第60話:吟遊詩人
部屋を出て宿から離れた後はテキトーに歩き回ることにした。
1人でブラつくのもなかなかいい。こうして町中を眺めるのも楽しいしな。
しかしなんというか……周囲の様子がおかしい気がする。なんというか町の全体の雰囲気が変に感じる。
人達は普通に行き交っているんだが、どことなく元気がないような……?
テンションが低いというか暗いというか活気がないというか……気のせいか?
……まぁいいか。王都と違ってこの町はこういう雰囲気なんだろう。そう思うことにした。
しばらく道なりに進むと広場に出た。特に目ぼしいものも見当たらず、違う道を探そうとした。
すると、どこからともなく歌が聞こえてきた。周囲を探してみると道端で何かを歌っている人を発見。その人は帽子をかぶっていて、ギターのような物で引き鳴らしながら歌っていた。いわば吟遊詩人ってところか。
なんとなく近づいて聞いてみることに。
…………ふむ。なかなか悪くない歌だ。
どことなく悲しそうな歌だが、徐々に勇気が湧いてくるような気がする。不思議と元気づけられるような感じだ。
しかし聞いてて悪くない歌なのに、町の人達は誰一人として足を止めない。みんな素通りしていく。観客は俺だけだ。
吟遊詩人は歌い終えると俺に気付いたようだ。
「やぁ。聞いてくれてありがとう。僕の歌はどうだったかな?」
「えっと……なかなか良かったと思うよ」
「それは嬉しいな。がんばって作曲した甲斐があったよ」
そういってニッコリとほほ笑んだ。
人畜無害な雰囲気が出ていそうなぐらい優しそうな青年だ。しかも結構イケメンだ。
「でも俺以外、誰も足を止めなかったね」
「ははは……まぁ仕方ないさ。いつもこんな感じさ」
「いつもここで歌っているの?」
「そうだね。ずっとこの町で歌い続けているかな」
もしかして誰も足を止めなかったのは、純粋に飽きたせいなんじゃないだろうか。
「いろいろ曲を変えて歌ってはいるんだけどね。なかなか聞いてくれる人が来ないもんさ」
「た、大変なんだね……」
「仕方ないさ。この町は少々厄介な事になっているからね」
「……? 厄介?」
「そういえば君は見たことのない顔だね。もしかして旅人かい?」
「まぁそんな感じかな」
「そうか……」
うん? なんだろう?
いきなり声のトーンが下がった気がする。
「ならば悪いことは言わない。なるべく早くこの町から離れたほうがいい」
「え? な、なんで?」
「この町はちょっと難儀なことになっていてね。旅人からすればいろいろと面倒になると思うんだ」
なんだろう。面倒なことになる?
さっきも厄介な事とか言ってたし。一体何があるんだ?
「それは一体どういうこと? 面倒なことってなに?」
「……いや、君が聞いても不愉快になるだけだと思う。知らないほうがいい」
ううむ。気になる。
「そういうことだからさ。なるべく早く離れることを勧めるね」
「俺もそうしたいんだけどさ、不本意にも何日か滞在することになったんだよ」
「うん? それはなぜだい?」
「実は――」
南方面に行きたいが、数日間は通行禁止になっていることを伝えた。
「――ということなんだ」
「へぇ。それは知らなかったな。まさかそんなことが起きていたなんて」
「本来ならもう出発してたんだけどね。でもこのせいで何日か足止め食らうことになったんだよ。その間はこの町に泊まる予定なんだ」
「…………」
俺も今日知ったばかりだしね。まだ町中に情報が行き渡っていないんだろう。
「まさか………………――の仕業なのか?」
「えっ? 何か言った?」
「……いや。なんでもない」
ボソッっと何かつぶやいていたような気がするが……まぁいいか。
「事情は把握したよ。君も大変なんだね」
「大変ってことでもないけどね。ただ暇になったからこうして散歩していたところだったんだよ」
「それで僕が歌っていたところを見つけたと」
「そういうこと」
もうしばらくブラついて、適当なところで宿に戻るかな。ギンコも待っているだろうし。
「そうだ。君は旅人なんだよね?」
「旅人というか、ただ寄っただけなんだけど……」
「でもよその場所からやってきたことには変わりないさ。なら1つ聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」
「俺が答えられる範囲でならいいけど」
「実は今さ、作曲に困っているんだよね」
そういや何度も曲を変えているとか言ってたな。
「けどね、なかなかいい曲が思いつかないんだよ。あれこれ考えたけど、どうもイマイチでね」
「た、大変なんだな」
「そこで君がいい曲を知っているなら教えてほしいんだ。なんでもいい。ちょっとした歌でもいいんだ。別の曲を聴ければ何か思い浮かぶかもしれないと思ってね」
なるほど。作曲に難航しているからアイディアが欲しいと。そういうことだな。
んー……それなら……
「ああいいよ。じゃあ俺のお気に入りの洋楽……じゃなかった。故郷にある歌ならいくつか教えてあげるよ」
「ほ、本当かい!? 助かるよ!」
「えーと、んじゃあ――」
知っている某洋楽のワンフレーズだけ歌った。正直歌は上手い方じゃないが、伝えられればそれでいいだろう。
俺が軽く歌い終えると、吟遊詩人は興味津々な感じで目を輝かせていた。
「ほうほう。そんな変わった歌があるのか。これは参考になるな。できれば一部分だけじゃなく一曲丸ごと聞きたかったが……」
「なんなら直接聞いてみる? 今CD持ってるし」
「うん? それはどういう意味だい?」
「ちょっと待ってね」
ウエストバッグからイヤホンだけ取り出した。
「はい。これを耳に付けてみて」
「? なんだいこれ?」
「説明するより実際にやってみたほうが分かりやすいと思うから。とりあえず両耳に付けてみて。こんな感じに」
「は、はぁ……」
理解できないような表情をした吟遊詩人の両耳にイヤホンを付けた。そしてウエストバックの中にあるポータブルCDプレーヤーのスイッチを入れた。
すると――
「…………お、おおおおお!? なんだこれは!? 音が聞こえてきたぞ! これは歌なのか? 人が歌っているのか?」
「ね? これなら歌ってる本人から直接聞けるっしょ?」
「た、確かに。ううむ、不思議だ。こんな小さな物からどうやって音を出しているんだい?」
「えーと……そ、それよりも歌はどう? さっき俺がいってた曲なんだけど」
「あ、ああ。今聞いているよ」
興奮気味に聞き入っているようだ。リズムに合わせて足を動かしたりしている。
しばらくそうしていると一曲終わったようで、スイッチを切った。
「こ、これは素晴らしい曲だ! 歌っている人もかなりの熟練者とみた。ここまで派手で心を動かされる歌は聞いたことが無い」
「どう? 結構いい曲でしょ?」
「うん。僕も聞いたこと無い曲だ。なかなか斬新で面白い。これはどこの曲なんだい?」
「えっと……なんていうか……俺の故郷にある歌かな?」
「へぇぇ。君の故郷が羨ましいな。こんな才能のある曲が作れる人がいるなんて。僕も一度訪れてみたいもんだ」
「ははは……」
実は別世界の曲だなんて言っても信じてもらえないだろうな。
「いやぁ! 頼んで正解だった。いい刺激になったよ」
「それはよかった」
「うん。いろいろと曲が思いつきそうで作曲が捗りそうだ。本当にありがとう!
えっと君は……」
「俺はヤシロ。そっちは?」
「ああごめん。自己紹介が遅れたね。僕はランディアというんだ」
そういって紳士的に礼をした。
「じゃあ僕はこの辺で失礼するよ。忘れないうちに帰ってすぐに作曲したい気分なんだ」
「おう。がんばってな」
「今日はありがとうヤシロ君。ではまた」
笑顔で鼻歌を交じりながら去っていった。
さて。もう少し散策してから俺も帰るとするか。
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