第61話:精霊の加護

 宿に帰るとギンコが上機嫌で待っていた。どうやらテト○スの最高難易度を何度もクリア出来たらしい。

 今度はエンドレスモードを勧めてみた。これなら失敗するまで延々と続けられる。それを聞いたギンコはさらにやる気を出したみたいだ。

 ある程度やりこんだら違うソフトを渡してやるかな。




 次の日。

 再びギンコを宿に残し、散歩することにした。

 とりあえず今日もあの広場にいってみよう。昨日の吟遊詩人に出会えるかもしれんしな。

 そういやCDプレーヤーで聞いた時はすごい驚いていたな。今度は違う曲を聞かせてみようかな。

 いっそのことヘビメタとか聞かせてみるか?

 ……いや。さすがに前衛的すぎる気がする。別のがいいか。

 ならば今度はもっと――ー


 ドンッ


「む?」

「おっとと……」


 やっべ。考え事しながら歩いていたせいで人とぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事してたせいで――」

「……ほう。このボクに対して、はむかうなどいい度胸をしているな」

「はい?」


 なんだこの人。いきなり意味不明なこと言い出したぞ。


「えっと……今なんて?」

「おい劣等種。いま確かにボクに向かって体当たりしてきたよな? これはどういうつもりだ?」

「……は?」


 やっぱり意味分からんぞ。なんなんだこいつは。

 目の前にいる人をよく見ると、かなりのイケメンだった。男でも女としても通用しそうなぐらい美形だ。それにやたら耳が長いような……?

 つーか劣等種ってどういうことだ?


「あの。その劣等種とはどういう意味なんだ?」

「分かりきったことを。お前のことだ劣等種」

「は? 俺が? なんでだよ?」

「それよりも、このボクに対して体当たりしたのは何故だ? どういう意図があってこんなことをした?」

「いやいや。だからさっきも言ったじゃん。考え事をしていて前をよく見ていなかったせいで……」

「…………なるほどな。さすが劣等種。随分と見苦しい言い訳だな」

「はぁ!?」


 さっきから劣等種劣等種って……なんなんだこいつは。やたら見下しやがって。ヤクザみたいな奴だ。


「よそ見をしていたせいでボクに体当たりしてきたと? そういうことだな?」

「だからさっきからそう言ってるだろうが」

「…………ふ、ふはははははは! 滑稽こっけい……なんたる滑稽な言い訳なことか! いかにも劣等種が考えそうなことだな! 嘘をつくならもっとマシな言い訳にすればいいものを」

「んなわけねーだろ! 本当のことだっての!」

「そうか読めたぞ。そのような建前を理由に、このボクに一矢報いるつもりだったんだな? 日頃のうっ憤を晴らすのが目的ってわけか」


 おいおい。このイケメンヤクザさっきから被害妄想が酷過ぎるぞ。いくらなんでも性格悪すぎだろ。

 こいつはあれか。頭がイッっちゃってる系なんだろうな。こういうタイプには関わらないほうが身のためだ。


「俺が悪かったからさ。だからもういいよな?」

「ふむ。劣等種の勇気に免じてこのまま見逃したいところであるが、それだと他の劣等種から舐められる可能性があるな。それだと面白くないな……」

「んじゃ俺はこれで……」

「ふーむ……ならば……劣等種にも同じ目に合ってもらうとするか。これなら公平だろう」

「え?」


 歩き出そうとした時、いきなり風が強くなってきた。


「風よ! この愚かな劣等種に裁きを与えよ!」


 そう聞こえた次の瞬間――



 俺の体は突風で後方に吹き飛ばされた。



 抵抗する間もなく吹き飛ばされ、壁に強く叩きつけられた。


「ぐはっ……」

「はっはっはっは! これでおあいこといこうじゃないか! だが次に同じことしたら手加減はしない! 覚えておきたまえ!」


 笑い声とともにイケメンヤクザは去っていった。


「くそっ……背中が痛ぇ……」

「ヤ、ヤシロ君!」

「え?」


 振り向くと、離れたところに昨日の吟遊詩人――ランディアがそこに居た。

 ランディアは駆け足で俺に近寄ってきた。


「だ、大丈夫かい!?」

「な、なんとか……ちょっと擦りむいたけど。ランディアさんはどうしてここに?」

「なにやら騒いでたから気になって見に来たんだ。そしたら急に大きな音が聞こえてきてね」

「なるほど……」


 よく見たらさっきの突風のせいで、周囲にあった物もいくつか壊れたみたいだ。そのせいで色々な物が散らばっている。


「ヤシロ君はなぜこんなことになっているんだい?」

「さっき変な奴に絡まれたんだよ。そんで早く立ち去ろうと思った時にさ、急に突風がきて壁に叩きつけられたんだよ」

「……まさか。あのエルフに出会ってしまったのか?」

「へ? エルフ? あの性格悪そうな奴ってエルフなの?」

「こんなことするのはあいつしかいない。ヤシロ君は運悪くあのエルフに目を付けられたんだ」


 おいおいマジかよ。あのイケメンヤクザってエルフだったのかよ!?

 そういや耳がちょっと長いなーとか思っていたけど……そういうことだったのか。


「あのエルフってずっとこの町に居るの?」

「ここ最近ずっとあいつがうろついているんだ。しかも物を壊したり、暴力で脅したりしてやりたい放題さ」

「マジかよ……」


 本当にヤクザみたいな奴じゃねーか。

 なんだかなぁ。俺の中のエルフのイメージが崩れるな。エルフってもっとこう、気品に溢れるようなタイプだと思ってたんだけど……まさかあんな性格の悪い奴だとはな。


「まさか、昨日言ってた厄介なことって……」

「そうさ。あのエルフことさ。あいつのせいで町の人もすっかり暗くなったもんだ」


 そういうことか。だから町全体がやたら暗い雰囲気になってたのか。

 そりゃあんな奴がうろついていたら、コソコソと目立たないような動きになるわけか。だから活気が無かったのか。


「さっきの突風もまさかあのエルフが何かしたのか?」

「魔法で風を起こしたんだろう。あいつがやりそうなことだ」


 なるほど。あんな強力な魔法も操れるってわけか。

 暴力的で魔法も操れるとか。本当に手が付けられないんだな。


「つーかなんであんな奴が好き放題してるんだ? 衛兵とかが捕まえないのかよ?」

「それが……衛兵達は動かないんだ」

「う、動かない? どういうこと?」

「正確には動けないと言った方が正しいかな」

「なんだよそりゃ……まさか買収でもされているのか?」

「いやそうじゃない。純粋に怖いんだろう。だから兵達も手が出せないんだ」


 あんな魔法を操るぐらいだしな。確かに返り討ちが怖い気持ちも分からなくはないが……


「あのエルフは強そうだもんな。やっぱり衛兵達でも勝てないわけか……」

「別に返り討ちを恐れているわけじゃないんだ」

「だったらなんで……」

「あいつはね、『このボクに手を出そうものなら、エルフの里が総出で報復してやる』なんて言って脅しているんだ。そんなことないのにね」

「んなっ……」

「そういうわけだから仮にあのエルフを捕まえたとしても、他のエルフからの報復を恐れているのさ。下手すれば町全体に被害が及ぶ。だから衛兵達を責めないでほしい」


 誰も止める人が居ないから野放しになってるのか。そりゃあんな性格にもなるよな。


「つーかエルフって特別に偉かったりするの? やたら俺のことを劣等種呼ばわりしていたけど」

「ああ。たぶん加護のせいだろうね」

「加護? 何それ?」

「〝精霊の加護〟のことさ。エルフってのは生まれつき加護が与えられているのさ。そのせいで他種族を見下しているんだろう」

「……?」


 精霊の加護……?

 初めて聞くワードだな。


「あの。ちょっといい? 精霊の加護って何?」

「うん? まさかヤシロ君は加護を知らないのかい?」

「あーえっと……俺は田舎から来たもんだからそういうのには疎くて……」

「そういうことか。ごめん。無神経だったね」


 この世界についてまだまだ知らないことだらけだな。


「精霊の加護という存在は、魔法を使う上では必須なんだ」

「そうなの? たしか修行すれば誰でも魔法が使えるようになるって聞いたことあるんだけど」

「まぁそれも間違ってはいないかな。修行を重ねて精霊に認められると、その時に初めて加護が付与されるんだ。これを精霊の試練なんて呼ぶ人もいる」

「へぇー」


 なるほどなぁ。そういうシステムだったのか。てっきり自ら魔法を編み出すものかと思ってた。

 そういやヴィオレットが加護のことをチラッっと言ってたな。あれは宗教的な意味だと思ってたけど、まさか本当に加護が存在するとはな。


「精霊の加護無しだと魔法は使えないの?」

「加護無しでは不可能だね。僕たちは誰もが魔力を持ってはいるけど、それを扱える術を持っていないんだ。そこで加護が付与されることによって、魔法という形で放出する術を取得するわけさ。これが魔術師と言われる人達のことだね」

「なるほど」


 例えるなら、俺たち人間が『ハード』で、精霊の加護ってのが『ソフト』って感じか?

 合ってるか分からんけど。


「精霊の加護にはそれぞれ個性が存在するんだ。例えば火の魔法を使いたかったら火が操れる加護を受ければいいわけさ」

「ということは、あのエルフは風に特化した加護が付いてるってこと?」

「そういうことだね」


 つまり、『人間ハード』は皆一緒だけど、『加護ソフト』が違えば使える魔法も異なるってわけか。

 なるほどなるほど。そういう仕組みだったのか。


「そういやさっきエルフは生まれつき加護があるって言ってたけど……」

「そうさ。エルフってのは最初から加護が付与された状態で生まれるのさ。だからエルフはみんな魔法が使えるわけだ」

「ふむふむ」


 なんとなく分かって来たぞ。

 つまりエルフは何も努力せずに魔法が扱える。けど俺たちみたいな人間は必死に修行しないと加護が貰えない。だからやたら見下していたわけか。

 エルフにとっては、自分たちは選ばれた種族なんて思っているんだろうな。やたら人間のことを劣等種呼ばわりしたのはそういうことか。


「色々ありがとう。加護についてはよく分かったよ」

「お役に立てたみたいで嬉しいね」

「やっぱりあのエルフって強いの?」

「かなりね。あの名高いフォルグ族すら上回るという噂だ。仮に衛兵達が一斉に襲いかかっても傷一つ付けられないだろう」

「マジかよ……」


 獣人最強ともいわれるフォルグ族でも勝てないのかよ。どんだけ強いんだあいつは。


「それよりもヤシロ君はどうするんだい?」

「う~ん……今日は一度宿に戻るかな」

「その方がいい。またあいつに目を付けられると面倒になるだろうしね」

「だろうね。さすがにもう会いたくない」


 ゆっくりと立ち上がって自分の体を見てみる。幸運にも目立った怪我はないようだ。


「特に異常はないし。もう平気かな」

「無理はしないほうがいいよ。念のため今日は1日休んだほうがいい」

「そうするよ。んじゃもう戻るよ」

「うん。それじゃあまたね。ヤシロ君もお気を付けて」

「ああ。またな」


 ランディアと別れ、宿へと向かった。

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