第62話:獣人の習性
宿へと戻る途中のことである。
「はぁい。そこのボウヤ」
そんな色っぽい声が聞こえてきたのだ。
「ん? 俺のこと?」
「そうよ。アナタのことよ」
なんだろう。知らない美女がいきなり話しかけてきたぞ。
美女は少し離れたところに居て、ゆっくりとこっちに近づいてきた。
「ねぇ。ワタシとイイコト……しない?」
「は? イイコト?」
「そうよ。ボウヤ1人だと色々と溜まってくるんじゃないかしら?」
「えっと……」
「だったら……ワタシが発散させてあげるわよ?」
あーなるほど。この人は
俺みたいな1人でいる男を見つけては声をかけて、カモになりそうな人なら店へと誘導するんだろう。
「ねーえ。いいでしょう? 後悔はさせないわよ?」
「いや……俺は……」
俺が去ろうとしたのを察知したのか、美女はすぐ近くまで寄って俺の腕に抱き着いた。
「うおっ」
「どう? ワタシと色々と遊んでみたくなーい?」
う、腕に柔らかい感触が……
この人意外と大きいぞ。着やせするタイプか。
それに微かにいいにおいがしてくる。
「い、いや。俺はこの後予定あるから!」
「そう? 残念~」
意外にもすぐに解放してくれた。
「じゃあ。また会いに来てくれる?」
「か、考えとくよ」
「嬉しいわ。だいたいこの辺にいるから、いつでも歓迎するわよ?」
「わ、分かった」
「じゃあね。また会いましょう」
小さく手を振る美女を背に、その場から離れた。
けど驚いたな。この町にはああいう商売もやっているのか。あんな客引きをしているのは恐らくエルフのせいだろうな。
エルフがこの町でデカい顔をしているもんだから、普通に営業してても妨害されるだけなんだろう。だからエルフの姿が見かけない隙を狙って、ああいった客引きでひっそりと営業しているんだろうな。
ふむ……しかしいい感触だったな。なかなかのサイズを持った人だった。客引きにはピッタリだろう。
たしかいつもこの辺りに居ると言っていたっけか。ふーむ……覚えておくか。
俺だって男だ。興味がないわけではない。いつかは世話になるかもしれんしな。覚えておいて損は無いだろう。うん。
いつか再びこの町に来た時、寄ってみるのもいいかもしれん。楽しみが増えたな。
おっといけない。今は早く宿に戻らねば。
宿に戻り、部屋に入るとギンコがこっちに気付いた。
「あっ。おかえりなさーい。早かったですね」
「まぁ色々あってな」
「見てください。さっきも『すこあ』を更新したんですよ!」
ギンコがトテトテと近寄ってくるが、俺の目の前でピタリと止まった。
「あれ?」
「ん? どうしたギンコ」
「くんくん……」
なんだなんだ。いきなり俺の体を嗅ぎはじめたぞ。変なにおいでもしたのか?
「…………」
「ギンコ? 突然どうしたんだ?」
「ご主人様~?」
「なんだよ」
「今日はどこに行ってたんですか~?」
「へっ? 普通に散歩してたけど……」
どうしたんだ。ギンコの様子がおかしいような……?
「散歩って、ドコにですか~?」
「その辺をうろついてただけだよ」
「もしかして~途中でイイコトでもあったんですか~?」
「イイコト?」
イイコトと言えば、美人でボインのねーちゃんに抱き着かれたぐらいだけど……さすがに言えるわけがない。
「べ、別に何もなかったよ。普通に散歩してただけだって!」
「ふぅ~ん……」
ギンコのやつ急にどうしたんだ。いきなり不機嫌になった気がする。
やたらジト目で見つめてくるし……
「ど、どうした? 何か気になることでもあるのか?」
「べっつにぃ……」
口ではそういうが、明らかに納得してない表情だ。
「と、とりあえずメシにしようぜ! 腹が減っただろ?」
「……そうですね」
「ギンコが好きなハンバーガーにでもするか?」
「わーい……」
あ、あれー? テンションが低いぞ。そんな馬鹿な。
おかしい。例え尻尾を踏まれても肉を優先するような子なのに、それもハンバーガーと聞いただけでヨダレを垂らすような子なのに、ここまで反応が薄いのはなぜだ?
まさかメシにするのは早かったか?
「ギンコ? もしかして腹が減っていないのか?」
「……いえ。お腹がすきました」
「お、おう。なら一緒に食おうぜ」
「はい……」
様子が変なのが気になるが……まぁいいか。そのうち元に戻るだろう。
その日の夜。
そろそろ寝ようかと思い、ベッドに入った時だった。
「ご主人様。よければ一緒に寝ませんか?」
「ど、どうしたんだよ急に」
ギンコ用の布団は用意してある。だからギンコはそっちで寝れるはずなんだけどな。わざわざ添い寝する必要ないだろうに。
「ギンコは別の布団を用意してあるだろ? なんで俺と一緒がいいんだ?」
「ダメなんですか?」
「いや、ダメというわけじゃないんだけど……」
「ならいいですよね?」
「でもなぁ……」
せっかく数万もする布団を用意したんだから、使ってほしいというかなんというか。
「いいですよね?」
「俺と一緒じゃなくても寝れるだろ?」
「いいですよね?」
「だからわざわざ俺と一緒じゃなくても……」
「いいですよね?」
「つーかこっちのベッドは大して寝心地よくないぞ?」
「いいですよね?」
「あの、俺の話聞いてる?」
「いいですよね?」
「ギ、ギンコ?」
「いいですよね?」
「…………」
「いいですよね?」
もはや選択肢が〝はい〟か〝Yes〟しか存在しないようだ。ちょっと怖い……
これは許可しないとずっと続く気がする。
「わ、分かったよ。一緒に寝るぞ」
「ならそっちにいきますね!」
そういって隣まで近寄り、布団の中に入った。
「んじゃお休み」
「お休みなさーい」
ふぅ。やっと落ち着いたか。
とりあえずこれでギンコも納得してくれたはず――
スリスリ
「お、おい。何やってるんだ?」
ギンコが自分の体を擦り付けてきた。
「何でもないですよ~」
「いやいや。どうしてそんなことするんだよ」
「んふ~」
今度はなんなんだ。やっぱり今日のギンコは何かおかしいぞ。
というか体を擦られているせいでちょっとくすぐったい。
「おーい? ギンコー?」
「ん~」
駄目だ。全然止める気配がない。
これは何の意味があるんだろうな。まさか獣人特有の習性なんだろうか。
まぁいいか。何言っても止めてくれ無さそうだし。そのうち飽きるだろう。
結局、数十分の間ずっと動き続けるギンコだった。
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