第69話:美しいもの②

 カタログからとある物を手に入れた後、クルシンスの屋敷へと戻ってきた。

 再び案内してもらい、ヴィオレットが待つ部屋へと入った。


「! ヤシロ。もう戻ってきたのか」

「おや? 随分と早かったじゃないか。まさか諦めたのか?」

「まさか」


 宿へ戻る途中で思いついたからな。

 向こうにとっては予想外の早さだっただろう。


「望みの『美しいもの』を持ってきたんですよ」

「へぇ。本当に持ってきてくれるとはね。別にそのまま諦めてくれても構わなかったんだがね」

「そういうわけにはいきませんよ。ヴィオレットを解放してもらわないと困るんでね」

「ヤシロ……」


 さーて。ここからが正念場だ。

 美しいものを思いついたのはいいものの、正直不安ではある。だが今はこれくらいしか思いつかなかったんだ。

 もしこれで駄目だったなら、また宿へ戻って考え直す必要がある。


「では見せてもらおうか。君が持ってきた美しいものを」

「いいでしょう。俺が選んだ美しいもの…………それは…………これです!」

「……!?」


 小さな円盤型の物を差し出した。

 それは直径12センチのサイズで、厚さは数ミリ程度しかない薄い物だ。

 表面は鏡みたいに光を反射していて、銀色に見えなくもない。

 小指でも持てるほど軽く、それなりに壊れやすい代物だ。


 手の平に持っているそれ・・を見たクルシンスは、目を見開いて凝視し始めた。


「お、お……おおおおお! 素晴らしい!」

「どうです? なかなか悪くないと思うんですが」

「な、なんだその円盤は!? 見たことがない! も、もっと近くで見させてくれ!」

「どうぞ」


 おお?

 これは脈ありかな?

 予想外の反応だな。


 そう。

 俺が持ってきた美しいもの。


 それは――


 CDだ。


 ウエストバックに入っているCDプレイヤーを取り出そうとして思いついたものだ。


「ほうほう。ここまで綺麗な円状の物はほとんど見ないな。しかも薄くて表面も輝いている」

「どうでしょう?」

「鏡……にしては少し変だな。鏡としても使えなくはないが、もっとマシなのがある。これはどういった素材で出来ているんだい?」

「そ、それは秘密です」


 というか言っても理解不能だろうしね。


「しかし中心に穴が開いているのが気になる。これでは美観を損なうではないか。なぜわざわざ穴なんて空けたのだ?」

「うっ……」


 どうしよう。あの穴についての言い訳を考えてなかった。

 プレーヤーにセットするための穴なんだけど、言ったって理解できるはずがない。

 上手くこじつけられるような方法がないもんか。納得が出来るような説明をしないと。

 えーと……えーと……そうだ。


「こ、この穴はですね……こんな感じに指を入れて持つためにあるんですよ! これなら汚さずに持てるでしょう?」

「お、おお! なるほど!」


 ちょっと苦しい言い訳だったかな?

 けど今はこれしか思いつかなかったんだ。


「美観を保ちつつ、利便性まで考えつつ作られたということか! そう考えて見てみると、むしろこの方が理想的な形に思える! なんという……なんという……これは……美しい……」


 お? 意外と好感触な様子?

 とっさの説明にしては上手くいったかもな。


「こ、これはどこで手に入れたんだ!?」

「そこまで話すわけにはいきませんねぇ。なんせ世界にたった1つしか存在しない品物なもんでね」

「ううむ。つまり誰も持っていない一品というわけか……」


 嘘は言ってない。

 この世界にはCDなんて存在しないし。


「い、いくらだ? いくら出せばその円盤を譲ってくれるんだ?」

「俺が欲しいのはカネじゃないんですよ。分かってますよねぇ?」

「くっ……」


 さあどうだ。

 このCDを手に入れたいならヴィオレットを解放するしかないぞ?


「もしここで逃したら一生手に入らないと思うんですがねぇ」

「せ、せめて誰が作ったのかだけでも――」

「もちろん秘密です」

「くぅ……」


 つーか言えるわけがない。


「どうです? ヴィオレットを自由にしてくれるのなら、これを譲りますけど?」

「……仕方ない。約束だからね」

「! それじゃあ……」

「ああ。ヴィオレット嬢は諦めることにするよ」


 や、やった!

 ようやくヴィオレットを解放してくれる気になったか。


「ちなみにその円盤はなんという名前なんだい?」

「えーとこれはコン……いや、CDって呼んでます」

「ほうほう。シーディーか。初めて耳にするな。どうやって手に入れたのか気になるが、どうせ話してくれないんだろう?」

「というか、俺も詳しくは知らないんで……」

「まぁいい。こっちで調べることにするさ」


 CDを手渡すと、受け取ったクルシンスは離れた場所に移動した。すぐに保管しにいったんだろう。

 それと同時にヴィオレットが嬉しそうに近づいてきた。


「ヤ、ヤシロ! あ、ありがとう! 君のお蔭で助かったぞ!」

「上手くいってほっとしてるよ。それより大丈夫だった?」

「私のことなら心配要らない。窮屈な思いはしたが、何かされたわけではない」


 緩い軟禁状態だったわけか。

 何はともあれ無事で何より。


「ああそうだ。ヴィオレット嬢!」

「……まだ何か用か?」

「今回は君のことは諦めることにしたが、もし気が変わったらいつでも来るといい! 僕はいつでも歓迎しているからね!」

「絶対に来るもんか!!!!」


 ヴィオレットの叫びは部屋中に響き渡った。




 屋敷から出た後の帰り道のことだ。

 3人で宿を目指して歩いていると、ヴィオレットが話しかけてきた。


「今回はすまなかったな。本当ならば私自身でなんとかしたかったんだが、どうしようもなくてな。結局、ヤシロ達にも迷惑をかけてしまった」

「気にしなくていいよ。アレはしょうがない……」


 言いくるめてなんとか出来るような相手じゃなかったしな。


「それにギンコちゃんも感謝しているよ」

「え? 私は何もしてませんよ?」

「いやいや。ギンコちゃんがあの場で閃いたお蔭で解決の糸口が見つかったんだ。本当にありがとう」

「そ、そんな大げさな……」


 ギンコが居なけりゃずっとあのままだったかもしれない。

 なかなか頼りになる子だ。


「そういやまだ聞いてなかったけど、何であんな場所に居たの?」

「別に好きで居たわけじゃない。成り行きでなぜかああなったんだ」


 まさか誘拐でもされたんだろうか。


「実はな、とある手がかりを求めて町で聞き込みをしていると、クルシンスという人が知っているかもしれないという話を聞いたんだ。それで屋敷を訪れて情報を聞きに行ったんだ」

「あれ。ヴィオレットの方から訪れたわけか」

「まぁな」


 自ら屋敷に乗り込んで、そのまま軟禁されたってわけか。

 てっきり町中でクルシンスがヴィオレットを見て、そのまま屋敷に連れて帰った……みたいなパターンだと思ってた。


「それで屋敷に辿り着いて話を進めていくうちに、なぜかクルシンスが私のことを気に入ってな。後は知っての通りだ」

「なるほど。災難だったな……」

「全くだ。結局なにも手掛かりは得られなかったし、骨折り損だ」

「でもヴィオレットなら自力で脱出できたんじゃない? いっそのこと力ずくでなんとかすればよかったのに」


 ヴィオレットは魔法が使えるんだし、難しくないと思うんだけどな。


「そう考えたこともあった。だがあの執事が厄介でな。逃げようとしても逃げ道を塞がれてしまったんだ」

「執事って……たしかセバスとか名乗ってた人?」

「そうだ。あの執事はかなりの実力者だ。一目見て分かった。恐らく私では勝てなかっただろう」


 セバスって人、そんなに強かったのか……


「それ以外にも複数の気配があった。たぶんクルシンスの護衛だろう」

「マ、マジで?」

「ああ。ヤシロ達が訪れてからもずっと監視されていたぞ。そのせいで下手に動けなかったんだ」


 ぜ、全然気づかなかった……

 そういや精鋭の護衛を貸し出すとか言ってたっけ。

 なるほど。確かに頼りになる護衛だ。


「本当にすまなかった。私にはヤシロ達しか頼れる存在が居なかったんだ」

「過ぎたことだし、もう気にしなくてもいいって」


 あんな場所で孤立してたんだ。助けも呼びたくなるわな。


「ありがとう。今回の失態はこの身をもって挽回してみせる。ああそうだ忘れていた」

「? どしたの?」

「ヤシロ達に伝えたいことがあったんだ。この町には危険な奴が居る。エルフを見つけたら絶対に近寄るな」


 あ。そういやヴィオレットはまだ知らないんだっけ。


「それなら大丈夫だよ。もう解決したから」

「なに? どういう意味だ?」

「ま、宿に戻ったらゆっくり話すさ」

「……?」


 ヴィオレットは納得のいかない顔をしていたが、構わず宿へと向かうことにした。

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