第82話:フォルグ族の掟

 森の中を歩き、休みながらも奥へと進んでいく。

 その間は特に何も起こらず、順調に先に進むことができた。

 ひたすらマナの後を付いていく。


 どれだけ進んだろうか。

 歩き続けていると、突然ギンコがボソッと呟いた。


「この辺り……見たことあるかも……」

「本当か?」

「た、たぶん……ご、ごめんなさい。よく覚えないので気のせいかも……」

「でもそう感じるんだろ?」

「はい……」


 ということは、そろそろ目的地に近づいたということだろうか。


「いよいよ里に辿り着けるってわけか」

「そう……ですね……」

「なんだかんだで色々あったなぁ」


 本当に色んな出来事があった。

 旅立つ前はこうなるとは思いもしなかった。

 中には危険な目に遭ったこともあるが、こうして無事に来れたんだ。

 これも皆のお陰だ。


「もし故郷に着いたら、ギンコはどうするんだ?」

「何がですか?」

「いやさ。ギンコは元々フォルグの里に住んでいたんだろ? ならこれからもずっとそこに住み続けたいのか?」

「あ……」


 そうだ。本来の目的はこれだ。

 ギンコを故郷に返してやりたいと思ったからここまで来たわけで。

 もしこれからもずっと故郷に居たいと思うなら、反対する気はない。

 ギンコはまだ子供なんだ。自分の生まれた場所に帰りたいと思っているはずだ。


「どうなんだ?」

「…………」

「ギンコ?」

「正直……分かりません……」

「え?」


 あれ。違ったか?


「こんな私のわがままを聞いてくれて、ご主人様にはすごく感謝しています。でも私は捨てられた身です。もしかしたら、里には私の居場所が無いのかも……。そう思ってしまうことがあるんです……」


 ああそうか。ある日突然、捨てられたんだっけか。原因も未だに不明のままだしな。

 もし戻れたとしても、ひょっとしたらまた捨てられるかもしれない……と考えているんだろうな。


「大丈夫だって。ちゃんと受け入れてくれるはずさ。捨てられたというのも勘違いかもしれないんだし」

「そうでしょうか……」

「ま、せっかくここまで来たんだ。向こうがどう思ってるかなんてすぐ分かるさ」

「そうですね」

「今はとにかく先に進もう」


 そんな会話をしつつ、奥へと進んでいく。




「ん」


 マナがそういって指さした先には、柵で覆われた集落があった。


「あれは、まさか……」

「本当に……帰ってこれた……」

「あそこがギンコが住んでいた場所に間違いないんだな?」

「はい。間違いなく私が暮らしていた所です」


 ってことは、あそこがフォルグの里ってわけか。ここまで長かったな。

 里は意外と規模が大きく、目視する限りではどれだけ広いのかが分からないほどだ。


「ん? 誰かいるな」


 里の入り口には、大男が門番のように立っていた。


「ここからは私が先に行こう」


 ヴィオレットがそう言ってきたので、俺たちはその後を付いていくことにした。


 入り口に近づくと、大男がギロリと睨みつけてきた。

 体格は大きく、2メートルはありそうなほど巨体だ。そしてギンコと似たような耳と尻尾が生えている。

 間違いない。あの人もフォルグ族だ。


「待て。お前たちは何者だ」

「あ、えっと……用があるのは俺じゃないんだ。この子を連れてきただけなんだ」

「何……?」

「ほらギンコ。ここがお前の故郷なんだろう?」


 ギンコは俺の服を掴んだまま、動こうとしなかった。

 なぜか脅えているような様子だった。


「この子もそっちと同じフォルグ族なんだよね?」

「……確かに。我らと同族なのは間違いないだろう」

「だからさ。ここに連れてきたってわけ。出来れば母親に会わせてあげたいんだけど、通してやってくれないかな?」


 大男がギンコを睨む。

 けどその目は、同族を見つめるような雰囲気ではなかった

 あの目はまるで、よそ者を見るような感じにも思える。


 何かがおかしい。

 せっかく同族が帰ってきたんだから、もっと喜んでもいいはずなのに……


「…………駄目だ」

「……は?」


 だ、駄目?

 いきなり何を言い出すんだこの人は。


「だ、駄目って……何がだよ?」

「お前ら全員、ここを通すわけにはいかん」

「な、何でだよ? 俺はともかく、この子は同じフォルグ族なんだろう? だったらこの子だけでも通してやってくれよ」

「駄目だ。それは出来ない」


 おいおい。どうなってるんだこりゃ。

 ギンコですら入れてくれないとかおかしくないか。


「せめて理由だけでも聞かせてくれよ。いきなり駄目と言われても納得できないんだけど」

「〝弱き者〟は里に入る資格無し。これは我らの掟なのだ」

「よ、弱き者って……」


 確かにギンコはまだ子供だけど、それだけで入ることすら出来ないってか?

 いくらなんでも横暴すぎる。


「理解したか? ならすぐさま立ち去るがよい」

「ま、待ってくれよ。全然分けわかんないんだけど。まだ子供だから入れないと言いたいのか?」

「そうではない。力無き者はここで生きていく資格が無いだけだ」

「なっ……」


 なんだよそれ。

 弱かったら里から追い出されるってか?

 さすがに厳しすぎないか?

 ギンコが捨てられたと言ってたわけが少し理解できた気がする。


「た、確かにこの子は――ギンコはまだ弱いかもしれない。けどまだ子供な上に女の子だぞ? 少しぐらい配慮してくれてもいいんじゃないか?」

「ならぬ」

「な、何でだよ!?」

「これは掟だ。我ら誇り高きフォルグ族が受け継がれる伝統なのだ。例外は認められぬ」

「……ッ!」


 掟、掟って……そんなに掟が大事なのかよ……!

 弱いから排除するとか。なんつー脳筋思考。

 ギンコはこんな場所に住んでいたのか。


「ギンコが弱いからって、そんな簡単に捨てちまうのかよ。弱いことがそんなにも罪なのかよ?」

「ふむ。何か勘違いをしているな」

「勘違い……?」

「弱者だから追放されたのではない。試練・・を乗り越えられなかったから戻ってこれなかっただけだ」


 シレン? 試練?

 戻ってこれなかった?

 何を言っているんだこいつは。


「し、試練って何だよ? そんなのギンコから聞いてないぞ」

「部外者に話す筋合いはないな」

「ぐっ……」


 さっきから意味分からんこと言いやがって。

 駄目だ。さっきから平行線だ。

 何が何でもギンコを入れたくないらしい。せっかく仲間が帰ってきたってのに、どうしてこんなにも冷たい対応をされなきゃならないんだ。

 だったら……


「じゃあ入れなくてもいい。その代わりにギンコの母親だけでも会わせてくれよ!」

「駄目だ」

「そ、そこまで拒絶することないだろ……」

「部外者の言うことを聞く義理もないのでな。分かったならすぐに立ち去るがいい」


 こんなことすら聞いてくれないのか。


 何を言っても無駄なのか?

 本当にこのまま引き下がるしかないのか?

 ここまで来て何もせずに帰るしかないのか……?


 じゃあ俺は……ギンコは……


 何のためにここまで来たんだよ……


 …………やっぱり諦めきれない。


「た、頼むよ。ギンコの母親だけでも呼び出してくれるだけでいいからさ!」

「同じことを言わせるな。何度繰り返そうが返答は変わらぬ」


 堅物め……


「何でお前は……そんなにも冷たい反応なんだよ……」

「これも掟だ」

「この子はあんたと同じ仲間だったんだろ……? 少しぐらい融通をきかせてもいいじゃねーか……」

「掟に背くことは出来ぬ」


 どこまでいっても掟か。

 自分たちの同胞よりも、そんなに掟が大事なのかよ……


「なぁ。頼むよ。ギンコはずっと母親に会いたがっていたんだぞ? ここまで苦労して足を運んだってのに、こんな結果で終われるはずがないだろ……」

「我の知ったことではないな」

「……ッ! お前なぁ! ギンコがどんな思いでここまで来たと――」

「落ち着けヤシロ!」


 ヴィオレットに肩を掴まれ、そのまま少し引き寄せられる。


「こうなることは分かっていたはずだろう?」

「…………」


 確かにヴィオレットは前に言っていたっけ。

 例え同族だとしても門前払いになる可能性があるって。

 けどギンコはまだ小さいし、何だかんだで受け入れてくれると思っていた。どうにかなると思っていた。

 けど現実はそうは甘くなかったってか。

 本当にこうなるとはな……


「で、でも。ギンコも納得していないだろ? せっかくここまで来たってのに」

「わ、私は大丈夫です……こうなる覚悟はありましたから……」


 口はそう言っているが、明らかに落ち込んでいる。


「ヤシロ。これ以上、話しても無駄だろう。残念だけど引き返すしかない」

「そうかもしれないけど……」

「ハッキリと結果が分かっただけでも収穫だ。ここまで来たのは無駄じゃない。そう考えるんだ」

「…………」


 前向きに考えるならヴィオレットの言う通りかもしれない。

 けどこのままだとギンコが納得しないだろう。


「ご主人様……私は大丈夫ですから……」

「いいのか?」

「本当に……大丈夫ですから……」


 明らかに大丈夫には見えない。

 同族によそ者扱いされたのがショックなのかもしれない。


 だがどうする?

 本当にここのまま何も出来ずに帰るしかないのか?

 何か良い方法はないのか……?


「ヤシロ。気持ちは分かるが、ここに居ても時間を無駄にするだけだぞ。下手に刺激しても逆効果だ。ここは堪えるんだ」

「…………」

「それに、ギンコちゃんをこのままにしておくわけにはいかないだろう? これ以上、何か言われたらどうなるか分らんぞ」


 ただでさえショッキングなこと言われたもんな。もっと衝撃的な事実があるかもしれない。

 あえて聞かない方がいいかもな。

 知らない方が幸せって事もあるしな。

 ここに居ても進展は無さそうだし、今は大人しく帰るしかない……か……


 そう思い、来た道を引き返そうとした時だった。

 大男が呼び止めてきたのだ。


「待て。言い忘れていたことがある」

「……?」

「〝聖域〟には近寄らぬようにな」

「聖域……? なんじゃそりゃ……」

「忠告はしたぞ」


 意味が分からん。

 聖域が何なのか知らんが、好きで近寄ったりしないっての。


 まぁいい。とっとと帰ろう。

 ここに居ても何も得るものは無さそうだしな。

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