第72話:意外な一面

 あれから何度か魔法の練習をしてみたが、全く使える様子は無かった。

 これ以上がんばっても出来る気がしないし、今は諦めるか。


 そうしている内に時間が過ぎていき、日が傾いてきた。

 さすがに外出するような時間じゃないし、このまま寝るまで部屋でのんびりすることにする。

 とはいっても食事にするにはまだ早いし、暇だな。


「あっそうだ」

「どうかしましたか?」

「いやちょっとな。暇つぶしの道具でも出そうかと思って」

「?」


 カタログからあるものを購入。それをテーブルの上に置いた。


「ギンコも一緒にやろうぜ。これは二人で遊ぶやつだから」

「なんですかそれ? 緑色の板……?」

「これはオセロというんだ。やり方教えるからこっちにおいで」

「は、はい」


 そう。今手に入れたのはオセロだ。

 ルールもシンプルで簡単だからギンコでも覚えやすいと思って選んだ。


「まずこの石を4つ並べてからスタートするんだ」

「変わった石なんですね。表が白で裏が黒いなんて」

「まぁね。んでこんな感じでマスに置いて違う色で挟むと――」


 オセロのルールを簡単に説明していく。

 覚える知識も少ないし、ギンコもすぐに理解したようだ。


「……とまぁこんな感じだ」

「へぇ~。初めて見ましたけど、面白そうな遊び道具ですね」

「だろ? とりあえずやってみようか。俺が白やるからギンコは黒ね」

「はい」

「んじゃ先に打っていいよ」


 ゆっくりとギンコが打ち、マスで挟んだ石をひっくり返す。


「こ、こうですか?」

「そうそう。あとは交互に打ち合って進めるんだ。次は俺の番だな」


 特に問題なく順調に対局が進んでいった。

 そして全てのマスが埋まり色を数えていく。


「打つ場所もないしこれで終わりだ」

「あっ。もう終わりなんですね」

「この場合は白が多いから俺の勝ちってわけだ」

「なるほど~。面白いですねこれ!」

「暇つぶしにはいっしょ」

「も、もう一回やりましょうよ! 次は負けませんよ!」

「おういいぞ」


 楽しそうでなによりだ。

 その後も慣れてきたようで、思考時間もどんどん短くなっていった。

 教えなくても4隅の重要性に気付いたようで、積極的に狙うような傾向も見られた。

 これはなかなかいい勝負になりそうだ。


「それ、なに?」


 誰かと思いきや、話しかけてきたのはマナだった。

 すごい意外だ。


「ん? これか? これはオセロって言って、ちょっとした遊び道具だよ」

「…………」


 マナがずっと居るのは珍しいな。

 いつもならプリンを食べた後に、いつの間にか姿を消しているからな。

 プリンを全部食べたのに、いつまでも居るのは本当に意外だった。


「どうした? まだプリンが欲しいのか?」


 マナはふるふると首を横に振った。どうやら違うようだ。


「まぁいいか。んじゃ続きやるか」

「は、はい」

「…………」


 再開しようとするが、マナがジーッっと見つめてくるのが気になる。

 なんとなくやり辛い。


「な、何か用か?」

「…………」

「もしかしてオセロやってみたいのか?」

「……ん」

「マジで?」


 へぇ。どういう心境の変化なんだろう。

 マナがプリン以外に興味を持つなんてな。珍しいこともあるもんだ。


「あ、じゃあ私が変わりますよ」

「えっいいのか?」

「マナさんもやりたそうにしてますし。私よりもご主人様の方が慣れていますから」

「そうか。なら頼む」

「はい。ではマナさんこっちに座ってください」

「ん」


 ギンコが席を立ち、代わりにマナが対面に座った。

 そしてルールを簡単に説明した。


「――という感じだ。やり方は分かったか?」

「ん」

「ならさっそくやってみるか。俺が白でマナが黒な。そっちが先行でいいよ」

「…………」


 手に取ったオセロ石を珍しそうに眺めるマナ。

 が、いつまでもそうしていると進まないで、やんわりと打つように指示した。

 最初は打つ度にそんなことをしていたが、次第に盤面に集中していったようだ。

 順調に進めていき、全てのマスを埋め終わった。


「終わりだな。白が多いから俺の勝ちだ」

「…………」

「どうだ? けっこう面白いっしょ」

「……ん」


 ずっと無表情のままだから分かり辛いけど、たぶん楽しんでくれたはず。


「もう一回やってみるか?」

「やる」

「あいよ」


 マナも慣れてきたようで、スムーズに進めるようになってきた。

 そうして進めていき、終局になった。


「んと、白が多いからまた俺の勝ちだな」

「…………」

「まだやるか?」

「やる」

「おっけー」


 どうやら面白かったらしく、その後も何回か対局することになった。

 別にオセロが得意というわけではないが、全て俺の勝ちだった。


「これで終わりっと。まぁ数えるまでもなく白が多いな」

「…………」


 けっこう時間も潰せたな。

 やはりオセロにして正解だったな。二人とも予想以上にハマっているみたいだしな。

 また今度も相手してやるかな。


 さて。さすがに腹も減ってきたし、そろそろメシにしようか。

 そう思い席を立とうとするが、マナに服を掴まれた。


「どうした?」

「まだ」

「まだ? 何がだ?」

「まだ、やる」

「あのさ。腹も減ってきたし、そろそろ終わりたいんだけど……」

「やる」

「……じゃあ次が最後な」

「…………」

「が、がんばってください」


 仕方ない。もう一度だけ付き合うか。

 が、やはり俺の勝ちだった。


「んーと。白が多いな。それじゃあそろそろ――」

「まだ、やる」

「……今日は勘弁してくれないか。また今度相手してやるからさ」

「やる」


 随分とやる気だな。そんなに気に入ったのか。

 けどさすがに疲れてきた。この辺で終わらせたいんだけどな。


「あ、なら私がご主人様と変わりましょうか?」

「た、頼む。次はギンコが相手になるからさ、俺はもう終わ――」

「だめ」

「…………だってよ」

「そ、そうですか」


 あくまで俺を指名したいらしい。


「次で本当に最後でいいよな? というか最後にしてくれ。お願いだからさ」

「………………かつ」

「えっ? かつ?」

「…………」


 何かおかしいな。

 よく分からんが、マナから謎の気迫を感じる。

 これはハマっているというよりむしろ……


「まさかと思うけど、負けたままなのが嫌とか?」

「ちがう」

「そ、そうか。俺の勘違い――」

「ちがう」

「じゃあなんで――」

「ちがう」

「マ、マナ?」

「ちがう」

「…………」

「ちがう」


 こいつはどんな時でも表情を変えないから、何を考えているのか分からなかったんだよな。

 だけど今日初めて感情が読めた気がする。

 意外と負けず嫌いな性格らしい。


 そういやマナは一度も勝ててなかったな。

 俺は勝ちたくてやってるわけじゃなかったんだけど、マナ相手だと不思議と負ける気がしなかった。

 なんというか、打ち方のパターンが毎回一緒なんだよな。

 少しアドバイスしてみるか。


「あ、あのさ。なるべく4隅を取られないようにすると有利になるんだよ。絶対勝てるというわけじゃないけど、勝率が上がるのは間違いない」

「……?」

「4隅ってのは、この角のことだよ。ここに自分の石を置ければ、絶対に取り返されることは無くなるんだよ」

「…………」


 これで少しはよくなったはず。

 あまり勝ちすぎてもあれだし、手加減するしかないな。


「と、とりあえずやってみようか」

「ん」


 今度はなるべく勝たないように慎重に進めていった。

 その結果。マナが勝利することになった。


「おっ。黒が多いな。ってことは俺の負けか」

「すごいじゃないですか! ご主人様に勝てるなんて!」

「…………」

「じゃあこの辺で終わり――」

「だめ」

「……さすがに疲れてきたんだけど」

「まだ、やる」


 おかしいな。勝つだけでは不満なのか?

 ってことはあれか。たぶんだけど、マナが勝ち越さないとずっとこのままな気がする。

 向こうはまだやる気みたいだし、まだ時間が掛かりそうだ。


 その後も何度も付き合わされ、マナが納得するまで解放されることはなかった。




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