第70話:精霊という存在

 宿へと戻り、ヴィオレットは俺達が借りている部屋へとやってきた。


「そろそろ話してくれてもいいんじゃないか? ヤシロがどうやってエルフの件を解決したのか」

「あー。それなんだけど、俺が直接なにかしたってわけじゃないんだよね」

「なに? それはどういう意味だ?」


 さてどっから説明すればいいかな。

「精霊が助けてくれたんだよ!」とか言っても信じてもらえなさそうだ。


「なぁギンコ。どう説明したらいいと思う?」

「う、う~ん。やっぱりマナさんのことを話すしかないと思いますけど……」

「やっぱそうだよなぁ……」


 マナが助けに来てくれたから何とかなったわけだしな。

 どう考えてもマナのことを話さないと説明するのは無理だ。


「なんつーか……その、色々あってだな。エルフに絡まれているときに精霊が助けにきてくれたんだよ」

「ちょ、ちょっと待て。せ、精霊が来てくれただと?」

「うん。そのお蔭で俺らは助かったんだけど……」

「……あのなぁ。いくらなんでも信憑性が無さ過ぎるぞ。作り話にしてはお粗末すぎる」


 予想はしてたけどやっぱり信じてもらえない。

 けど事実なんだから、これ以外に説明のしようがない。


「仮に本当だとして、なぜヤシロを助けに来たんだ?」

「……そういやなんでだろ? プリンをあげたからかな?」

「プリン? よく分からないが、精霊というのは特定の人を贔屓ひいきにしたりしない。ヤシロにだけ特別扱いするとか考えられん」

「そうなの?」

「ああ。そもそも助けにくるということ自体がまずありえない。例え人類が滅びの危機を迎えようとしても、何もせずに見守っているだけだろう。精霊とはそういう存在だ」


 へぇ。初めて知ったな。

 精霊ってどういうものなのかいまいちイメージし辛かったけど、なんとなく分かってきた気がする。

 加護はくれるけど、基本的には人間に対しては無関心というわけか。

 いわゆる神様的なもんなのかな。


「これで分かっただろう? 精霊が助けに来るなんて起こりえないんだよ」

「そうかもしれないけど……」

「そろそろ本当のことを話してくれないか。それとも解決したというのは嘘だったのか?」

「本当だってば。もう大丈夫だって」

「どうしてそう言い切れる?」

「だから、それは精霊が助けに来てくれたからで……」


 う~ん。これ以上言っても信じてくれなさそうだ。

 ならば、直接マナの姿を見せたほうが早いかもな


「じゃあ精霊を呼ぶからさ。それなら信じてくれるか?」

「なに? そんなことが出来るわけが……」

「ちょっと待ってて。いま呼び出すから。たぶん来てくれるはず」

「お、おい……」


 仕方ない。こうなったらマナに来てもらうしかない。

 大きく息を吸った後、召喚呪文・・・・を唱えることにした。


「さーて、そろそろプリンでも食おうかな! おおっと! ついうっかり大量のプリンを用意してしまったぞ! 困ったなー! こんなにあるなら食べきれないなー! 誰か代わりにプリン食べてくれる人は居ないかなー? こままだと捨てることに――」

「ぷりん」

「うおっっっ!!」


 び、びっくりした……

 マナのやついきなり背後に現れやがって。心臓が飛び出るかと思った。


「マ、マナ? 頼むからさ、背後から急に声をかけるのは止めてくれないか?」

「ぷりん。ない?」

「いやだから。いきなり背後から話しかけるのは止めてほしんだけど」

「……ない?」


 駄目だこりゃ。俺の話なんて聞いちゃくれない。

 この召喚方法は心臓に悪いな。もっと別の方法を考えた方がいいかもな。


「な、な、な、なんだその子は!? い、いつの間にそこに居たんだ!?」


 さすがにヴィオレットも驚くよね。

 俺だって初めて見た時は驚いたしな。


「なんというか。こいつがさっき話した精霊なんだよ。これで信じてくれるか?」

「そ、その子が? そんな馬鹿な。少し変わった格好をしているけど、普通の女の子じゃないか」


 確かに変わっているな。

 マナは白いワンピースを着ているし、頭には花のアクセサリー(?)を付けているし。あまり見ない格好だ。


「マジでこいつが精霊なんだってば。どう? これで信じてくれた?」

「……やはり信じられん。どう見ても普通の人にしか思えないな」


 あれー?

 直接姿を見せたってのに、これでも信じてくれないのか。


「じゃあどうしたら信じてくれるんだよ?」

「そうだな……もし本当に精霊なら、加護を与えてくれるはずだろう? 実際にこの場でやってみてくれないか」

「あっ……!」


 そうか。マナは精霊なんだから、加護を付与できるじゃないか。

 ということは、俺も魔法が使えるようになるのか?


「な、なぁマナ。俺に加護をつけることはできるのか?」

「おいおい。ヤシロはもう魔術師だろう? ならば既に加護を持っているじゃないか」

「そ、そうだったな……」


 そういやヴィオレットにはそう話していたんだった。すっかり忘れてた。

 となると……


「じゃあ……ギンコはどうだ? ギンコに加護をつけてやってくれないか?」

「え、ええ!? 私にですか!?」

「…………」


 マナがギンコに振り向いてジーッっと見つめる。


「ど、どうだ? できるか?」

「…………」


 そうだよ。別に俺である必要は無いんだ。

 むしろギンコのほうが適しているかもしれない。

 ギンコが魔法を使えるようになれば、色々と便利になるはずだ。

 もし魔法が使えるなら一体どんな――


「…………むり」

「は? む、無理?」


 おいおいおい。なんだそりゃ!?


「な、なんで無理なんだよ!?」

「むり」

「だからその理由はなんだよ!?」

「知らない」

「し、知らないって……そんな無責任な……」


 そんな馬鹿な。

 精霊なのに加護を付与できないってか?

 一体何が駄目なんだろう?


「はっはっは! ほら見たことか! その子も出来ないって言っているじゃないか」

「で、でも……」

「そもそも加護というのはだな、実力を示して精霊に認められないと授けてくれないんだよ。そう簡単にはいかないのさ」

「マ、マジで?」

「このくらいヤシロだって知っているはずだろう? 何を今さら」


 ということはあれか。

 ギンコはまだ認めれてないから無理……ということか?


「マナ! ならギンコに実力があればいけるんだよな!?」

「むり」

「はぁ!? じゃあプリンやるから加護をつけてやってくれよ!」

「むり」

「何でだよ!?」


 おかしい。

 マナは精霊じゃなかったのか?

 まさか俺が勘違いしているだけで、本当は精霊じゃないのか?

 いやいやいや。そんな馬鹿な……


「そこまでにしておけ。その子も困っているじゃないか」

「け、けどさ。まだ納得できないというか……」

「ええと、たしかマナちゃんとか言ったか。すまないな。こんな茶番に付き合わせてしまって」

「…………」

「見てみろ。マナちゃんも困っているじゃないか。こんな可愛い子を変なことに巻き込むんじゃないぞ」


 マナは相変わらず無表情のままなんだけな。俺には困っているようには見えない。

 けど内心ではそう思っているかもしれん。あとでたんまりとプリンをあげることにしよう。


 結局マナはその後も何もしてくれず、ヴィオレットもマナが精霊だと信じることは無かった。


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