第65話:明かされる正体
「ギ、ギンコぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ギンコは壁に激突したあとにぐったりとしている。
「チッ。余計な真似を」
「て、てめぇ! 何してんだ!?」
「知れたことを。あの獣人を劣等種から解放してやろうと思っただけさ。お前みたいな奴にはもったいない存在だからな」
「……ッ!」
こ、こいつ、俺を消そうとしやがったのか……!
つまりギンコは俺の身代わりになってくれたのか……?
「けほっ……」
「! ギンコ!」
よかった。ギンコはまだ生きている。
けど俺が食らったときよりも勢いがあったみたいだし、すぐに手当をしないと。
「ふん。さすが獣人。しぶとさは獣並だな」
「おい! ギンコにあんなことしといて言うことはそれだけかよ!?」
「何を言う。勝手に庇ったのはあの獣人じゃないか。ボクはお前だけを狙ったはずなんだがな」
「こ、この野郎……!」
「もう邪魔者はいないようだし、次は外さない」
マジで俺を殺すつもりなのかよ。狂ってやがる……!
「だ、だめ……」
「ギンコ!」
「ご主人様は……私が……守り……ます」
ギンコはよろよろと立ち上がって歩き、俺を庇うように立った。
「……なんのつもりだ?」
「絶対に……手出しさせません……」
「や、やめろギンコ! そんなことしなくてもいいから!」
「ご主人様は……逃げて……ください……」
「……ッ!」
ま、まさか……囮になるつもりなのか……?
「駄目だ! ギンコだけでも逃げろ! そんなことしなくていい!」
「私が……命に代えても……絶対に……守りますから……」
「な、何言ってんだ! こんなところで命を張る必要はないだろ! フォルグの里に行くんだろ!?」
「…………」
そうだよ。こんなところで死なせてたまるかよ。
この子の故郷にいって、親に会わせてやるんだ。そう約束したじゃないか。
「確かに……そう言ってくれましたね……」
「だろ? だから馬鹿な真似はやめろ!」
「でも……私にとって……一番大切なのは……ご主人様ですから……」
「なっ……」
ギンコ……
そこまでして俺のことを思っていてくれたのか……
思えばこの子に会ったのは偶然だったな。あのとき偶然に奴隷屋を見つけて、偶然ギンコを発見し、偶然買うことになったんだよな。
それから一緒に行動することになったけど、文句も言わずにずっと俺に付いてきてくれたんだよな。本当なら今すぐにでも親に会いたかっただろうに。
こんなにも良い子なのに、俺なんかのために犠牲になるなんて耐えられない。
「ふん。別れの挨拶はすんだか?」
「…………」
「今度は魔法の範囲を広めるとしよう。これならば外すこともあるまい」
「なに……!?」
「ああそうだ。別に今すぐ消す必要も無かったな。気絶する程度の威力でいい。そのあとでゆっくりと劣等種だけを始末すればよかったんだ」
「……ッ!」
どうするどうする……?
この状況をどうすれば切り抜けられる……?
さすがに逃げられそうにない。逃がしてくれるとは思えん。
何かいい方法はないのか?
「早く……ご主人様は……逃げて……」
やめてくれ……
「私のことは、いいですから……逃げて!」
やめろ……
「ではさらばだ。なかなか面白かったぞ劣等種よ」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「だめ」
声がした方向を見ると、そこには見たことのあるおっぱいのデカい少女立っていた。
その子は白いワンピースを着ていて、腰まで届きそうな長髪で、頭には花がついている。
「な、なんでお前がここに……?」
視線の先には――
プリン星人ちゃん(仮)が立っていた。
「!? な、なんだお前は!? いつからそこに居た!?」
「…………」
エルフが驚いた表情で睨むが、プリン星人ちゃん(仮)は表情を変えることなく見つめている。
「ふ、ふんっ。まぁいい。誰であろうとも邪魔はさせん。もしボクの邪魔をするのなら――」
「その人、傷つける?」
「傷つける? 違うな。これは調教をしているだけだ。ボクに対してはむかった愚かな劣等種に罰を与えるだけだ!」
「………………そう」
「言っておくが、ボクの邪魔をするのなら相応の覚悟をすることだ」
まずい。このままだとプリン星人ちゃん(仮)も巻き添えになりかねん。
いつも神出鬼没なやつだとは思っていたけど、まさかこんなタイミングで現れるなんてな。
一体どうすれば……
「…………」
プリン星人ちゃん(仮)はエルフに向かって歩き出し、近くで止まる。
「おい女。ボクに一体なんの用だ? まさか邪魔をする気では――」
「だったら……」
「聞いているのか?」
「だったら……もう…………『あげない』」
プリン星人ちゃん(仮)がそう呟いた瞬間、エルフの体が光だした。
「!? こ、これは……!?」
光は数秒続いただけで、すぐに消えてしまった。
「……お、おい! 女ぁ! ボクに何をした!?」
「…………」
「ふん。ただのこけおどしか……。ええい目障りだ。お前もろとも始末してくれる!」
やべぇ。このままだとあいつまで被害に……
「では今度こそさらばだ。3人まとめて眠るがいい!」
くそっ……ここまでか……!
…………
…………………………
……………………………………………………
……あれ?
何も起きない?
「ば、馬鹿な……」
「……?」
エルフが信じられない光景をみたような表情をしているけど……どうしたんだ?
「な、なぜだ……なぜ魔法が使えない……!?」
なんだなんだ。何が起きたんだ?
「ええい! 風よ! 劣等種に裁きを!」
「…………」
エルフが何か叫んでいるが、そよ風が吹くだけだった。
「そ、そんな……なぜ魔法が使えない!? どうしてだ!? 何が起きた!?」
本当に何があったんだ?
エルフが魔法が使えないっぽいのは分かるんだけど……
「お、おい! そこの女ぁ! ボクに何をしたぁぁぁ!?」
「…………」
「これもお前の仕業だろう!? 一体何をしたんだ! 答えろ!!」
「…………」
「さっさと答えろ女ぁぁぁ! お前は一体何者なん……」
突然エルフがハッを気付いたような顔で黙った。
「いやまさか……これは……加護が消えている……? こんなことできるのは……」
「…………」
「お前は……いや、あなた様は……もしかして……精霊様なのですか……?」
「…………」
へっ?
精霊って、たしか加護をくれる存在だっけ?
んでプリン星人ちゃん(仮)が、精霊だって?
マジで?
………………
「ええええええええええええええええええええええ!?」
嘘だろ……あの子の正体は精霊だったのかよ!?
いや普通の人間じゃないとは思ってたけど、まさか精霊だったとはな。というか幽霊じゃなかったのね。
この世界にきて一番の衝撃かもしれない。
「あ、ああ……精霊様……。なぜこのようなことをしたんですか……?」
「…………」
「お願いです……ボクのもう一度加護をお与えください……」
うへぇ。エルフのやつ態度がコロリと変わりやがった。
あんなにもヘコヘコしている姿を見れるとは思わんかった。土下座までしてるし。
「ボクから加護を奪ったのはなぜなんですか……? なぜこんな目に遭わないといけないんですか……?」
……ああ。そういうことか。エルフが魔法が使えなかった原因がやっと理解できた。
確か〝精霊の加護〟が無いと魔法が使えないだっけか。んでプリン星人ちゃん(仮)――もとい、精霊がその加護を消してしまったんだな。
なるほどな。精霊ってのは加護を付与することができるのなら、その逆に加護を奪うことも出来るってわけか。
「お、おい! 劣等種! 頼む! お前も精霊様にお願いしれくれないか?」
「俺に言われても困るんだけど……」
本当に困る。俺自身なにもしてないわけだし。
つーかこの期に及んで劣等種呼ばわりか。呆れるというか何というか……
「な、なぁ……頼むよ……」
「だから俺は知らないっての。自分でやればいいだろ」
「そ、そんな……」
分かりやすいぐらいガックリと落ち込んでるな。そんなにショックだったのか。
「なぜだ……なぜ精霊様が劣等種の味方をするんだ……ボクは選ばれしエルフだぞ……ありえない……ありえない……ありえないありえないアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイ……」
もう放っておこう。こんな状態じゃあ手を出してこないだろう。
ギンコの様子を見ようとしたとき、プリン星人ちゃん(仮)が近寄ってきた。
「えーと、助かったよ。ありがとな。つーかプリン星人じゃなかったんだな」
「あの、ご主人様。いつまでもプリン星人呼ばわりはどうかと……」
「そ、そうだな」
正体も判明したことだし、キチンとした名前で呼んでやらないとな。
「じゃあ今度こそ名前教えてくれるか?」
「ない」
「へっ?」
「…………」
「……もしかして名前って無いの?」
「ない」
「じゃあ……俺が名前つけていいか?」
「ん」
そうか。こいつ自身名前が無かったわけか。だから教えてくれなかったんだな。
さてどういう名前にしようか……
精霊だから……う~ん……
………………
あっ。そうだ。
「それなら……〝マナ〟ってのはどうだ?」
「マナ?」
「そう。マナ。呼びやすくていいだろう?」
「……わかった。私、マナ」
ということで〝プリン星人ちゃん(仮)〟は、今後〝マナ〟と呼ぶことになった。
「本当にありがとな。マナ」
「プリン」
「えっ?」
「プリン」
「…………」
……ああうん。こいつはそういうやつだったな。
「はいはい分かったよ。あとで沢山用意してやるよ」
「ん」
相変わらず表情に変化がないが、どこか嬉しそうなマナだった。
ちなみにさっきのエルフはいつに間にか姿を消していた。
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