第83話:遭難しそうなんです

 フォルグの里を去った後、俺たちはひたすら歩き続けていた。

 その間に会話は無く、無言のまま足だけを動かし続けていた。もはやお通夜ムーだ。

 気のきいた言葉も思いつかず、暗い雰囲気を引きずったままだった。

 無理もない。さっきはあんな出来事があったんだから。


 さすがに間が持たない。

 少しでもこの状況を何とかしようと思い、ギンコに話しかけることに。


「あのさ。俺が言うのもあれだけど……あまり落ち込まないでくれよ」

「え……」

「こうなったのは俺のせいだ。甘く考えてた俺が悪かった。本当にごめんな」

「い、いえいえ。ご主人様のせいじゃないですよ!」

「でも……」

「こうなるとは薄々思っていたんです。ですから覚悟はしていました。それがハッキリしただけでも十分来た甲斐がありますよ」

「ギンコ……」


 強い子だな。

 本当はもっと落ち込んでてもおかしくないのに。俺たちを心配させまいと、平然を装ってくれている。

 こんな良い子なのに、どうして捨てられるんだろうか。生まれた場所が悪かったとしか思えない。


 フォルグ族。

 最強の獣人といわれた種族。


 だがフタを開けてみれば、とんでもない脳筋族だった。

 なーにが最強の獣人だ。弱い奴を片っ端から排除し、強い奴だけが生き残っただけじゃないか。

 ガッカリした。心底ガッカリした。


 最強の獣人という響きを聞いて、少しワクワクした部分があった。

 男なら最強というワードに惹かれる人が多いはずだ。

 そんな強い種族が住む場所はどんな環境なんだろう。どういう生活をしているんだろう。

 期待を膨らませつつ、いざ到着してみると……結果がこれだ。

 あの時にワクワクした自分を殴ってやりたい気分だ。

 よく分からない〝掟〟なんかに縛られた、頭の固い奴らだとは思わなかった。


 そういえば他にも気になることを口にしていたな。

 たしか試練がどうのこうの言ってたような。


「そういやさ。ギンコは試練が何なのか知らないのか? さっきの男がそんなこと話してたけど」

「さ、さぁ……。私にも分かりません……」

「ギンコも知らないのか?」

「聞いたことがあるような気がするんですが……」


 うーん。

 当の本人ですら知らないのか。


「私も初めて聞く内容だったな。フォルグ族自体があまり知られてないってのもあるが」


 ヴィオレットも知らなかったわけか。

 まぁ、ずっと森の中に引きこもってるような種族だ。どういう生活をしているのか、外部にはほとんど伝わらないんだろうな。

 これ以上、悩んでも答えが出なさそうだし。考えるだけ時間の無駄かな。


 さて、それはそれとして気になることがある。


「ところでさ、道はこっちで合ってるの?」

「えっ?」


 ひたすら歩き続けていたが、帰り道が合っているのかが疑問に思った。


「俺はヴィオレットに付いて行ったつもりなんだけど」

「私はヤシロと同じ方向に進んでいただけなんだが」

「私はご主人様の後ろを歩いていただけなんですけど」


 ……あれ?

 何かがおかしい。

 俺たちはどこに向かっているんだ?


「って、ちょっと待て。マナはどこに行ったんだ?」

「あっ……!」

「あ、あれ? 言われてみれば、さっきからどこにも居ないですね」


 いつの間にかマナの姿が見えなくなっている。

 いつから居なくなっていたんだろう。


 さっきはあまりにもショッキングな出来事があったからな。無意識のうちに足だけ動かし続けていたらしい。

 そんな状態だったからか、マナが居なくなっていたことに気づかなかった。


「おーい! マナー! どこに行ったんだー!?」


 ……………………


「……返事がありませんね」

「マジでどこいったんだあいつ……」


 仕方ない。

 ここはいつもの・・・・で呼んでみるか。


「おーい! プリンやるから出てきてくれよ! 今ならおかわりも自由だぞー!」


 ……………………


 ………………………………


 …………………………………………


「現れませんね……」

「そんな馬鹿な……」


 ありえない……

 あのプリン星人がプリンを食べるチャンスを逃すはずがない。

 しかも食べ放題だって言ってるのに、無視するはずがない。

 何が起きているんだ?


「な、なぁ。前から気になっていたんだが、その『プリン』とやらは何なんだ?」

「また今度話すよ。とにかくマナはプリン大好物なんだよ。だから無視するはずがないんだ。こんな事は初めてだ」

「そ、それってマズいんじゃないか? もしかしてマナちゃんは迷子になっているのでは……」

「それは無いと思う。たぶん」


 マナはいつも唐突に現れるからな。

 どこに行こうが、すぐに出てくるはずなんだ。


「なら探した方がよくないか?」

「大丈夫だと思う。あいつは普通じゃないから」

「でもな。結局マナちゃんが居ないと帰り道も分からないんだが……」

「あっ……」


 そういやそうだった。ここまで案内してくれたのはマナだった。


「ヴィオレットは帰り道分からないの?」

「すまない。ずっとマナちゃん便りだったからな。正確な道順は覚えてないんだ」


 これってもしかして……遭難ってやつ?


「それよりもマズいぞ。そろそろ日が暮れそうだ」

「た、確かに……」


 ここまで来るのに時間をかけすぎた。

 あと数時間ぐらいで太陽が沈みそうになっている。


「ど、どうしましょう……」

「そうだ。一旦、フォルグの里に戻らないか? もしかしたら帰り道を教えてくれるかもしれないし」

「ヤシロに賛成だ。ここに居るよりは安全なはずだ」

「そ、そうですね」


 というわけで里に戻ることになったのはいいが……


「つーかさ。どうやって戻ればいいの?」

「…………」


 無意識のうちにここまで来たからな。

 道順なんて覚えているはずがない。


「す、すまない。考えてごとをしていてどうやってここに来たのかよく覚えていないんだ……」

「そ、そうだ! ギンコなら道を知っているんじゃないか?」

「え、ええええ!? 私ですか?」

「ここらに住んでいたのはギンコだけなんだし。一番信頼できるのはお前しかいないんだ!」

「で、でもぉ……私はずっと里の中に居たので、役に立てないと思いますよ?」

「カンでいい。カンでどの道が合ってるか感じ取れ!」

「えーと……えーと……たぶんあっち……だと思います」


 不安そうに指さす方向を見つめる。


「よし。ならあっちに行こう!」

「ほ、本当にいいんですか?」

「たぶん何とかなる!」

「大丈夫だろうか……」


 そんなこんなでギンコが先頭になり、その後を付いていくことにした。




 だが一向に辿り着くことはなかった。


「もしかしなくても、道間違ってるんじゃないかな……」

「里からこんなにも歩いた記憶は無いしな……」

「ご、ごめんなさーい……」

「い、いやいや。ギンコのせいじゃないって。強制した俺が悪かった」


 しかしどうする?

 このままだとマジで帰ることすら出来んぞ。


「あまりのんびりしてる暇はないぞ。そろそろ日が暮れそうだからな。夜の森は危険だ」

「確かに……」


 あと1時間もしないうちに真っ暗になるだろう。

 そうなると身動きが取れなくなる。


「今日は戻るのは諦めよう。それどころじゃない。どこかで野営して明日行動したほうがいい」

「そうだな。ヴィオレットの言う通りだ」

「出来れば、開けた場所で野営したいんだが……」


 周囲を見回しても、良さそうな場所が見つからなかった。


「まだ明るいうちに場所を確保しよう。二人も場所を探すのを手伝ってほしい」

「もちろんさ。でもどの方向に行けばいいと思う?」

「…………」


 ここに来るまでの間、よさそうな場所は無かった。

 ならば別の場所を目指した方がいいだろう。


「俺はあっちがいいと思うな」

「私は向こうに行きたいと思う」

「私はこっちの方がよさそうな気がします」


 三人がそれぞれ別の方向を指さす。


「…………」

「…………」

「…………」


 …………現在、絶賛遭難中である。

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