ私も……」
なんだかんだで二人とも気になってたんだな。
二人も近づき、同じように触っていった。
「……ほぉ。これはいいな……こんなにも柔らかいのか……」
「すごくふかふかですぅ……」
満足している様子。
そうだ。この上にのってみるか。
そう思い、胴体の上に寝転がることにした。
……これはやばい。
全身がモフモフに包まれてすごく気持ちいい。
こんなベッドがあったら毎日使いたい。虜になってしまう。まさに人をダメにするベッドだ。
生暖かい体温がまた心地良く眠気を誘う。
あーやばい。
本当に眠くなってきた。
本格的に寝てしまう前に離れないと。
もう少しだけこの快感を味わいたい。
もう少しだけ…………
あと少しだけ…………
本当にあとちょっとだけ……
………………
…………
……
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