第68話:美しいもの


 馬車に乗り込んでからは特に何事もなかった。

 セバスと名乗った人にあれこれ聞いてみたが口が堅く、何も得られる情報は無かった。


 そんなこんなでとある屋敷へと到着した。

 屋敷はかなり広く、明らかに金持ちが住んでそうな雰囲気だ。

 案内されて中に入り、とある部屋の前までやってきた。


「こちらの部屋にクルシンス様がおります。どうぞ中にお入りください」


 セバスがドアを開け、中へと入った。


「! ヤシロ! ギンコちゃん! 来てくれたのか!」

「ヴィオレット……!」


 部屋に入ると、ヴィオレットが普通に椅子に座っていた。

 よかった。特に変わった様子もない。無事で何よりだ。


「ほう。君がヤシロか」

「えっと……どちら様?」


 よく見るとヴィオレットの横には、ロン毛の男が座っていた。


「うん? セバスから聞いていないのか? 僕がここの主であるクルシンスだ」


 ああ。このロン毛の男がクルシンスって人だったのか。

 けどやっぱり見たことのない人だ。


「そ、そうだったんですね。それで俺に何か用なんです?」

「何か勘違いしているようだが、僕が会いたくて呼んだわけじゃない」

「え? じゃあなんで俺はここに……」

「ヴィオレット嬢がどうしても呼んでほしいというから、仕方なく連れてきたんだ」

「ヴィオレットが?」


 話が見えてこないな。

 というかヴィオレットはなぜこんな場所にいるんだろう。


「ああそうだ。私がヤシロを連れてくるようにお願いしたんだ」

「どうしてそんなことを? つーか事情がさっぱりのみ込めないんだけど」

「そのことなんだが……すまない。ヤシロ達に迷惑をかけるつもりは無かったんだ」

「迷惑……?」

「だが私だけではどうしても無理だったんだ。お願いだ。力を貸してほしい」


 ヴィオレットでも無理なのに、俺が出来るとは思えないんだけどな。


「というか何すりゃいいんだ? いい加減、何が起きてるのか話してくれよ」

「それはだな……」

「それは?」

「………………この男を説得してほしいんだ!」

「……は?」


 この男をって……クルシンスという人を説得?

 ますます意味が分からん。


「実はな、クルシンスに一生ここに居てほしいと言われてな……」

「い、一生!? それってつまり……」


 結婚するってこと!?

 おいおいおい。急すぎるだろ。


「な、なんでそんなことになってるんだよ!?」

「なんというか……強引に迫られたというか――」

「それについては僕から話そう!」


 いきなり割り込んできた。


「僕はね、『美しいもの』を集める趣味をしていてね。あらゆる美しいものを手に入れたいと思っているんだ」

「は、はぁ……」

「周りを見たまえ! これらは僕が苦労して集めたものばかりを飾ってある!」


 部屋をよく見ると、あちこちに宝石みたいな物が飾ってある。中には彫刻や、何かのはく製とかもあった。どれも高そうな物ばかりだ。

 なるほど。こういった物をコレクションするのが趣味ってわけか。


「もちろんこれら宝石は『廃魔石』などという紛い物ではない。全て本物の宝石だ。鑑定士からのお墨付きだからな」


 廃魔石ってたしか宝石そっくりの石だっけか。


「これらとヴィオレットにはどういった関係が?」

「まだ分からないのかい?」

「見当もつかないんですけど……」

「ならヴィオレット嬢を見たまえ! どうだ?」

「どうだと言われても……」


 困惑しているヴィオレットの姿を見ても何も思いつかない。疲れ果てたという感じの表情で頭を抱えていた。


「彼女は美しい! まさに僕が求めていた人ではないか!」

「は?」

「ああ……ヴィオレット嬢。やはり君は美しい……。僕と一緒にずっとここで暮らさないか?」

「だから! 私は何度も断ると言っているはずだ! いい加減諦めてくれないか!」

「いいや。諦めきれないね。美しいものを逃すのが何よりも我慢できない性格なんでね。ここで逃したら一生後悔するだろう。分かってくれないか?」

「そんなの私の知ったことではない!!」


 あー……なんとなく状況が読めてきたぞ。

 要するに、このクルシンスって人がヴィオレットに一目惚れしたってわけか。

 んで何度も攻め寄ってくるし、1人で説得するのは無理だと判断して俺を呼んだ……ってことだろう。


 まぁヴィオレットに一目惚れするのも納得がいく。見た目も綺麗だし、誰が見ても美人だと思うだろう。

 それにスタイルもいいし、胸元も服の上から膨らみが分かるぐらいにはあるしな。(さすがにマナには負けるけど)

 そんな姿を見てプロポーズしたんだろう。けどヴィオレットは受ける気は全くないみたいだけど。


「どうして駄目なんだい? 僕には財力はあるし、君を不幸にはさせるつもりはない。どうか考え直してくれないかな?」

「断る。私程度の女性など探せばいくらでもいるだろう。」

「僕は君が気に入ったんだ。他の誰かじゃあ駄目なんだ。ヴィオレット嬢のような人を手元に置いておきたいんだ」

「私は物じゃない!」

「ああ、安心してくれ。ヴィオレット嬢も、宝石達と平等に愛することを誓うからさ」


 それってつまり、宝石と同レベルの扱いをするってことじゃないか。この人は分かってて言ってるのか?

 案の定、ヴィオレットもすごい不機嫌そうな顔をしている。


「あのなぁ……そんなこと言われて嬉しいと思うのか?」

「本心を言っただけなんだけさ。僕は美しいものなら何でも平等に愛する。飽きたら捨てるなんてことは絶対にしないよ」

「いやそういうことじゃなくて……」

「? 何が駄目なんだい?」

「はぁ……」


 なんつーか、これはヴィオレットじゃなくても断るだろうな。頭を抱えるのも分かる。

 どれだけ説得しようが平行線。そりゃ俺に助けを求めるはずだ。

 さすがに見てられない。俺が何とかしないと。


「ちょっといいですか」

「何だね。君もヴィオレット嬢を説得してくれるのかい?」

「ヴィオレットは俺達を護衛してくれる大切な仲間なんですよ。その人が居ないと俺は旅ができなくて困るんですが」

「! そ、そうだ! 今はヤシロ達を護衛するという重要な仕事を請け負っているんだ。こんなところで仕事を投げ出すわけにはいかん!」

「……そうなのか?」

「ああ。モチロンさ!」


 実際ヴィオレットが居ないと困るんだよな。


「ならばこうしよう。僕が代わりの護衛を貸し出そうじゃないか。実力もある精鋭だから心配は要らない」

「で、でも。俺はヴィオレットに頼んだわけで……」

「だがこれで君の悩みは解決するだろう? 護衛ならばヴィオレット嬢じゃなくてもいいはずだ」


 そうきたか。こいつ手強いな。

 確かに護衛するだけなら他の人でも勤まるだろう。けど俺はヴィオレットを信頼しているんだ。

 それに、俺達の事情も把握しているのはヴィオレットだけだしな。


「これでどうだいヴィオレット嬢。もう君の抱える問題は全て解決したはずだ。だから僕と一緒に――」

「……それだけじゃない」

「うん? どういう意味だい?」

「私にはやるべきことがあるんだ。必ず成し遂げなければならないことがあるんだ」

「ほう?」

「それが終わるまではどこであろうが、留まるつもりはない。家庭を持つつもりもない。どれだけ月日が経とうが、成し遂げない限りは旅を続けるつもりだ。誰に言われようとも止める気はない……!」


 そういや前に、色んな国を渡り歩いているとか言ってたっけ。

 あれは単に放浪しているわけじゃなくて、目的があって旅をしていたってことなのか。

 今のヴィオレット雰囲気から察するに、人生を賭けてでもやり遂げるという意思を感じる。

 そこまでしてやりたいことってなんだろう。気になるけど……今はそれどころじゃない。


「頼むから諦めてくれないか? こんなことしている場合では――」

「美しい……」

「は?」

「やはり僕の目に狂いは無かった。ヴィオレット嬢。君は最高に美しい!」

「お、おい……人の話を聞いていたか?」

「何事に屈しないという気迫。絶対にやり遂げようとする熱意。どんな困難にも立ち向かおうという勇猛さ……素晴らしい! 君のそういう美しさに僕は惹かれたんだ! 何が何でも手に入れたい!」

「…………もうやだぁ」


 ヴィオレットが涙目でこっちに向いてきた。

 こんなやつを相手にしているんだ。そら泣きたくもなるわな。


 しかしどうっすかな。普通に説得するのは無理な気がしてきた。

 このままだと町から出ることすら叶わなくなりそうだ。


 何かいい方法はないもんか。

 クルシンスが諦めてくれるいいやり方はないのか……?

 一体どうしたら……


「あ、あの! ちょっといいですか!」


 声を上げたのはギンコだった。


「うん? なんだね君は?」

「どうしてもヴィオレットさんを諦めてくれないんですか?」

「勿論さ。僕は美しいものなら何でも集めたい。その為なら金に糸目はつけないさ」

「じゃあ……代わりに他の美しいもの?をあげると言ったら諦めてくれますか?」

「…………!」


 なるほど。そうきたか。

 ギンコの案はいいかもしれない。


「まさかと思うが、君が美しいものを持っているとでも言うのかい?」

「私じゃなくて……こちらのご主人様が持っています!」


 そこで俺に振るのか。


「どうですか? 諦めてくれますか?」

「待ってくれ。本当に持っているのかい? ヴィオレット嬢に匹敵する程の――」

「諦めてくれるんですか?」

「む……」


 クルシンスは腕を組んで黙り込んでしまった。

 しばらく経ってから俺に話しかけてきた。


「ヤシロとか言ったか。その子が言ってたのは本当なんだろうね?」

「えっと……ま、まぁ。本当と言えば本当というか、今は手元に無いというか……」

「いいだろう。ならば持ってくるといい。僕が直に見てやろうではないか」

「! それじゃあ……」

「ああ、いいさ。もし僕が納得できるほどの『美しいもの』であるならば、ヴィオレット嬢を諦めよう」


 や、やった。希望が見えてきたぞ。


「た、頼むぞヤシロ! 君だけが頼りなんだ!」

「ま、任せとけ。なんとかするさ」


 その後はヴィオレットに見送られ、屋敷から出ることにした。




 屋敷から出た後、宿に戻る途中で悩んでいた。


「さてどうするかな……」

「ご、ごめんなさい。私が勝手に話を進めちゃって……」

「いやいや。ギンコのお蔭で打開できそうなんだ。むしろよくやってくれたよ」

「そ、そうでしょうか?」


 助けられたのは事実だしな。

 ギンコと一緒に来て正解だったな。


 しかしどうしようかな。『美しいもの』か……

 宝石類は駄目だろうな。目が肥えてそうだし、半端な物だと怒らせてしまいそうだ。

 そもそも美しいものってなんだろう。どういうものなら美しく思うのだろうか。

 ギンコにも意見を聞いてみるか。


「ギンコはどういうものなら美しいと思う?」

「そうですねぇ…………お肉とかどうでしょうか!」

「へっ?」

「お肉って魅力的ですよね! 食べても美味しいし、どれだけ食べても飽きないし。そう思いませんか!?」

「お、おう。そうだな……」


 ……とまぁこのように、美しさの感覚なんて人によって違う。

 だから何が美しいのか判断が付きにくい。俺が美しく思えても、クルシンスが美しいと感じなければ意味がない。


 どういうものが美しいんだ?

 というか美しいってなんだ?

 美しいってどういう意味だっけ……?


「……だあああああ! 混乱してきた!」

「!? どうしました!?」


 考えれば考えるほど沼にはまっていく。

 冷静になろう。俺が美しく思えない物でもいいんだ。相手が美しいと思えばそれでいいんだから。

 いっそのこと手鏡渡して『美しいのはあなたです!』とかやったら納得しないかな?

 ……無理だろうな。そこまで甘くないか。


 もう少し落ち着いて考えよう。

 そう思いウエストバックを漁ろうとし――手が止まった。


「? いきなり立ち止まってどうしたんですか?」

「もしかしたら……これならいけるかもしれん」

「え? え?」

「戻るぞギンコ。どうせ駄目で元々だ。やってみる価値はある」


 すぐに来た道を引き帰し、さっきの屋敷へと急いだ。

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